別れの連鎖4
この一ヶ月半が幸樹に苦痛をもたらすことになった。
苦痛とは、医院を引き継ぐまでの期間が長かったために、患者達は待ちきれなくなり、他の医院に移ってしまったのだ。
患者が来ないことは、患者の数が増えていないことの証で、喜ばしいことなのだが、幸樹としては、惨めこの上なかった。
早苗といえば、一ヶ月に一度は必ず、幸樹の前に姿を現せた。早苗が帰ると看護師の青木和歌子が幸樹に忠告した。
「早苗さんがくるのには先生にも責任があるわ」
「僕に責任?」
幸樹が納得できないとばかり和歌子の顔を見る。
「そうよ、先生が結婚しないからよ」
「どうして?」
「早苗さんの考えは、先生が早苗さんに未練があるから、結婚しないのだと」
「そうだろうか?」
「間違いないから、早く結婚しなさい」
和歌子が命令口調で言った。
「考えて置くよ」
だが幸樹には早苗より大きな悩みが生じていた。
その悩みとは、父親の医院を引き継いでから、指で数える程の患者しかこないのだ。
それでも明日は患者がくるだろう、もし、明日来なくても、明後日は来るだろうと頑張ったが何も好転しなかった。
翌年の三月。
午後の診察時間を終えた幸樹が診察室でいると、看護師の青木和歌子が入って来た。
「今日も、二人の患者さんしか来なかったわね」
「そうだね」
「どうするつもりですか?」
和歌子が幸樹の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「良い案が浮かばなくて困っているよ。何か良い案はないかな」
「あるには、あるんですけど、失礼なことなので、言っていいのか迷っているんです」
「何でもいいから教えて欲しい」
和歌子は、決心したように言った。
「私、最近になって考えたんですが、医院を移転したらどうでしょうか」
「しかし」
「お父さんが築いた医院ですので、移転するのは辛いと思います。でも、これ以上、続けるのは難しいと思います」
「そうだね、この辺りは医院の数も多いからね」