サギソウの花3
(じゃあ、今日までの五年間、僕は妻にとって、何だったんだ)
幸樹は、結婚生活を振り返った。
(妻は、僕が医者の息子で、大学病院の医師だと知り、結婚を承諾したと、紹介してくれた 友人が教えてくれた。その時、僕は結婚する条件は誰でも持っているのが当然と考え、結婚した。その日から今日まで、大きな争いもなく平和に過ごしてきた。どう、考えても、妻の変心の理由が分からない。ただ、分かっていることは、社長の席に負けた。と言うことだ)
それだけの原因で、愛する妻と別れるのは納得が行かず、今日まで決められなかった。
だが、親子の幸せそうな姿を見て、離婚の決心が付いた。
やがて、少女は窓を離れ、階段に向かった。
その時、階段を駆け上がってくる激しい足音がし、五、六人の男子中学生が競争しながら 駆け上がってきたが、勢いあまって少女に衝突した。
「あっ!」
少女が悲鳴をあげて倒れた。
倒れた少女を見た少年達は、謝ろうともせず、我れ先にと階段を駆け下りていった。
幸樹は急いで駆け寄ると少女を助け起こし。
「大丈夫ですか」
尋ねたが、少女は恐怖からか答えられない。
「恐かったでしょう。もう、恐い者は居ないから安心しなさい」
それでも恐いのか、少女は周囲を見渡した。
「はい、有り難うございます」
やっと恐怖心が去ったのか、少女が幸樹に礼を言った。
「怪我や骨折がないか調べたいので、少し歩いてください」
少女は、少し顔を赤らめながら歩いて見せた。
「どこか痛い所はありませんか」
心配そうに尋ねる幸樹に、
「はい、どこも痛くありません」
少女は幸樹を安心さすように答えた。
「それは良かったね」
幸樹は、少女の愛らしさに、
(僕の子供が生まれていたら、こんな可愛い少女になっているかもしれない、いや、絶対になっている)
子供が生まれいても、まだ、一年、まして、男か女かさえ分からない。だが、この世に生まれて来れなかった可哀相な我が子故に、よい子を見えれば、我が子も、と思う幸樹であった。
「気を付けて降りるんだよ」
少女は頷き、展望台の階段を降りようとした。