岐路2
「俺よりもてる君が、相手がいない。何か事情があるんだろう」
「何もない、ただ、それだけだ」
「俺を見習え」
と自分を自慢した。
「お前は素敵な奥さんがいる、何時もうらやましく思っているよ」
「羨ましいなら、早く見付けろよ」
その時、電話の向こうから、先ほどの事務員が、患者さんがきているから、早く、診察してくださいという声が聞こえた。
「もう、そんな時間になっていたか」
言って田中が時間を確認した。
「いろんな話をしたいが、患者がきたので、電話を切るよ」
田中との電話を終えた幸樹は、舞に診察日を報せるために、舞のいる事務所へと向った。
「先生、何か御用ですか?」
幸樹の足音を敏感に感じ取った舞が喜んで迎え入れた。
「目の診察日が決まったので、報せにきたよ」
「ありがとうございます」
「診察日は一週間後、僕も一緒にいくことになったからね」
舞が感激したように言った。
「先生も一緒に行ってくださるのですか。嬉しい」
幸樹は、抱き締めてやりたいほどの衝撃を抑えた。
「治るでしょうか」
「医術は日進月歩むです。今治らなくても、数年後には治せるようになるかも知れませんから、もし、今、治らないと診断されても気をおとさないでください」
「はい」
舞は、幸樹と一緒に居られるだけで幸せと思っているので、眼科医に目が治らないと言われても、それほど落胆はしない。
また、舞は、舞の目が見えないから幸樹が舞に仕事を与えていると感じていた。そのため、目が見えるようになったら医院を追い出されるのではないかという不安があった。
だが、目さえ見えなかったら、大好きなお兄さんと何時までも一緒に居られると思い、本当は目を治したくなかった。
診察日を告げた幸樹は事務室を出ていった。
その足音を聞きながら、舞は思った。
(私はお兄さんといつまでも、一緒にいられるのなら、目だけでなく、耳や口が不自由になってもいいわ)
舞の望みは、幸樹の傍で居ることだった。