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幾代を越えても

作者: 木崎めぐり


拙い文章ですが、お読みいただければ幸いです

 それは送り盆の日のことだった。私はため息をつきつつ、歩いていた。飲み物を買いに少し歩くつもりで外に出たが、自転車で来なかったことが心底悔やまれる。


「暑い…」


まだ昼の日差しはじりじり肌を焦がすようで、その光は随分まぶしい。ふと思い付いて、私はいつもはあまり通らない農道の方を歩くことにした。農道は川沿いで木々が多いため、いつも通る集落の道よりも木陰が多く、少しだけ涼しい。


「でも、暑いな…夏だもんね…」


まあ、暑いものは、暑いのだが。



ふと、川の方を見遣ると飛び石に水が砕けて涼しげな音を立てている。川といっても月見堰という人工の水路で、田んぼに水を引くためのものだ。だから、コンクリートで舗装もしてあるし、ずっと背の低い柵もある。ただ、公園的要素も取り入れようとしたのか、飛び石だとか、小さな噴水が一応ある。多少開けた場所もあり、小学生が少し遊ぶくらいならできる。


「渡ってみようか」


飛び石を渡るとき、いつも母についてもらっていた。小さなころの私にあの間隔はなかなかに広かった。でも、いまなら、大丈夫だろう。


…結果的に。


それは間違いだった。今の今までついぞ思い出すこともなかったが、六つ目の飛び石は、ぐらついているのだった。そして、戻れなくなった私は立ち往生している。数分前の自身の行動が強く悔やまれる。しかし、いつまでもここにいるわけにもいかないので、勇気を出して右足を踏み出した。

で、ぐらつきは関係なく普通に踏み外した。


「あ」


落ちる。まあ、そんなに深くないし大丈夫、せいぜいびしょ濡れになるだけ…

そう思ったとき、誰かの腕が私を支えた。


「大丈夫か?」


驚いて顔をあげると、切れ長の目が印象的な色白の男性が私を抱き止めている。


「あ、ありがとうございます」


へら、と笑って見せると男性は目を瞬かせた。


(いまし)の名は?」


いまし?!突然飛び出した古文を彷彿とさせる呼び掛けに戸惑い、押されるように名乗った。


姿月(しづき)、です」

「そうか、姿月…か。」

「ええっと、あの、お名前聞いても…?」

「ああ。源九郎だ。」

「源九郎さん」


おじいちゃんみたいな名前だ。兄弟は何人いるのやら。


「もしかして、九番目に生まれましたか?」

「ああ。」


少子高齢化社会の歯止めに大いに貢献している家なんだな、と考えていると。


「姿月、頼みがある。少し、話し相手になってもらえないだろうか。人を探していてな。」


普通に考えれば不審極まりない人物だが、助けてもらった恩もある。話くらいなら、と聞くことにした。




-------------------------------------------------




「おれはこの四日間、こちらにいてな。最愛の人を探しているんだ。ただ、なかなか見つからなくてな。もう、今日が最終日だ。」


どういう状況なのだろう。奥さまに逃げられてしまったのだろうか。


「おい、何か失礼なことを考えていないか?」

「滅相もございません。」


射抜くような視線は確実に何人か手にかけているのでは…と思わせるほど鋭かった。


「まあ、いい。」

「…奥様、どんな方だったんですか?」


問いかけると、源九郎さんは穏やかな目をして語り出した。


「行動的な女だった。男勝りとでも言おうか、兎に角、気の強い女でな。舞のうまい、きれいなやつだった。」

「……どうして、離れ離れに?」

「…おれが、守り切れなかったんだ。お腹の子も、静自身も。静が病で床に伏せているときでさえ、おれは側にいることもできなかった。」

「静って、源九郎さんの奥様の名前ですか?」

「そうだ。」

「源九郎さん、奥さまに会えたら、どうするんですか?」


聞かずにはいられなかった。源九郎さんの目が寂しげに揺れていて、悲しげにも見えて。私は何だか切なかった。


「おれは………」


風が涼しくなってきていた。もう、日が暮れそうだ。家々の送り火がちらほら灯され始める。


「おれは、伝えたかった。また、来世で巡り会おう、許されるなら、そのときは、今度こそ……姿月?」


なぜか、涙がこぼれ落ちた。


「あ、あれ?おかしいな」


源九郎さんは私の顔を覗きこみ、豆のできた指で私の頬をぬぐった。


「姿月?しづき…ああ……しづ、ここにいたのか。しづ…おれは、まだ来世にはいけないようだが…」 


涙はとめどなく溢れて、止まる気配を見せない。涙が溢れているというのに、私はなんだか嬉しかった。日は山の端にかかっている。送り火は、次第に多くなっていく。


「しづ。愛している。幾代を越えても、おれはきっと…」


源九郎さんの姿は次第に薄れ、日没とともに消えた。

残された私は、しばらくぼんやりと立っていた。




-------------------------------------------------




私は、大学生になった。所は変わって岩手県平泉町、義経堂。


「源九郎さん、ここにいたんですね。今世では無理でも、幾代を越えても私は…」


風が、強くなり、曇っていた空から雲が捌けて青空が顔を出した。


「しづやしづ しづのおだまき…か。」


風が強く吹いた。


「………義経様」


涙が一粒、こぼれ落ちた。




拙作をお読み頂き、ありがとうございました。

また、時代ものに限らず、ファンタジーや異世界転生など、何か書けたら投稿したいと考えております。

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