私の瞳に大切な人がいますー鷺草の海4
和泉葛城山、展望台、青い萱草原、模型飛行機、白い雲、助けてくれてもお礼は言わないと恨めしげに言った少女の顔、一緒に死んでくれるのと言った嬉しげな顔、お婆ちゃんが心配するから私帰るわと、昂然と言った顔、何時もお兄さんが居ると言った少女の愛らしい顔、そして、一度来たら、目が見えなくても来れるわ、と言いながら、幸樹が止めるのを振り切って海に入って死ぬ辛い夢が甦ってくる。
「鷺草の少女よ、君が生きていたら、僕は、君を絶対に死なせたりはしない。そして、幸せにしてあげるから、すぐ、来てください」
幸樹は心の中で、少女は死んでいる。
しかし、十年前の光景があまりにも鮮明だったので、少女が近くに居るような錯覚を覚えたのだ。
時は刻々とすぎ、正午になった。
(間もなく来る)
そんな予感がした。
なぜなら、鷺草の少女と逢った時と同じ日差しを、幸樹は心身に感じたのだ。
(君と逢った時刻だ、早く逢いに来てくれ)
昨日まで、幸樹は、鷺草の少女の死を否定しなかった。
だが、今日は、鷺草の少女と逢える最後の日となると思うと、辛くて少女の死を認めることができない。
しかし、鷺草の少女は、正午を過ぎても来なかった。
「来ないことは、幸せでいる証拠」
幸樹は、悲しみを喜びに変えようとした。
様々な心の葛藤を繰り返していると、何時の間にか日は西に大きく傾いていた。
「もう少女は来ない、でも僕の命が消えるまで、毎年この海にくることを誓います」
幸樹は鷺草の少女の幼い顔を思い浮かべて言った。
その時、白い服装をした女性が一人、松林から出てきた。
幸樹は、その女性の姿を凝視しいていたが、
「鷺草の少女だ!」
幸樹が歓喜とも苦痛とも分からない声を上げた。
そして、砂を蹴って走り出した。
女性は体調が良くないのか、倒れそうになりながら、こちらに向ってくる。
「見覚えがある白い服装、それに長い黒髪、鷺草の少女に間違いない」
呟きながら走る幸樹。
「僕が行く」
女性に向って叫んだ。
だが、女性は気が急くのか、身体は急ぐが足が砂に取られ倒れ、起き上がると、すぐ倒れるを繰り返しながら前に進む。
「歩かずに、そこで、待っていてください」
女性は、幸樹の言葉が聞こえないのか、歩きを止めようとしなかった。