悲しみの海−6
少女が悲しそうに言った。
「電車で?」
「はい」
「道に迷わなかった」
「一度きたから、もう、目が見えなくても来られるわ」
幸樹は、難しいから二度と来ないと言ってほしかった。
二人は松林を通り抜け、幸樹が道路に停めていた車に向かった。
「そうだ、住所を聞いていないね」
「大阪の豊中市です」
「じゃあ、豊中へ送ろう」
幸樹は、少女を車に乗せると、車を静かに発車させた。
やがて、大阪府に入った時、突然、少女が言った。
「阪急電車の梅田駅まで送ってください」
「ええ!また、どうして?」
「何も無かったような顔をして帰りたいんです」
「なるほど、おばあちゃんを心配させたくないんだね」
幸樹は、不安だったが、少女の祖母を思う強い意志を知り、少女の求めに応じた。
阪急駅の改札口前に着くと少女が言った。
「約束を忘れないでね」
「絶対に忘れないよ」
「嬉しい、私の傍にはいつも両親とおばあちゃんが居る、そして、お兄さんが」
「また、お兄さんと言ったね、最初のように、おじさんでいいよ」
「だって、私にはお兄さんに見えるんだもん」
少女が真剣な顔で言った。
「若く見られて嬉しいよ」
少女は、祖母のことが気になるのか。
「おばあちゃんが心配するから、帰るわ」
「おばあちゃんと幸せに。じゃあ、さよなら」
少女が改札口に入ると、その姿はすぐに見えなくなった。
幸樹は、少女が戻ってこないか心配で、しばらくの間、その場にいたが、戻ってこないので帰って行った。
そんな幸樹の姿を、物陰から少女が見ていたが、幸樹が去って行くと、電車に乗った。
少女の名前は、鷺草 舞、十二歳