岐路4
「違うよ、暴漢に襲われて、足を骨折している時に通り合わせた縁で、治療しただけの間柄だ。他に何もないよ」
田中の目が嘘だろうと言っていた。
「じゃあ、彼女を無事、送って行けよ」
「有り難う、またな」
見送りに出た奥さんに挨拶をして車に乗った。
帰り道、幸樹が言った。
「目が見えるように角膜の提供を受ける手続きをしょうね」
「いえ、手術はしません」
舞が、毅然とした態度で言った。
「なぜですか」
幸樹は理解出来ずに、驚いて尋ねた。
「莫大なお金が要ります」
「お金なら僕が何とかします」
幸樹は父親が死亡したため、今は、天涯孤独の身であった。
亡父の沢山の遺産は全て幸樹のものとなった。
そのため、もし、自分が死んだら、全財産を鷺草の少女が受け取るように遺言書を書いていたが、舞が現れたため、少女と舞の二人が等分に受け取れるように、遺言書を書きなおしたので、舞の分を治療費に当てようと考えていたのだ。
「それではあまりにも、虫が良すぎます」
舞は固辞した。
「ぜひ、僕に治療費をでさせてください」
「少し考えさせてください」
「いいよ」
幸樹は、舞がゆっくり考えれるよう車が少ない通りを選び車を走らせた。
(角膜を取り替えのは、絶対に嫌だわ。私の瞳には、大好きなお兄さんが居るんですもの)
しかし、舞は、目が見えるようになったときのことを考えている、早苗の声が聞こえてきた。
(目が治ったら、奥さんの顔や声を見聞きしながら、一生涯、仕事をしなくてはならないのよ。でも、私は奥さんの顔は死んでも見たくない。絶対に嫌よ)
舞は心の中で悲痛な叫び声を上げていた。
嫌なら、医院を去ればいいことだ。
しかし、去れないから辛い。
(私は、お兄さんの傍を離れられない、もし、離れる時は、私が死ぬ時)
早苗の顔を見ながら医院で勤めるか、それとも、幸樹と別れ医院を去るか。
だが、どれも舞にも出来ないことだった。