心の故郷4
「ええ、何度、注意しても来るのよ」
と和歌子が言った。
「目が見えないため、将来が不安だから、泥棒猫のように、幸樹を私から奪って、全財産を自分の物としようと考えているんだわ。なんて卑しく卑劣なんでしょう。今、すぐ、出て行かないのなら、私が幸樹に言いつけるわ。この目が見えない強欲女は、貴女の同情を買い、全財産を奪おうと考えているのよね。さあ、どうするの!」
どんな苛めでも我慢をするつもりだった舞だが、泥棒猫呼ばわりや遺産狙いだと言われ、我慢出来なくなった舞は、泣きながら事務室を飛び出した。
その背中に早苗が言った。
「二度と来ないで」
家に帰った舞は、一人で泣いていた。
「お兄さん、助けて」
しかし、幸樹の優しい声は聞こえて来なかった。
「私は、何と言われても我慢できます。でも、お兄さんに悪く思われたくないために、逃げ帰ってきたの。これで、お兄さんとは永遠に逢えなくなってしまった」
言って、また、泣き崩れた。
舞は、昨日の幸せを思い出そうとした。しかし、目の見えない舞の目が浮かぶのは、幸樹と出逢った十年前の景色だった。
緑一面の紀泉高原を渡る爽やかな風を受け、展望台から大好きな両親と手を振り終わって、展望台を降りようとしたとき、少年たちに突き倒された。
その時、優しく助け起こしてくれたのがお兄さんだった。
でも、その時はまだ、お兄さんを愛していなかった。
お兄さんに助け起こされた後、お父さんとお母さんと模型飛行機を飛ばして遊んだ。
それに飽きると、五本松のコーヒーショップまで歩き、私はジュースを飲んだ。
そして、車を置いていた展望台下の駐車場まで歩いて帰った。
その間、何の悩みも持たず、両親と楽しく過ごした。
幸せな、あの日が、見えない舞の目に蘇る。
(あの日に戻りたい)
舞は、心の中で叫んだ。
(今の両親は大好き、でも、私は以前のお父さん、お母さんがもっと好きです。私は、もう一度、お父さんやお母さんと一緒に模型飛行機を飛ばしたい。勿論、お兄さんには出逢わないことにするの、だってこんな辛いことはいやだから。違うわ、いくら苦しくても、お兄さん逢えない人生など、生きる価値が無いことに等しい)
そう考えたとき、鷺草の海が目に浮かんだ。
(その、お兄さんを失って生きる価値があるの)
舞は夢遊病者のように起き上がると家を出、和泉砂川駅に向った。
この駅は鷺草の海に通ずる駅、舞は迷うことなく、駅に向って歩いた。