私の瞳に大切な人がいますー鷺草の海2
「有り難うございます。病気が治ったら、今まで以上、幸樹さんのために働くわ」
「今日は、今までのお礼をしたいと思って来ました」
「お礼」
「病気で入院したら沢山のお金が必要になります。どうか、これを受け取ってください」
幸樹が小切手を差し出した。
「まあ、こんなに、何が何でも多すぎます。こんなお金は受け取れません」
「これは、当然支払うべき退職金の先払いです」
「退職金にしても、多すぎます。これは受け取れません。もしかしたら、私を解雇するつもりですか」
和歌子が悲しそうに言った。
「違います、和歌子さんが辞めると言わないかぎり、絶対に解雇などしません」
「本当に?」
和歌子が疑わしそうに言った。
「本当です。もう、いくら和歌子さんが辞退しても駄目、和歌子さんの口座に振込みますから、入院費用にあててください」
「それにしても多過ぎるわ、幸樹さんは、私に何年、入院をさせたいのかしら、でも、好意を有り難く受け取ります」
「それを聞いて安心しました。じゃあ、何時までもお元気でいてくださいよ」
幸樹が帰ろうとすると和歌子が。
「待ってください。幸樹さんは私に永の別れを告げにきたの、そのように聞こえるのですけど、私の思い違いからしら」
「思い違いですよ。お見舞いの時は、誰でも同じようなことを言います」
「それならいいんだけど」
「和歌子さんは、病気で心が弱くなっているせいですよ」
「そうね、そうかも知れないわ」
幸樹は涙を堪え、もう一度、和歌子の手を握り病院をでた。
「これで、やり残したものは何も無い。後は、鷺草の海へ行くだけだ」
小さくつぶやいて幸樹は帰って行った/
やがて、午後の診察を終えた幸樹は、和泉舞が働いていた事務室に入った。
「舞さん、ごめんよ、僕は鷺草の少女が一緒に死んでくださいと言ったら、おそらく、約束を果たすでしょう。それなのに、あなたに愛を告白してしまいました。それを知りながら僕の愛を受け入れてくれました。ありがとう、もし、来世があるなら、先に行って、貴女を待っています。許してください。また、僕は貴女を騙しました。何故なら、僕は鷺草の少女と一緒に居るからです」
許しを乞った幸樹は、悲しそうな顔をして、鷺草に海へ行く支度を始めた。