心の故郷3
「青い萱とか、模型飛行機って何ですか?」
舞は意味が分からず尋ねた。
「十年前来た時は、青い萱草原が広がっていたんですよ。そして、その萱草原の上に模型飛行機が飛んでいたんですよ。その景色がとても美しかったので、僕の心に深く刻まれ、僕の心の故郷になったのです」
舞は幸樹が鷺草舞を心の故郷と思っていることを知った。
(心の故郷と思っている鷺草舞が、私だと知ったら、お兄さんは、きっと失望するに違いない。やっぱり、名乗らなくて良かった。でも、私は悲しい)
舞は思い切り泣きたかったが堪え忍んで言った。
「心に沁みる薫り、目が見えなくても、紀泉高原の美しさが感じられます」
「風の向こうには緑の山々が重なり合い、その遥か向こうには、また、緑の山々が重なりあっています。その遥か向こうの山々に通ずる一本道があり、親子連れらしき人が歩いています。僕は後を追いたいのですが、舞さんは歩けますか」
舞は、幸樹が自分達親子の姿を思い出していると思い、思わず泣いてしまった。
「ごめん、無理を言って」
「いえ、先生に優しくされたからです」
「じゃあ、歩いてくれるんですね」
「じゃあ、萱が芽生えていないが、模型飛行機を持ってきているから、飛ばした後、遥か向こうの山まで歩こうね」
幸樹が、あの日、鷺草親子が辿って道を同じように歩こうとすること知った。
(お兄さんの心の中には、鷺草舞だけしか居ない)
舞は急に淋しくなった。
模型飛行機遊びを終わった幸樹と舞は、親子連れが通った道を歩き、やがて、五本松に辿り着いた。
幸樹は、舞をこれ以上歩かすのは無理と思い、喫茶店でコーヒーを飲み、後戻りをして、神社下のレストラン広場で多くの人たちと一緒に食事をした。
食事が終わった時、幸樹が言った。
「僕の故郷を知ってもらいたいと思って、舞さんをお誘いしました。今日は、僕の我が儘にも気を悪くせず付き合ってくれて有り難う」
舞こそ、幸樹にお礼を言いたかったが、それが出来ない自分が悲しかった。
そして、幸樹が鷺草の少女をどんなに大切にしているかを知ると同時に、その少女が足で纏の舞だと知ったら、幸樹がどう思うかと、また不安になる舞だった。
翌日。
午前の診察時間が終わって一時間後、舞の事務室へ和歌子と早苗が入ってきた。
その時、幸樹は医療機器メーカーと話し合っていた。
「和歌子さん、まだ、目の見えない人が居たの。私の命令を無視したのね」