サギソウの花4
その背に声をかけた。
「もし、後で、どこかが痛むようなら、お医者さんへ行きなさい」
すると、少女が振り返り、にこっと可愛い笑顔を見せ階段を降りていった。
骨折や怪我は、数分後から数日後に気付くことが往々あるため、幸樹は、少女が無事、両親の所へ戻れるかを確かめるため、展望台から少女を見守ることにした。
展望台から出た少女は、五本松から犬鳴山に通じるハイキングコースに下りて行った。
このハイキングコースは、人車両用のため、車が通行できるように、コンクリートで舗装されていた。
ハイキングコースを歩く少女の姿が段々と小さくなり、やがて、白い人形、否、風船のように見えてきた。
幸樹は、少女にばかり気を取られ、両親の観察を怠っていたため、両親が何をしているのか知ろうともしなかった。
だが、少女の姿が遠くになるに従い、幸樹の視野も広がり、眼下を飛ぶ黄色い機体の模型飛行機が見えた。
模型飛行機を飛ばしているのは、少女の両親であることも分かった。
やがて、少女は両親が居る、ハイキングコース横に広がる濃い緑の萓原に着いた。
緑の中に少女の白一点、幸樹には、原野でひっそりと可憐に咲く、一輪のサギソウの花に見えた。
母親が少女にラジコンを渡すと、さっそく操縦を始めた。しかし、上手に扱えないのか模型飛行機が乱高下する。
見兼ねた父親が教えると、やがて、模型飛行機が美しい円を描いて飛ぶようになった。
少女親子は、模型飛行機を交代で操縦しながら、楽しんでいた。
展望台から、その様子を見て、幸樹の離婚への決意は、一段と堅くなった。
幸樹が模型飛行機を飛ばしに熱中する少女親子の姿を見ていると、急に下方から騒々しい太鼓や声が聞こえてきた。
みると、レストランの展望広場で素人演芸らしきものが始まった。
それを何気なく見ていたが、ふと、サギソウの少女が気になって、萓原をみると居ない。
慌てた幸樹は、前後左右を見渡していると、ハイキングコースを五本松に向かう親子の小さな影があった。
幸樹は、親子がどこに行くのか見定めたいと思い、和泉葛城山頂上に登った。
頂上には、北向きに八大龍王神社、南向きに葛城神社が背中合わせに鎮座し、人々の安泰を見守っていた。
礼拝を終えた幸樹が少女親子の姿を探し当てた時には、もう米粒ほど小さくなり、やがて見えなくなった。
家に帰った幸樹は早速、妻に離婚を申し出ると、妻は喜んで同意したため、家を出た。