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サギソウの花

 今日の向こうの明日、明日の向こうの明後日、風の向こうの彼方、彼方の向こうの遥か彼方には、あなたが愛する人が居る。

 すぐ会いに行こう、今日は今日、明日は明日、明後日は明後日の定めに従い歩いて行けば、きっと、愛する人に出逢えるだろう。


 紀泉高原を渡る五月の爽やかな風が、芽吹いて間もない木々や草花の薫りを、遥か向こうの彼方から和泉葛城山の展望台へ運んで来た。

 彼方幸樹、三十歳は、展望台の窓際に立ち、その薫りを受けながら紀泉高原の美しい風景を眺めていたが、顔の表情は冴えない。

「おとうーさん、おかあーさん」

何時の間に来たのか、横から、今、吹いてくる風を感じさせるような、愛らしい少女の声が聞こえた。

 少女が幸樹にしか聞こえないほどの小さな声で、両親に呼びかけたのは、周囲の人たちへの心使いと思った幸樹は、少女の声が聞こえなかった振りをし、そっと横を見ると、白い服の少女が窓から身を乗り出し手を振っていた。

 少女の小さな声から、幸樹は、少女の両親が展望台の真下にいると思って見たが、それらしい人物は居なかった。

そこで、少女の目線を辿ると、五百メートルほど先に濃い緑の草原が広がり、その片隅に両親らしき人物が居た。

「ここよ」

 少女は、盛んに手を振っていたが、両親から自分の姿が見えないことに気付いたのか、白いハンカチを広げて振った。

 すると、それに答えるように、両親が手を振る。

「大好きよ」

 少女は、幸樹がやっと聞き取れるほどの小さい声で言った。

 幸樹は、幸せそうな親子を見て思わず呟いた。

「離婚」

 幸樹は、少女に聞かれたのではないかと、顔を赤くしながら少女を、見た。しかし、少女は幸樹の存在など眼中にないらしく手を振っていた。

 彼方幸樹は、大学病院の医者で、今日は心の鬱を晴らそうと、此処、大阪府と和歌山県の境に広がる紀泉高原のほぼ中央に聳え立つ和泉葛城山の展望台へきていた。

 鬱の原因は、妻の早苗だった。

 早苗は婦人下着メーカーに勤務していたが、昨年の春、家に帰ってくるなり、

「私、課長に昇進したのよ」

誇らしげに言った。

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