転がり石の冒険
天高く山がそびえていました。
この険しい山は火を噴く山でした。
山の頂上付近は、人々が恐れて登ろうとはしない生き物の住めない場所なのです。
火の山から飛び出た熱い固まりは冷えて石になります。
石はこの地で永い永い時を過ごすのです。
そして、時がくると石は砂のように崩れてしまいます。
それが石の一生でした。
大きい石、小さい石、長い石、平べったい石。尖った石、ゴツゴツとした歪んだ形の石。
様々な石が暮らしていました。
そう、ここは時間がゆったりと流れる石の国だったのです。
そして、今また新しい石が生まれました。
火の山から塊が飛び出たあと、転がっていくうちに冷えていきます。
その転がり方のせいでしょうか。固まった姿は独特でした。
「あっ」と皆の石がその姿を見て声を上げました。
「転がり石だぞ。」
「なんと珍しい姿だ。」
そうです。その石は他の石とは比べものにならないほど、きれいなまんまるい形だったのです。
「いいなあ。俺たちはずっとここで過ごすだけだが、お前には冒険が待っているぞ。」
そう皆から言われるものですから、転がり石も自分は特別な存在だと思うようになりました。
そして、将来のことを考えて胸を膨らませる毎日でした。
あるとき、旅立ちの時がきました。
その山に大きな黒い雲がかかって、滝のような雨が降り注いだのです。
他の石はこの雨にもびくともしませんでしたが、転がり石はゴロゴロと転がりだしました。
(ここで、皆さんは私と一緒に両手にこぶしをつくって「ゴーロゴーロ」といいながら胸の前で前回しにぐるぐると手をまわしてください。今後も石が転がるときにはよろしくお願いします。)
ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ
ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ
転がり石はずーーとずーーと下のほうに転がっていきました。
止まった場所には緑のじゅうたんのように草が生えていました。
石だらけの国しか知らなかった転がり石には、それが光り輝くように見えました。
そして、ここにはたくさんの牛や羊やヤギがいたのです。
転がり石はこの場所では生き物の世界を見せてもらいました。
自分よりも大きい牛や羊やヤギが自由自在に動いています。
転がり石も動けますが下に向かって転がるだけです。
でも動物たちは上にも横にも動けます。そしておいしそうに草を食みながら仲間と一緒に仲良く暮らしています。
一番びっくりしたのは、生き物にはお父さんとお母さんがいて、お母さんから子どもが産まれてくることでした。転がり石は生命のすばらしさに感動しました。
ふと、転がり石は自分のお父さんお母さんはいるのだろうかと考えてみました。
でも火の山から飛び出して生まれてきた自分にはお母さんもお父さんもいません。
生き物の世界を見て、転がり石は少しうらやましくなりました。
牛や羊やヤギからは、おしっこをかけられたりしましたが、転がり石は笑って許していました。
だって冒険に苦労があるのは当たり前ですから・・・。
転がり石は、ずっとここにいてもいいと思うくらいに心地よい日々を過ごしていました。
しかし、心のどこかでは次の旅を覚悟していました。
そして、また大雨の日がやってきました。さあ、また転がり石の旅立ちです。
(今度は、少し速めに回してください)
ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ
ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ
なだらかな坂を過ぎて急な斜面になると勢いがつき、転がり石はものすごいスピードで転がっていったのです。
そして、崖を飛び越えてドスンと地面に落ちました。
そこには一人の男が座っていました。
その男は、そこから見下ろせる小さな貧しい村から、きのうの夜、金目のものを残らず盗んできた大泥棒でした。
男は満足気でした。そして、盗んできたものを整理しながら腹ごしらえをしようと考えました。
そこで鍋を火にかけるためのかまどを作ろうとしましたが、石の数が足りずにうまくいかなかったのです。
そこにちょうどよい大きさの石がドスンと落ちてきたものですから、男は笑い出しました。
「ついているとはこういうことを言うのだろうな。」
それから転がり石は他の石と一緒に即席のかまどになり鍋を載せられました。
枯れた木の細い枝に火がつけられて薪に燃え移るとどんどん炎が強くなっていきました。
転がり石の体がじりじりと熱くなっていきます。
「うーん。冒険にはいろいろと苦労があるな・・」
そう言いながら耐えていました。
そして、転がり石の体がものすごく熱くなったころ、やっと料理が完成しました。
男はそれをおいしそうに食べ始めました。
そのときです。ずっと下のほうから「泥棒だ。泥棒にやられたぞ。早く探せ。」という声が風に乗って聞こえてきたのです。
男は「しまった。これは、ついていないぞ。はやく逃げないと。」そう言って荷物をまとめ、自分がここにいた跡も消そうとしました。
そのために焼けて熱くなっていた転がり石も、靴で蹴られて下のほうに転がっていったのです。
(また、回してください。お願いします。)
ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ
ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ ゴーロゴーロ
転がっていった先には流れの急な川がありました。
ドボーン。
転がり石は川の中に勢いよく飛び込みました。
しかし、チリチリと熱くなっていた体が冷たい水でジューと急に冷やされたために、転がり石の体にはいくつかのヒビが入ってしまいました。
そして何箇所かに、ボロッ、ボロッと穴が開き、変わり果てた姿になったのです。
自慢の美しい体が失われてしまい、転がり石はとても悲しくなりました。
そのうえ、川の流れの中で窪みにはまってしまい、もう動けなってしまったのです。
これで自分の冒険が終わったのかと思うと、いいようのない虚しさがこみ上げてきました。
そばに小魚や小さなエビやカニが寄ってきました。
そして、お祭りのようにはしゃいで言うのです。
「ありがとう。」
「これで平和な国になる。」
「ばんざーい。」
流れの急なその川で、この小さな生き物たちは苦労して生きてきました。
それが幸運にも転がり石が来てくれたことで流れが弱まり、さらには石の穴という隠れ家まで手に入れることができたのです。
「ずっとずっとこの日を待っていたのです。ありがとうございます。」
そのような感謝の言葉を聞きながらも、転がり石の心は全く晴れませんでした。
石の国で皆から特別な存在だと言われて暮らしていた、そのプライドからでしょうか。
こんな小さな世界で終わってしまう自分がどうしても許せなかったのです。
転がり石は「どこかにまだ自分を待っている冒険があるはずだ。もっと大きな世界が広がっているに違いない。」そう思っていました。
ですから小さな生き物たちから感謝される日々であっても、転がり石にとっては不満だらけの毎日だったのです。
さて、あの泥棒から金目ものをすべて盗まれた村では、人々は貧しさのうえにさらに貧しさが増し苦難の日々を送っていました。
その村人を導くはずのまじない師は、自分のような力がある人間はもっと大切にされていいはずだと考えて、別の豊かな村に逃げ出そうとしていました。
そして「どうやって逃げ出したらよいものか。何かよい方法がないものか。」と考えをめぐらせながらこの川のそばを通りかかりました。
転がり石は「どこでもいい。ここ以外の場所につれていってくれー。」と叫び続けていました。
そのまじない師に声が聞こえたはずもないのですが、偶然でしょうか、転がり石に気付いてくれました。
そして、川の流れから転がり石を引き上げると、その姿を見て「これはいいぞ。」と言って、にやりと笑いました。
そして、村に戻ってから大きな石の上に転がり石をのせました。
転がり石には大きな3つの穴があいていましたが、それが顔のように見えたのです。
「この二つが目、これが口。どうだ、これはすばらしい力を持った神様だぞ」
まじない師は、村人の前で大きな杖で転がり石をもっともらしく叩きながら言うのです。
「わしの力はすべてこの石に与えた。この神はわしをもしのぐ力があるのだ。」
そう言われても村人にはただの石にしか見えません。
それで村人たちはすぐには頭をさげる気にもなれませんでした。
その晩、まじない師はどこかに姿を消していました。
それから転がり石はなんと神様になったのです。
村人も最初は仕方なしにお参りをするだけでした。
しかし、次第に貧しさがつのり、生活が厳しくなっていく中で頼れるのは転がり石の神様だけでした。
ですから、村人たちはだんだんと転がり石を神様だと思って語りかけるようになっていったのです。
「私が何か悪いことをしたでしょうか。なのに、なぜ私はこのように苦しまなければならないのでしょうか。」
転がり石は病気もしません。寿命もどれだけあるのか分からないほど長いのです。
しかし、人間は本当に弱い存在です。
それなのにあの泥棒はこの人たちが苦しむのを承知で大切なものを盗み、そしてあのまじない師は平気でこの人たちを見捨てたのです。
あの緑の草原では動物たちが仲良く助け合っていたのに、この人間たちはそれさえもしないのです。
動物たちは草を食べ、身を寄せ合ってそれで充分幸せそうに見えたのに、動物よりも賢そうに見えるこの人間たちが、様々な悩みや苦しみを抱えていることが転がり石には不思議でなりませんでした。
まじない師は「この石には力がある。」といって去りましたから、村人たちもその言葉にすがりつくようにして信じようとしました。
しかし転がり石にはそのような力はないのです。
何もできない自分が人間の悩みを聞いているのはとても辛いことでした。
それでも人間のことをあわれに思った転がり石は「自分には何もできないけど、せめて一生懸命、話を聴かせてもらうよ。」そう思いながら村人の話に耳を傾けました。
そうして転がり石は、貧しさのこと、人々の争いのこと、愛する者との別れ、けがや病気など様々な悩みや苦しみについて聴かせてもらいました。
「何もできない自分になぜ村人たちは話をするのだろうか。」
転がり石は不思議に思いながらもその役目を果たしていました。
あるとき一人の娘が、夕方から転がり石の前に座ってお祈りをはじめたのですが、夜が深まっても家に帰らないのです。
どうやら夜通しお参りをするつもりのようです。
話を聴いていると娘は母親と二人で暮らしていたのですが、母親が病気になり、看病しても次第に重くなり、このままでは命さえも危ない状態になったらしいのです。
貧しさゆえに薬もなく娘として何もできないので、看病は知り合いに頼んで、今日は夜通しお参りをしているのだと言うのです。
娘の母親を思う気持ち、そして母親が娘を残してあの世へと旅立ってしまう悲しさを思うと転がり石は胸をかきむしられるような思いになりました。
でも何もできないのです。
「すまないね。私には何の力もないんだよ。本当にごめんなさい。」
そう言うしかなかったのです。それでもその声が聞こえない娘は頭を下げて夜通し祈り続けていました。
そして朝が来たのです。
娘は、ちょうど昇ってきた朝日に照らされた転がり石を見上げました。
そして「あっ・・・。」と声をつまらせ、「神様ありがとうございます。」と言って耐え切れずに大声で泣き出したのです。
転がり石には二つの窪んだ穴が横に並んでいて、それが目のように見えていたのですが、そこから涙が流れ出ていたのです。
それは、たまった朝露がこぼれていたのかもしれません。
しかし、娘には自分の苦しみを分かってくれた神様が一緒に泣いてくれたように思えたのです。
これまでの様々な辛かったことが思い出されて、娘は転がり石の前で泣き続けました。
しばらくして気持ちを取り直すと、娘は大きめの葉っぱで神様の涙をすくって、それを母親のところに持ち帰ったのです。
その話を聞くと母親もまた泣き崩れました。
そして、葉っぱからほんのわずかな神様の涙を飲ませてもらったのです。
それからでした。二人の信じる力のおかげでしょうか、少しずつ少しずつ母親の体が回復に向かっていったのです。
そして、数ヶ月たつと、もう安心というまでに母親は元気になれたのです。
親子は転がり石にささやかなお供え物をしてお礼のお参りをしました。
転がり石は「自分は何もしていないのに。」と言ったのですが、その声は聞こえないようです。
村人もまたその親子の不思議な話を聴いて、ますます転がり石を神様として大切にするようになっていったのです。
ところが、そういう話が噂となり、さらには尾ひれがついて、遠くまで伝わっていきました。
そして、その噂がある街の金持ちの男の耳に入ったのです。
実は、その男の息子が病気になり、有名な医者に見せても高価な薬を与えても、一向によくなりません。
それで、その金持ちの男は、何か良い手立てがないかと探していたのです。
そこに「ある村にどんな病気でも治す神の涙がある」という噂を聞いたものですから、その男は、疑わしいと思いながらも、とにかく行ってみようと考えてこの遠い村までやってきたのです。
金持ちの男は来てみて驚きました。神々しさのかけらもないただの大きな石の上にこれまた三つの穴のあいた丸い石が乗っているだけではありませんか。手を合わせる気持ちにもなれません。貧しい村人の迷信としか思えなかったのです。
それでも「このみすぼらしい石だってお堂でも建てればご利益があるかもしれない。貴重なお金を出してやるのだから必ず子どもの病気を治すんだぞ。」そう言いながら自分の手配した者たちに命じてお堂を建てさせようとしました。
でも転がり石に、心から息子の回復を祈ることはしなかったのです。
転がり石はその様子を見て怒りくやしがりました。
「やめろ。お堂なんていらないぞ。お前には貧しさの中で苦しんでいる人たちが見えないのか。そのお金があればどれだけの村人が助かるか分からないのか。」
しかし、その声もまた男には聞こえないのでした。
そして、お堂が完成して街に戻る朝、金持ちの男は転がり石の目にたまっていた朝露を入れ物にいれて大事そうに持って帰っていきました。
街に戻ってから金持ちの男はそれを急いで息子に飲ませました。しかし、しばらくするとその息子は死んでしまったのです。
男は最後のときを息子とゆっくり過ごせたはずなのに、根も葉もない噂を信じて時間を無駄にしてしまった自分に腹がたってなりません。
やり場のない気持ちをどこにぶつけていいか分からずに、その金持ちの男はまた村にやってきたのです。
そして「こんなインチキを信じたせいで大変な目にあってしまった。この恨みは、はらさせてもらうぞ。」
そう言ったかと思うと、自分がつくったお堂を壊し始めたのです。
転がり石が乗っていた土台の石も叩き割りました。
そして、にっくき転がり石は崖のほうに足で蹴飛ばしました。
村人が止めるまもなく転がり石はまた転がっていきました。
(速めで、お願いします。)
ゴロゴロゴロゴロゴロ ゴロゴロゴロゴロゴロ
ゴロゴロゴロゴロゴロ ゴロゴロゴロゴロゴロ
転がり石は崖を下って、うねった坂を大きく左に曲がりながら転がっていきました。
上から見ていると森の陰に入ってしまったようで、村人にはゆくえが分からなくなってしまったのでした。
(ゆっくりとお願いします。)
ゴロゴロ ゴロゴロ ゴロゴロ
ゴロゴロ ゴロゴロ ゴロゴロ
それから、転がり石はスピードが落ちて、ゆるやかに転がり続けて、とうとうある家の前で止まりました。
そこは、一人暮らしのおばあさんの家でした。
自分でつくった野菜を漬物にしようとしていたおばあさんは、転がってきた石を見て目を輝かせました。今まで使っていた石に比べて大きさも形も数段使いやすそうです。
おばあさんは転がり石に話しかけました。
「お前さんどうかね。私と一緒に漬物をつくらないかい。」
転がり石は、話しかけられたことにびっくりしましたが、「いいよ。」と快く答えました。
すると、おばあさんは「そうかい。いいのかい。じゃあよろしく頼むよ。これでおいしい漬物ができるよ・・・。ありがとう。」そう言って喜びました。
それから、転がり石は漬物石になって、おばあさんと一緒に野菜を漬物にする仕事をしました。
転がり石はおばあさんとの暮らしが本当に楽しくてたまりませんでした。
ここでの暮らしは以前とは全く違っています。
勝手に利用されるのでもなく、何もしていないのに感謝されるのでもなく、何もできないのに話を聴いてあがめられたり、けなされたりするのでもないのです。
確かに役に立つことをしているという実感がここではありました。
おばあさんの漬物をとても楽しみにしている人がたくさんいるからです。
それにおばあさんはとても心が温かく、いろいろな面白い話をしてくれました。
おばあさんはじぶんでクスクスと笑いながら転がり石に昔のことを話すのです。
転がり石は同じ話を何度されても楽しく聴けました。
そのうちに転がり石は、おばあさんの人生が自分の人生だと思えるくらい、おばあさんのことを理解するようになりました。
「ずっとずっと一緒にいれたらどんなにいいだろう。」
転がり石はそう思っていました。でも、人間の寿命は石よりもうんと短いのです。
それから数年後、おばあさんは亡くなってしまいました。
転がり石は、寂しくて寂しくてたまらなくなりました。
おばあさんの話がもう聴けなくなってしまったのです。
それに転がり石だけでは漬物をつくることができません。
しばらくして、その家におばあさんの親戚の人たちが片付けにやってきました。
そして、転がり石を見て「おばあさんの漬物は本当においしかったね。」と話しているのです。
それを聞いて、転がり石は涙が出るほど嬉しく思いました。
「おばあさん。あなたの漬物のことをみんなが覚えているよ。」
人間が死んだ後どこに行ってしまうのか転がり石は知りません。
それでもおばあさんにそう言いたかったのです。
親戚の人は「もう使わないから。」と言って転がり石を持ちあげて、坂道からゆっくりと転がしました。
(ゆっくりとお願いします。)
ゴーーロ ゴーーロ ゴーーロ ゴーーロ
ゴーーロ ゴーーロ ゴーーロ ゴーーロ
山の上から転がって降りてきた転がり石。
坂がある限り旅は続きます。
でも、転がっていったその場所は山の中腹の平らな場所です。
これ以上転がることはできません。
もう、転がり石の旅は終わったのです。
そこはどんな場所だったのでしょうか。
・・・・・
そこには何もありませんでした。
ただの原っぱだったのです。
でもそこからは、輝いている遠くの海や、青い空をのんびりと流れている雲が見えました。
周囲の山々も季節によって美しく色が変わるのです。
春には若葉が芽吹いて山が若返ったように見えます。
暑い頃には風にゆれた葉っぱの照り返しでキラキラ光っている山があります。
秋には鮮やかに紅葉した木々で赤や黄色に飾られた山があります。
そして、冬が来て山々は真っ白な雪につつまれます。
その季節の移り変わりを転がり石はあきることなく眺め続けました。
今は寂しくありません。
転がり石の下には蟻が巣をつくって住んでいるからです。
雨や風から彼らを守ってあげているのです。
そして、様々な虫たちが飛んできて、転がり石の上で休んでいきました。
特に転がり石が楽しみにしているのは、さなぎから蝶が出てきて最初に来てくれるときです。
転がり石の上でやわらかい日差しを浴びながら、蝶はその美しい羽を乾かすのです。
もちろん、転がり石はこれまでの冒険のことはすべて覚えています。
しかし、怒ったり悲しんだり、とまどったり寂しかったりしたその記憶はいつの間にかこの景色と溶け合って美しいものになっていったのでした。
そうして転がり石はずっとずっと満ち足りた気持ちで過ごしました。
おしまいです。