心の故郷1
和歌子による舞への苛めは、日増しに激しくなっていたが、舞は、幸樹の傍で居たいため、いくら苛められても耐えた。
それが和歌子の憎しみを増幅させ、なお苛めが激しくなるのだ。
だが、舞は幸樹に嫌な思いをさせたくないと考え、和歌子の苛めを隠していたので、幸樹は和歌子の苛めに気付かなかった。
虐める和歌子、虐められる舞、どちらにも平穏な日は無かったが、季節は風薫る五月がやってきた。
幸樹は、鷺草の少女のことを一日も忘れたことがない。
そして、五月の風を心身に受けると、必ず、和泉葛城城山を思い出す。
今年は、鷺草の少女と交わした約束の十年が後、一ヶ月と迫ったせいもあり、例年以上に、和泉葛城山が思いだされてならない。
そして、もし、時が遡れたら、鷺草親子の不幸が救えると思えるようになり、叶わぬ願いと知りながら、もう一度、和泉葛城山に登りたくなった。
五月の十日。
幸樹が舞の事務所へきて言った。
「舞さん、和泉葛城山に行きませんか」
「和泉葛城山ですか」
突然言われた舞の胸は喜びに震えた。
「僕の心の故郷です」
幸樹が遠くを見る目で言った。
「心の故郷ですか」
舞は知らない振りをした。
「大阪府と和歌山県の境に、紀泉高原という美しい高原があるんです。紀泉高原は、標高八百五十八米の和泉葛城山を中心に、東には三国山、牛滝山、西は犬鳴山があります」
和泉葛城山へ行けるのなら、和歌子に苛められても、絶対に行きたいと思う舞だった。
「ぜひ、連れていってください」
「じぁあ、三日後の日曜日、迎えに行きます」
幸樹は舞の事務所で長く居ると、変な噂を立てられるぐらいのことを知っていたので、用件をすませると、すぐ、出ていった。
日曜日、幸樹は舞を車に乗せると、舞と初めて出逢った時に登った牛滝山に向った。
やがて、車は牛滝山に到着した。
牛滝山には、いよやかの郷、牛滝温泉せせらぎ荘がある。
和泉葛城山の展望台で、幸樹と舞が初めて出逢った日、幸樹は車を牛滝山の駐車場に停め、二十一の地蔵が一丁毎に建てられた険しい登山道と登った。