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雪の降らない街

 北風が吹きあれる冬の季節です。


 大きな都市の路地を一人の男がコートの襟を立てて歩き回っています。


 よほど寒いのか、かじかんだ手に息を吐きかけています。


 古代の地名が残るこの都市の歴史は、はるか数千年にも及びます。


 石造りの建物やアーチ状の橋や、高く尖った塔が地平線の向こうまで広がり、それらは、ほこりをかぶったように古めかしく見えます。


 あちこちの石に刻まれた、今では使われなくなった文字や様々な不思議な模様を眺めていると、この土地に生まれては消えていった、いくつかの文明のことが思い起こされます。


 そして、この地には今もこうして多くの人たちが暮らしているのです。


 寒いなか、この街を必死で歩き回っているその男は、もう立派な大人だというのにどういうわけか人々からばかにされていました。


 もともとその男は若いころから空想力豊かな図書館通いの好きな青年でした。


 両親に言わせると、手のかからないおとなしい性格だったそうですが、何か行動する前からあきらめているようなところもあったようです。


 ですから、自分が行動して傷つくよりは、空想の世界で遊んでいたいと思っていたのかもしれません。


 男は、遠くの地方まで旅をした人が書き残した旅行記を読むのが一番の楽しみでした。


 まるで自分自身が知らない土地を探検しているような気分になれたからです。


 男は、むさぼるように次々と旅行記を読んでいきましたが、実際に旅をしようとはしませんでした。


 理由を尋ねられると、あまりにもたくさんの本を読んだために、どこに行ったらいいのか、どこに行きたいのか分からなくなってしまったと言っていましたが・・・。


 男は、そのうちに旅行記にあきてくると、古い文明から伝えられた伝説の本も一緒に読んでいくようになりました。


 そうすると読んでいる話のどこまでが伝説の話で、どこからが本当の話なのか、男にも区別がつかなくなっていったのです。


 その男にとっては、行ったこともない遠くの地方も、伝説が伝える世界もどうせ行かないのですから変わりはしなかったのです。


 あるとき、旅行記を読んでいると、よその国では寒い冬に真っ白な雪が降り、それが積もったとき、街中が銀世界になり光輝くと書いてありました。


 しかし、冬には寒いこの街にはなぜか雪が降らないのです。


 この街に生まれ育った人たちは雪を見たことがありませんでした。そのことを男は不思議に思いました。


 「この街はこんなに寒いのに、なぜ雪が降らないのだろうか。」


 男は、これまでどの旅行記を読んでも行動を起こそうとはしなかったのに、なぜかこの雪の話には心が動かされたのです。


 それは、このほこりだらけの街に北風がふきあれる冬には、誰もが暗い気持ちに沈んでいたからです。


 「このふるぼけた街が真っ白な銀世界になったらどんなにすばらしいだろう。みんなも、どれだけ喜ぶだろうか。」


 それを空想するだけで、男は、ぼーとなり、そのことが自分の人生で、何よりも大切なことのように思えてくるのです。


 それから、男は、なぜこの街に雪が降らないのか、調べるようになりました。


 毎日、男は図書館に通い、様々な本を読みましたが、その原因は全く分かりませんでした。


 ところが、あるとき、伝説の本を集めてある場所の一角で、男の前にドスンと本が落ちてきました。


 ちょうどその落ちた本のページが開いているところには、水晶で出来た小さな箱の絵があり、よく見るとその箱の中には小さな人間のような姿をしたものが描いてありました。


 そして、「この絵のような雪の妖精がいて、雪を降らす。雪の妖精がいないか眠っている場合には、その地にはけっして雪が降らない。」と書いてあったのです。


 それが伝説の本であるということも忘れ、男は「やった。やったぞ。やっと理由を見つけたぞ。」と飛び上がって喜びました。


 また、男は、その本が落ちてきたことも、偶然とは思えず、神様が自分に雪の妖精を探すように使命を与えたのだと思い込むようになったのです。


 それからその男は仕事につきましたが、仕事以外のすべての時間を雪の妖精探しに当てるようになりました。


 雪の妖精を探すために食べて眠り生活をする、そんな調子でした。


 男は仕事の覚えも悪く、身が入らず後から入ってきた後輩に追い抜かれ、いつまでたっても怒られてばかりでした。


 しかし、その男にとってはそんなことは大きな問題ではありませんでした。


 その男の人生には夢があったからです。


 「空から柔らかい白い雪が降り続いて、この古ぼけた街が真っ白な世界になったら、街じゅうの人が驚くぞ・・・。」


 男は、そんなことばかり考えているのですから、少しでも豊かになろうと競争をしている人たちの必死な気持ちや、将来への不安からお金をためている人たちの気持ちも分かりませんでした。


 また、生活の苦労の中で、けんかをしたり、ときには苦しさのあまり酒びたりになったりする人の気持ちも理解できなかったのです。


 その男の親は、そのような息子の姿に失望し、どうしたらそのような空想から離れて、真剣に人生を送ってくれるのかとずいぶん悩みました。


 そして、いろいろな偉い人の話も聞かせましたが、その男にはまったく効果がないのです。


 結局、その男は自分の家庭を持つという気持ちにもなれず、相変わらず仕事は続けていましたが、仕事以外の時間のすべては雪の妖精探しにあてていたのです。


 そうして時が流れました。


・・・・・


 その男はもう若くはありません。


 それに、とうとう、年とった両親は息子のことを嘆きながら亡くなってしまいました。


 親戚の者たちは、親が亡くなればあれもしっかりするだろうと言っていましたが、その男の生き方が変わることはありませんでした。


 なにかその男にとっては、雪の妖精を探しているときが、本当の自分の人生を生きているときで、それ以外の、仕事のときや親や親戚と接するときは、まるで夢のようなものだったのです。


 だから、親が亡くなっても男の気持ちは何一つ変わらなかったのです。


 男は、古い塔の上の小部屋や地下室があると特に念入りに雪の妖精を探しました。


 普通は使われないその部屋の入口には木の板が打ち付けてあり、誰も入れないようになっています。


 男は、このような場所に雪の妖精が住んでいるのだと考えていたのです。


 持ち主に部屋を開けてもらうように男は頼みますが、その奇妙な申し出を聞いて、持ち主は、この男が自分をだまそうとしているのではないかと疑いの目を向けます。


 そして、男が雪の妖精の話をしだすと、その持ち主は「かわいそうに。」という哀れみの表情になって、首を横に振って言うのです。「そんなことには関わらないよ。」


 しかし、男は、そう言われるのにも慣れていましたので、あきらめません。


 自分が働いてかせいだお金をお礼として渡して、やっとその場所に入らせてもらうことができたのです。


 しかし、期待を込めてその部屋に入っても、古道具や机や椅子が積み上げてあるだけで、例の水晶の箱などありませんでした。


 男はがっかりしてそこを後にするのです。


 そのようなことを何年も何年も繰り返していました。


 そのうちに、その男のことがうわさになりました。


 古い部屋に入りたくてお金を払う男がいると聞いて、あちこちから話が来るようになったのです。


 そして、うわさの最後には必ず「雪の妖精をさがすんだとさ。」と付け加えられました。


 そういうわけで、男はだれからも認められず、ばかにされていたのです。


 男は雪の妖精を探すためだけに人生を送っていました。


 出会う場所、出会う人、すべては雪の妖精にたどり着くためのヒントであり手段でした。


 おそらく男が接する人間や風景や世界は普通の人とはよほど違って見えていたことでしょう。


 もちろん、その男にも「本当は雪の妖精などいないのではないか。」「自分はおろかで無駄なことをしているのではないか。」という考えが湧いてくることがありました。


 しかし、それが本当だとしたら恐ろしいことです。


 男は「それを認めてしまうと、これまでの苦労や費やしてきた時間が無駄になってしまう。」と言い聞かせ、ときおり湧いてくる疑問を心の中で掻き消してきたのです。


 さて、あるとき、寒い時期でしたが、これまで行ったことのないトンネルの途中に閉ざされた部屋があるという連絡が入りました。


 男は、雪の妖精は塔の中かその地下室にいると信じていましたので、そんなところにはいるはずがないと思いました。しかし、念のためにと思い訪ねてみたのです。


 トンネルは古い文明時代の水路の管理用のもので、中に入ると真っ暗でした。


 部屋の持ち主と一緒に奥のほうに進み、その扉の前まで来ました。


 その持ち主に灯りを持たせてから、男はドアをふさいでいたいくつかの荷物を取り除きました。


 そして、板をはがしてドアを開けてみたのです。


 すると、暗い部屋の中央に、うっすらと白く光っているものが見えます。


 灯りを受け取って、その場所をよく照らしてみると古い机のうえに水晶の箱がありました。


 まさしくあの本に描いてあったものと同じです。


 そして、近づいてよく見てみると、その箱の中に寝ている一人の妖精が見えるではないですか。


 「やった。やったぞ。おーーーー。やった。やった。」


 男は叫び続けました。


 しわくちゃにゆがんだ顔。


 その眼からは滝のような涙があふれています。


 男は、これで自分の人生は報われたと思いました。


 しかし、その男が狂ったように喜ぶ姿を見て、部屋の持ち主はとまどいました。


 彼には、それが、ただの古い小さな木箱にしか見えなかったからです。


 男は、その案内をしてくれた持ち主に、多額のお金を払って、その部屋ごと譲りうけました。


 持ち主は気の毒そうな顔で「ここに何かあるのかい。がらくたばかりなのに。いいのかい。」と念を押すのです。


 男は「何を言っているんです・・・。この雪の妖精が見えないんですか。」とかえって怒り出す始末で、持ち主はそれ以上何も言えませんでした。


 それから、ひとりになって男はその部屋を隅々まで調べました。


 別の雪の妖精が隠れていないか確かめたかったのですが、ほかには何も見つかりませんでした。


 「それでも、私は確かに雪の妖精を見つけたんだ・・・。」


 男は自分の家にその水晶の箱を持って帰ることにしました。


 家に帰り着くまでその箱を大切にかかえて、まるで空のうえを歩いているように、ふわふわした気持ちで男は歩きました。


 しかし、男には見えている水晶の箱や妖精が、あの部屋の持ち主だけでなく、街の人たちにも全く見えないようなのです。


 みんなは、男が古い木箱を大切そうに抱えて、笑いながら涙を流しているのを見て、「かわいそうに。とうとう、おかしくなってしまったんだね。」と言い合いました。


 男は、街のはずれの小さな塔にある小部屋を借りて住んでいます。


 けっして立派な部屋ではありません。


 雪の妖精を探すこと以外では節約に節約を重ねていたからです。


 その部屋に一つだけある窓の近くにベッドがありました。


 ベッドのそばには、小さな机がありましたので、雪の妖精が入っている水晶の箱をそこに置きました。


 窓からの光でその水晶の箱はキラキラと光り、中の妖精が照らされて、それはそれは美しいものでした。


 男は、長年にわたる様々な苦労を思い出しながら、もう少しで夢がかない、その苦労が報われるのだと思うと言葉に出来ないほどの喜びに包まれるのでした。


 それから、男は毎日妖精に話しかけるようになりました。


 「起きてくださいよ。起きて雪を降らせてくださいよ。」


 「まだ、眠っているのですか。起きてくださいよ。」


 毎日毎日話しかけているのに雪の妖精は眠ったままです。


 男はもう待ちきれなくなって、その箱をコンコン、コンコンと指で叩き出しました。


 すると、「うるさい。」といってガバッと妖精が起き上がりました。


 猛烈に怒っています。


 「人の家を叩いてどういうつもりなんだ。」


 やっと水晶の箱の中の妖精が目をさましたのです。


 あたりを見渡して妖精は言いました。


 「どれだけ眠っていたのだろう。おや、お前は誰だ。そして、ここはどこなんだ。」


 男が事情を話すと妖精は怒って言いました。


 「なんて勝手なことをしてくれたんだよ。私は眠り続けることになっていたのに・・・。」


 男は心から頼みました。


 「雪を降らせてください。私は一生をかけてあなたを探していたんです。そしてやっと見つけたんです。どうかこの街に雪を降らせてください。お願いします。」


 妖精は何度頼まれても、面倒くさそうな顔をして首を縦には振りません。


 それでも男は、毎日毎日頼み続けました。


 そして、とうとう妖精は、男のあまりのしつこさに我慢できなくなって言いました。


 「お前の夢を壊すようで悪いけど本当のことを話すよ。


 雪を降らせるのは無理なんだって。


 私は男性の妖精だが、雪を降らせるには女性の妖精の力がいるんだ。


 二人で力を合わせて降らせるんだ。そんなことも知らないのか。」と言うのです。


 男は「えっ」と声をつまらせました。


 雪の妖精を見つけたことで、男は夢をかなえたのだと思い込んでいましたが、実はそうではなかったのです。


 男はしばらく黙り込んでいましたが、「わかった。女性の雪の妖精を探し出せばいいんだな。そうしたら雪が降るんだな。」と言って、狂ったように外に走り出ました。


 それからまた男は雪の妖精をさがす日々に逆戻りしたのです。


 街の人たちは、まゆをひそめてあきれるばかりです。


 なかには、男の話など信じていないくせに、「もう見つけたって聞いたけど・・。」と言ってからかう人もいました。


 そんなときには男は「そうなんですよ。でも、一人じゃだめらしくって・・。」と本気で言い訳するのです。


 「一人見つかったのだから、もうひとり見つけるのは簡単なことだ。」そう言い聞かせて男は頑張りました。しかし、女性の雪の妖精はなかなか見つかりません。


 でも前と違うのは孤独ではなかったことです。


 家に帰ると雪の妖精がいました。


 「ずいぶん北のほうを探して、あそこならと思ったけどいなかったよ。」


 そう男は雪の妖精に語りかけるのです。


 雪の妖精は、何を言っても妖精探しをやめないその男にあきれていましたが、それでも次第に男と仲良くなっていきました。


 人間でありながら生活上のことにはほとんど興味がなく、雪を降らせることだけが男の夢なのです。


 妖精にとっても不思議な、はじめて出会う種類の人間でした。


 そして、男にとっても、この雪の妖精だけが確かな存在だったのです。


 雪の妖精は彼の友であり家族でした。


 また、男はもともと、この街に雪を降らせるために雪の妖精探しを始めたのですが、いまでは何か、この一人ぼっちの雪の妖精のために仲間の妖精を探してやっているような気持ちになっていたのです。


 「お前寂しいだろう。なんせひとりぼっちだもんな。私がきっとお前の仲間を探してやるからな。」


 男はそう語りかけるのです。


 ひょっとしたら男の心の中では、孤独な自分自身と雪の妖精が同じように思えていたのかもしれません。


 しかし、無情にも年月が過ぎていきました。


 男は老人になってしまいました。


 病気がちで足腰も弱り、遠くまで雪の妖精を探しに行くことができなくなりました。


 「すまないなぁ。お前の仲間をどうしても探したかったのに・・・。この体じゃぁ、もう外にも出て行けない。それどころか医者の話では私は治らない重い病気になってしまったようだ。本当にすまない。」そう男は言うのです。


 雪の妖精は、胸をかきむしられるような気持ちになりました。それで男に言ったのです。


 「お前は一生を台無しにしてしまった。この街には女性の雪の妖精なんていないんだよ、きっと。


 それなのにお前は馬鹿だよ。お前の一生は何だったんだよ。


 それに、私の仲間を探してやるとか言って・・・。


 寿命の限られている人間が、自分の幸せもつくれないくせに、何で私のためなんだ。


 私はお前の姿を見ていると苦しくて、切なくてたまらないよ。」


 それを聞いた男はにっこりと笑って「それでもお前がいたから私は楽しかったよ。本当さ。」そう言うのです。


 雪の妖精が「お前、雪、見たいだろう。」と尋ねると、男は小さな声で答えました。


 「そりゃ見たいさ。」


 すると雪の妖精が、「じゃあ見せてやるよ。もちろん街じゅうは無理さ。この家の周りだけな。私の力ではそれが限界だから・・・。」と言ったのです。


 ベッドにふせっていた男は、弱っている中にも嬉しい顔をして「いいのかい。見たいなー。」と言いました。


 雪の妖精はうなずいて、水晶の箱を出て、窓からすーと外に飛んでいきました。


 そして、その男の部屋がある小さな塔の真上に浮かびました。


 最初はすこし迷った顔をしていましたが、キッと決心した顔になり雪を降らせることにしました。


 実は雪の妖精は一人では雪を降らせることはできません。それでもあの男のために、自分の体を雪に変えて見せてやろうと思ったのです。


 両手を横に広げ、くるくると回りだした妖精。


 そうするとチラチラと雪が舞い降りてきました。


 男のベッドの横は窓ですが、そこから雪が降っているのが見えます。


 男は弱った腕で半開きだった窓を押して大きく開け放ちました。


 寒さが部屋の中に忍び込んできました。


 それでも男は雪をじかに見たかったのです。


 「これが雪か。きれいだな。不思議だな。もっともっと見ていたい・・・。」


 男はじっと雪を見つめながらいいました。


 雪の妖精は、回りながら雪を降らせましたが、少しずつ体が小さくなっていきます。


 「もっと、降らせてやりたい、もっと見せてあげたい・・・。」


 雪がチラチラと降っていますが、もう雪の妖精の体がなくなろうとしています。


 「もう少し降らせたいのに・・・。」


 それが、雪の妖精の最後の言葉でした。


 小さくなっていた雪の妖精の体は、とうとう、ぱらぱらと崩れてしまい、全部が雪になってしまいました。


 そして、風に吹かれて窓から入ってきた雪の一ひらが、男の顔の上に舞い降りてきました。


 その雪は、男のくちびるに乗ったかと思うとスーと解けていきました。


 雪の妖精は、最後に男のくちびるをしめらせてくれたのです。


 そして、男は静かに息を引き取りました。


・・・・・


 しばらくして男は、自分が部屋の外に浮いていて、窓から部屋の中をのぞいているのに気付きました。


 「そうか私は死んだんだな。しかし・・・。」


 部屋の中のベッドは空で、そこにあるはずの自分の体がありません。


 そして、こうして浮いている自分には手があります。足もあります。そして体も・・・。


 でも、すべてが小さくなってしまったようです。


 なんと、男自身が、雪の妖精になっているではありませんか。


 そして、さらに驚いたことには、北の空の遠くから、ものすごい速さで光が近づいてくるのです。


 その白い輝きは、細い光の矢のようにも見えました。


 そして、その光が近くまで来ると、小さな人のようなものに姿を変えました。


 あんなに探していた女性の雪の妖精です。


 その女性の雪の妖精が言うのです。


 「この街には自分のほかには雪の妖精はいないと思っていたけど、雪が降るのをみてやってきたのよ。あなたが降らせたの。」


 「いや、私は、元は人間で、友達の雪の妖精がこのあたりに雪を降らせて消えてしまったんだ。」そう男は答えました。


 そして、これまでの自分の人生、友達の雪の妖精のこと、自分の夢のこと、すべてをその女性の雪の妖精に語りました。


 「わかったわ。あなたの夢をかなえましょう。」彼女はそう答えました。


 ふたりの雪の妖精は、この古ぼけた大きな街に雪を降らせることにしました。


 一緒に空をとびながら、雪をふらせるための大きな雲をつくっていきます。


 準備をするのに少し時間がかかりましたがこれで大丈夫です。


 その日からこの街に初めて雪が降り出しました。


 街の人たちは、チラチラと舞い降りてくる雪を見て驚きました。


 中には涙を流して見ている人もいます。


 子どもたちも、大はしゃぎです。


 しんしんと雪が何日も降り続きました。


 古ぼけた家々の屋根も塔も、橋も路地も、すべてが白い光につつまれていきました。


 そうして街は真っ白な銀世界になったのです。


 その冬の間中、雪の中で街の人たちは暮らしました。


 寒くはあっても、心の中がほかほかするような初めての冬でした。


 そして、ときがきて春が訪れると、雪がとけはじめ、あちこちに色があふれ出してきました。


 豊かな雪どけ水は植物を育てます。


 緑の草地には美しい花が咲き乱れています。


 それを満足そうに街の人たちは見ています。


・・・・・


 そうして、この街は毎年毎年、冬になると美しい雪に包まれる街になったのです。


 その後も、雪の妖精となった男は、最愛の人となったその女性の雪の妖精と一緒にこの街を守り続けました。


 最後まで、この街の人たちには雪の妖精の姿は見えなかったのですが、それでもこの雪はあの男が降らせたのだと誰もが信じました。


 おしまいです。

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