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私と『友達』

作者: 雨井蛙

 私が私を想ったとき私だってわかるのに、私があなたを想ったってあなたのことは分からない。

 そんな、なんて……

「なんて悲しい」

 少女の頬を涙が伝う。

 傍にあるのはかつて友達”だった”者。

 無気力に膝を抱えて座り込む。

 友情か愛情か少女が抱いていた想いに名称はあるのだろうか。

 ただ一つ言えるのは、少女はたった今、友達を一人殺した。


 ----


 記憶に新しいのは彼女はいつもイチゴミルクを飲んでいたこと。

 昼休みになると校庭のくすのきの下で一人でチョコパンとイチゴミルクを食べていた。

「ごいっしょしていいかしら?」

 チョコパンとイチゴミルクを携えて彼女に話しかけた。

 麗かな春の日のことだ。

「こんな食事で足りるの?」

 パンを頬張りながら言う。

「あなたがいつも一人なのは知っていたし、決まってイチゴミルクを飲んでいることもしってる、なんなら月曜はあんぱんで火曜は焼きそばパン、水曜はメロンパン、木曜がチョコパン、金曜はクリームパン。ね? よく知ってるでしょ?」

 得意げに話す。

「ねえ? 私たち友達になれると思わない?」

 興味深い提案だ。でも彼女のセリフは狂気に近いストーカー発言で不信感まるだしだし何か裏があるとしか思えない。

「友達、ああなんて響き! 友達だから助けました。友達だから見捨てました。友達だから見殺しにしました。友達だから殺しました。『友達だから』って付けると何でもいい言葉に聞こえてくるでしょ? これは魔法の言葉なのよ、知らなかったでしょ?」

 あ〜んともう一口、チョコパンに齧り付く。

 青春時代には欠かせない存在、誰もがそれにすがり付き、取り合いになる。

 それが『友達』。

「友達だから」

 彼女は耳元で囁いた。

「人を殺してみたいの」


 最初から彼女の目的はこれだった。

 青春を恋愛に捧げるわけでもなく友情に捧げるわけでもなく、ただ人を殺したいだけ。

 ただの『狂気』だった。


 ----


 次の日、彼女はいつも通りの校庭で昼食をとっていた。

 私はクリームパンを持って彼女のところに行く。

「ねえ、昨日の話は受け入れてくれたかしら?」

 友達になる提案。その理由が『人殺し』と言うならもちろん却下。

 理由はあなたを人殺しにしたくないから。

 あれ? でも「友達を人殺しにしたくないから友達にならない」って何か矛盾してる。

 それってすでに友達だったってことでしょ。

 友達になれば殺される。友達にならなかったら? 拒否したら?

 あなたを人殺しにしたくない。なぜなら『友達』だから。

 ほら、すでに友達になってるじゃない。どうして?

 友達になっても拒否しても『友達』になってる。

 つまり私は結局、殺される? ほんとだ、確かに魔法の言葉だわ。

『友達だから』は魔法の言葉。

 少女は言う。

「ある若者は言いました。お金を貸してくれ、俺たち友達だろ? ある若者はこう返事をしました。お金は貸せない友達だから、と。さて、お金を貸すのが正解か貸さないのが正解なのかどっちが正しかったのでしょう?」

 ケースバイケース、時と場合による、なんて曖昧な答えはない。

 すでにこう質問されてる。


 友達になって人殺しにさせるか、友達にならないで殺されるか。


 答えはどちらかであり、ケースバイケースなんて通用しない。

 もう時と場合による条件は揃っていて、どちらかを答えなければならない。

 つまり、もう、私の死は確定している。

 どこからおかしくなったのか、いつからおかしくなったのか。

 一体いつ少女の死は確定したのだろう。

 最初からこの質問に拒否権はなかった。


 友達になりましょう?


 なんて質問されたら一緒に地獄に落ちるしかない。

 これは死神の言葉なんだ。同じ時間を過ごして、同じ時に笑って、同じときに泣いて、それを強制する死の言葉。

 友達は天使にだって死神にだってなれる。

 友達とは、フィクションであり、虚構であり、嘘である。

 最初から友達なんていなかった。存在しない者を友達と呼んでいただけであって、そこには誰もいない。

 ああ、私だれと話していたんだろう。


「うん、友達になって(殺されて)あげる」



 ----

 その日から彼女は毎日、私のところにくるようになった。

 月曜はあんぱんで、火曜は焼きそばパン、水曜はメロンパンを持って。

 たわいのない話もした。

 真剣な話もした。

 悩みを聞いて貰った。

 それが虚構であると知りながら。嘘であると知りながら。誰も居ないと知りながら。


 吐く息が白くなってきた頃、校庭に白い足跡を残しながらチョコパンを食べた。

「こんな日まで来なくていいのに」

 そういってチョコパンを持って彼女はやってきた。

「ねえ、そろそろ私を殺す方法を教えてくれるかしら?」

 そうか、もうそんなに経つのか。もうさよならしなきゃいけない。

 こんな茶番はもういらない。

「そうね、私がこのまま凍死するなんてどう?」

「それは寒そうね、ガクガクしてきた。でもそれだとあなたも死んじゃうわ」

「あら、それはダメね。あなただけを殺したいのに。ねえ、どうして私ところに現れたの?」

「私はただあなたに会いかっただけ」

「そう、私もよ」


 ----


 だから私は彼女を殺した。

 私が私を想ったとき私だってわかるのに、私があなたを想ったってあなたのことは分からない。

 そんな、なんて……なんて悲しい。

 私の抱いていた感情に名称なんてあるのだろうか。


「結局、私はあなたのこと何も知らずじまい。いやもっと知ってる。ずっと知ってる。最初から知ってた。月曜はあんぱんで火曜は焼きそばパン、水曜はメロンパン、木曜がチョコパン、金曜はクリームパンを食べる。そうでしょ? そうね、明日からはイチゴミルクじゃなくてミルクティーにしましょ」


 これで私の『狂気』も終わり、彼女を殺した校庭から立ち去った。

 

 ただ、一人分の足跡を残して。

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