私の瞳に大切な人がいますー鷺草の海
「舞さんを死ぬほど愛している、と言わなかったらよかった!」
幸樹は、我が家に着くなり、血を吐くように叫んだ。
「自分の心を満たすために、僕は舞さんを悲しみの渦に巻き込んでしまった」
幸樹は頭を抱えて床に倒れこんだ。
舞の愛を得、その幸せに酔っていた幸樹だが、舞を家に送りとどけた帰り道、舞を愛するあまりとはいえ、自分が死んだ時の舞の嘆きを気付かなかった愚かさに気付き、自分を責めているのだ。
「舞さんは、僕の愛を知らなかったら、僕が死んでも、それほど辛い思いをしないだろう。だが、今の舞さんなら、悲しみに耐えられず、僕の後を追うかもしれないのだ。しかし、もう遅い」
幸樹に出来る唯一の手段は、鷺草の少女の自殺を防ぐしかない。
しかし、あの少女が哀しげな顔をし、一緒に死んでと言われたら、絶対に断れないことは分かっていた。
自分勝手な思い込みから、舞を死なすかもしれないと思うと、幸樹は居ても立ってもいられなかった。
しかし、時は待ってくれず、約束の日の前日が来た。
和泉舞への愛は幸樹の命より大切である。
同時に鷺草の少女への愛と約束も幸樹の命より大切なのだ。
和泉舞を取るか、鷺草の少女を取るか、幸樹には決められない。
(定めに従うしかない)
幸樹は、運命を天に任せ、鷺草の海へ行くしかない。
午後の診察を終えた幸樹は、和歌子が入院している病院へ行った。
病室へ入ると、和歌子は眠っていた。
「和歌子さん」
和歌子が驚いて目を覚ました。
「幸樹さん」
和歌子はこの病院では、紛らわしいので、幸樹を先生と呼ばないようにしていた。
「どうですか、病状は?」
「日々、快方に向っています。それより、幸樹さんの手助けできないのが辛いわ」
「そんなこと心配しなくてもいいから、早く良くなってくださいよ」
幸樹が和歌子の手を優しく握る。
「幸樹さんに優しくされて嬉しい」
和歌子の目から涙が出る。
「和歌子さんは、僕にとって、母親同然です。いつまでも元気でいてくださいよ」