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花の王国と愛の花

 むかし、花の王国という小さな国がありました。


 温暖なところで、一年中たくさんの花が咲いている場所なのです。


 また、王国は海に面しており、背後には高い山が連なっていました。


 その山はかなり高く、頂上付近には雪が積もっているほどで、とても人が越えられるような山ではありませんでした。


 海は、砂浜が広がっている浅瀬は穏やかでしたが、少し沖に出ると急に深くなり、あちこちにある複雑な形の岩のために渦が巻いていてとても危険でした。


 ここは陸からも海からも誰も入ってこられない孤立した国だったのです。


 花の王国の中心には石造りの神殿がありましたが、そこには、神様の像は何ひとつ置かれていません。


 もちろん、いくつかの建物はありましたが、むしろその土地は広い畑のような場所だったのです。


 その畑で色とりどりのたくさんの花が育てられていました。


 そして、その花を育てる女性たちは、花の神殿の巫女と呼ばれていました。


 実は、その国では花が神様だったのです。


 花の王国には、代々の王様はいましたが、法律もなくお金というものもなく、それでいて皆が幸せだったのです。


 困っている人がいれば近所の人たちで助け合い、王様を中心に話し合えば争いもなく、たいていのことは解決します。


 敵もおらず悪いことをする人もいないのですから、警察も軍隊もありません。


 様々な職業がありましたが、皆まじめに働き、お互いのために譲り合い助け合っていたのです。


 こんなことが本当にありえると思いますか。


 私たちと同じ人間なのに、なぜこの国の人たちはこうも平和な暮らしが出来たのでしょうか。


 その秘密は花にありました。


 私たちの世界の花も人々の心を癒し豊かにしてくれますが、その国の花は特別な力を持っていました。


 花たちはそれぞれの色で輝いて独特な香りを発していましたが、その美しい色と形を目にし、その香りを嗅ぐことで人々の心もまた花のようになるのです。


 神殿で育てられた花は国のあちこちに植えられていました。


 皆が集まる楽しい場所には、心を楽しくするような花。


 ともに大切なことを学ぶ場所には、頭の働きをよくする花。


 仕事場には、けがをせずに能率があがるような集中力を高める花。


 休養を取る場所には、緊張を緩め、心を落ち着かせる花。


 暮らしの中で花は大きな役割を果たしていたのです。


 その中でも特に大切にされていたのは愛の花でした。


 神殿から各家庭に鉢植えの愛の花が配られていました。


 その花が守ってくれている限り、家族は仲良く愛に包まれて助け合っていくことができました。


 しかし、それでも忙しすぎて花に触れる時間が短いと、心がささくれ立ってくることがあります。


 そうすると愛の花のほうもそれを感じとって、たくさんのトゲをつけるようになります。


 トゲに気付いたらその花をすぐに神殿に持っていき、別の愛の花と代えてもらわなければなりません。


 花の神殿の巫女は、戻ってきたその花がトゲを落とすまで、心を込めて世話をするのです。


 もちろん誰もが不思議な花を育てられたわけではありません。


 その国の花は特別な性質を持ってはいましたが、野生のものには不思議な力はありません。


 人間が育てることで、その育てた人の心を写し取るのです。


 ですから神殿では、花の素質を見抜き、さらに巫女の人柄を見抜いて特別な花を育てさせていたのです。


 でも、最初からこのようにうまくいっていたわけではありません。大昔に愛情深い巫女が育てた花があったのですが、今ほどの力は持ちませんでした。


 その花に触れて愛情深くなった巫女がさらに花を育てるという、何世代にもわたる繰り返しの果てに今の力のある愛の花があるのです。


 子どもたちは大人になるにつれて自分の職業を決めなければなりませんが、一番人気があったのはもちろん花の神殿の巫女でした。


 男性でも愛情深い者はいたはずなのですが女性である巫女たちが長年にわたって愛の花を育ててきたという事情もあり、男性ではうまくいかなかったようです。


 すべての女の子は十五歳になると神殿から配られた種を植木鉢にまき、自分で育てて花を咲かせます。


 それを神殿に持っていくのです。


 その鉢植えの花を調べて素質のある女性を選び巫女が決まります。


 その選ばれた巫女たちは自分の心を整え、花を育てる技術を磨き、力のある花を育てていきます。


 愛の花をはじめとした様々な花が王国を守っていたのです。


 このような花の力によって、花の王国の平和はずっとずっと続くものだと誰もが信じていました。


 しかし、その幸せは簡単に破られてしまいました。


 背後の高い山の向こうの世界では、大国どうしが戦争を繰り広げていました。


 そして、追い詰められたある部隊が「どうせ敵にやられるくらいなら」と死を覚悟して、道もないあの険しい山を登ってこの国にやってきたのです。


 百人を超えるたくさんの人たちでした。


 彼らは山を越えても何もないはずだと思っていたのに、花が咲き乱れる美しい国を発見してびっくりしました。


 しかし、戦乱を生き抜いてきた彼らは油断しませんでした。


 「きっと、罠があるに違いない。」


 しかし、いくら調べてもその国の人は穏やかな顔をして、何の武器も持っていないのです。


 「よし大丈夫だ。やつらを攻めるぞ。」隊長から号令がかかりました。


 山の近くの一つの地方は彼らに簡単に占領されてしまいました。


 愛の花の力によって人を憎むことのできない花の王国の人たちは戦うこともできずに殺され、多くの人が捕虜にされてしまったのです。


 そして、その部隊の人たちは残酷な支配者となって、たくさんの人たちを奴隷にして働かせました。


 その知らせは王様のところに届けられましたが、王様たちにもどうしたらいいのか分かりません。


 何世代にもわたって平和な暮らしをしてきた花の王国の人にとって、そもそも人を殺し支配するような人間がいるということが理解できません。


 それに武器もありませんし、どう戦ったらいいのか分からなかったのです。


 そうして無抵抗な人たちが鎖をつけられ、どんどん奴隷にされていきました。


 そこで、王様はあることを決心しました。


 このようなときのために先祖からの言い伝えがあったのです。


 実は、花の王国としてこの国が平和になる前には、山のふもとの今のお城が神殿でした。


 そこには地下道があってその奥に地底の小さな池があるのです。


 その池には魔法が使える一抱えもある大きな黒いカエルが二匹住んでいました。


 卵からたくさんのカエルが生まれますが暗くて小さな池です。


 最後には一匹のオスともう一匹のメスが生き残り、次の子孫を残していきます。それが今まで続いてきているのです。


 ここのカエルがかつては神として祭られていました。


 花の神殿の力が及ばないような困難が起こったら、カエルの魔法を使えというのが先祖の言い伝えでした。


 王様は今の代のカエルにお伺いをたてました。


 「このままでは国が滅んでしまいます。どうしたらよいのでしょうか。」


 オスのカエルが言いました。


 「今ある国じゅうの花を燃やしなさい。特に愛の花は一本も残してはなりません。そして神殿の巫女のうち、敵から親が殺されたものに憎しみの心で花を育てさせ、それを皆に配り戦わせるのです。」


 王様が「私にはとてもそのようなことはできません。」と言ってぶるぶると震えているとメスのカエルが「簡単よ。私の目を見なさい。」と言うのです。


 王様はその目をみると心が吸い取られたようになり、カエルのいうことに何の疑いも持たなくなりました。


 他のものも言うことを聞かないものがいれば、このカエルの目を見せられました。


 そして、国じゅうの花が燃やされていったのです。


 特に愛の花は念入りに一つ残らず消されました。


 そうすると花の王国の人たちは少しずつ敵を憎むようになっていきました。


 さらに親を殺された巫女たちがつくった憎しみの花が配られると、あのやさしかった人たちが勇敢な兵士へと変わっていきました。


 「敵を殺せ。けっして許さないぞ。」


 最初は武器の性能の差が大きくて苦戦しましたが、数の力と憎しみの力で敵を殺し尽くしてしまうことに成功したのです。


 しかし、数多くの犠牲者が出てしまいました。


 また、憎しみの花の力で戦いは終わりましたが、人々がささいなことで争うようになりました。


 そこで憎しみの花も取り除かれました。


 でも、その国の人はもうお互いを思いやったり助けあったりしなくなりました。


 人のものを盗んだり人を騙したりする人も出てきました。


 王様はカエルに尋ねました。


 「このままでは国がまとまりません。どうしたらいいのでしょうか。」


 オスのカエルは言いました。「厳しい法律をつくり、それを犯したものには厳しい罰を与えなさい。死刑にしてもよい。」


 王様はそのとおりにしました。


 前はなかった軍隊と警察もつくりました。


 それで様々な事件は減ったのですが、前の平和なときとは明らかに違います。


 罰を恐れて悪いことをしないだけですから、人が見ていなければ悪いことをします。


 また、そのうちに法律の抜け道を見つけてごまかす人も出てきたのです。


 譲り合いも話し合いもなく、皆が勝手に仕事を始めて、競争をするので、必要なものが作られなかったり不必要なものが多すぎたりしてうまくいきません。


 なにより皆のやる気が出てこないのです。


 王様はカエルに尋ねました。「このままでは国がばらばらで、皆の意欲が出ません。どうしたらいいのでしょうか。」


 今度はメスのカエルが答えました。


 「金属の板で小さな丸い形のものをつくりなさい。そこに私の顔の形と数字を彫りこんでくれれば、それを皆が欲しがるように魔法をかけてあげましょう。これですべてがうまくいくはずです。」


 そのカエルの刻印がついた金属は、お金と呼ばれるようになりました。


 なぜか誰もが、そのお金を欲しがるようになりました。


 人々は毎日仕事をしているのですから、他の人のために何かを作ったり役に立つことをしたりしているはずです。


 しかし、それにも関わらず、心の中では相手のことを思いやるのではなくて、お金が欲しいからやるようになりました。


 また、困っているからといってお金を払わない限り、誰も助けてくれなくなりました。


 人から品物をもらったり、何かをしてもらったりするときには、必ずそのお金を払わなくてはいけません。


 ですから人々はいつの間にかお金をためるために一生懸命働くようになったのです。


 王様は、ようやく安心しました。「これでよし。」


 そして、そのうちに貧しい人と豊かになる人が出てきましたが「貧しい人はなまけたからだ。」と言われるようになり、富んだ人はますます豊かになっていったのです。


 以前の暮らしを懐かしがる人もいましたが、もう元に戻る方法も分かりません。


 自分の生活を守ることに誰もが必死になっていったのです。


 花の神殿の巫女もいなくなり、神殿も荒れ果てていきました。


 そして、数世代経った頃にはその生活が当たり前になっていたのです。


 むしろ、その頃では豊かな暮らしをしている者たちは、以前の暮らしには決して戻りたくないと思うようになっていました。


 「もし、愛の花がまた出てきてしまうと、自分たちの富は他の貧しい者に分け与えなければならなくなる。それだけはごめんだ。」そういって対策が考えられました。


 女の子たちは十五歳になるとお城から配られた種を育てて、王様のところに鉢植えの花を持っていきます。


 そして、それが普通の花に育っていればよいのですが、万一、愛の花の性質を少しでも持っていることがわかると兵隊がその子を連れに来るのです。


 親は隠し立てをすると牢屋に入れられてしまいます。


 「普通の子であってくれ。」というのが親たちの願いでした。


 めったにないことでしたが、愛の花をつくる女の子だと分かると、岬の突端にある花の館に閉じ込められます。


 皮肉なことにその名前にも関わらず、花の館には本物の花はないのです。


 建物の中にあるのは、布や紙でつくった造花ばかりで、庭には焼き物の花が並べてありました。


 そこに閉じ込められて気が狂いそうになった女の子は、庭で泣きながら「嘘だ。花の館なのに花なんてない。」そういって棒を振り回して焼き物の花を壊したりしていました。


 親や家族と会うことも禁じられ、外の世界との接触が断たれているのです。


 館には身の回りの世話をするために、年とった女性が一人おりましたが、必要最低限の関わりしか持たないように命じられていました。


 さらに、館の周辺では数名の兵士が逃亡を防ぐために、いつも見張りにあたっていました。


 そうして、花を愛するやさしい心をもった女の子は、寂しさの中で少しずつ心がくもっていき、とうとう愛の花が作れなくなります。


 年に一度、一鉢だけ花を育てさせて、それをお城で調べるのですが、その女の子の育てた花が普通の花だと確認できれば花の館から出してもらえるのです。


 さて、数年前に花の館に閉じ込められた女の子が一人いましたが、彼女が毎年お城に送る鉢植えの花は、普通の花になるどころかますます強い愛の花になっていったのです。


 それもそのはず、彼女は誰も恨まず「国じゅうの人が幸せになるように。」と毎日祈っていたのですから・・・。そういう女性だったのです。


 「この女性はけっして館から出してはいけない。」そういう意見がほとんどでしたし、「早めに殺してしまったほうがいい。」と言う者もおりました。


 ですから十五歳のときに、たった一人で館に閉じ込められたその人は、大人になってもずっと花の館で暮らしていたのです。


 そして、今年もお城に彼女の花が届けられました。


 検査には複数の者があたりますが、花の影響を受けないように遠巻きに調べます。


 「駄目だ。駄目だ。毎年かえって花の力が強くなっている。このままでは検査することさえ危険だ。」


 「来年も強まるようなら、もう殺してしまうしかない。」


 そのように王様に報告するのでした。


 検査の日の夕方、その花が処分される寸前のことでした。


 もう大人になっているのに好奇心がいっぱいの末っ子の王子様は、愛の花が見たくてたまりません。


 そこで、こっそりと忍び込んで近づき、その花を見て香りを嗅いだのです。


 王子様は本当に驚きました。胸の奥が熱くなり、生きていることが喜びとなり、この喜びを誰かと分かち合いたくてたまりません。


 この国の誰もが幸せであってほしい。いやこの国の誰一人として不幸せであってはならない。そうでない限り本当の自分の幸せもない。そのような気持ちがあふれ出てきたのです。


 そして、岬の突端の花の館に閉じ込められている娘のことがあわれに思えてきました。


 このうえもなく愛おしく思えてきました。


 「このようなすばらしい花を育てる方を何年も閉じ込めておくなんて、なんとむごいことをするのか。それに来年、花の力が強まっているようなら殺してしまおうと皆が言っていたが、けっして許されるものではない。」


 王子様は、まだ見ぬその女性を愛してしまったのです。


 彼は岬に出かけていきましたが、兵士に見つからないために一度海のほうにまわり、そこから急な崖を岩につかまりながら登っていきました。


 そして、今度は兵士からは見えない方向から建物によじ登って、娘の部屋の窓までたどりつくと、コンコンと扉を叩きました。


 昼なのに木で出来た扉は閉じられていたからです。


 娘は窓を開けたとたん声を上げようとしましたので、王子様は手で彼女の口をふさぎ、言いました。


 「声を出しちゃだめだ。見張りに見つかるよ。君に会いたくて来たんだ。部屋に入れておくれ。」


 それから、いろいろな話を二人でしましたが、話せば話すほど王子様は彼女のことが好きになりました。


 愛の花の力だけではありません。彼は本当に心から彼女に惹かれ彼女を愛したのです。


 その気持ちを知った彼女もまた王子様を愛しました。


 二人の心はそうして固く結ばれました。


 何度か会っているうちに、愛する二人は結婚を決めました。


 かつて、この国の神は花でした。それで、王子さまが持ってきた花の前で二人は永遠の誓いをかわしたのです。


 しかし、結婚したからといって国じゅうが敵なのですから、ここから逃げ出してもどうしようもありません。


 王子様は時間をつくっては彼女に会いにきました。


 崖を登って来るのは大変でしたが、彼女の寂しさを思えば何ともありません。


 「きっとよい方法を見つけてみせるから。」王子様はそういって励ますのです。


 世話係の年取った女はもちろんこのことに気付きましたが、お城から来ている兵士には何も言いませんでした。


 不思議なことですが、世話係の女は二人の本物の愛情に触れているうちに自然と味方になってくれたのです。


 しばらくして、赤ちゃんが出来たことが分かりました。


 王子様は「私の子どもが出来たことがわかれば王様たちも分かってはくれまいか。」

そう言うのです。


 しかし、世話係の女は「それは甘いですよ。愛の花を作る女性の産んだ子どもは、もっと強い力を持っていると言われています。きっと赤ちゃんまで殺されてしまうでしょう。」そう言うのです。


 そうして次第に彼女のお腹は大きくなっていきました。


 幸いに外の世界との接触がないので、誰にも気づかれずに過ごすことができました。


 しかし、とうとう赤ちゃんが生まれる時期になってしまいました。王子様はそのときに備えて彼女のそばにおりました。


 陣痛がはじまり彼女は一生懸命赤ちゃんをこの世に誕生させようと頑張りました。


 世話係の女が赤ちゃんをとりあげてくれました。


 かわいらしい女の子でした。


 「おぎゃー、おぎゃー、おぎゃー。」


 産声が高らかに響きわたりました。


 さすがに見張りの兵士が気づきました。


 「あの女に、子どもが生まれたようだぞ。」


 「どうしたことか。相手は誰だ。」


 兵士が館に近づいていくと、なんとそこには末っ子の王子様がいるではないですか。


 そして「今生まれた赤ちゃんは私と妻の子だ。手を出してはいけない。このことを王様に伝えよ。」というのです。


 兵士の一人が王様に伝えに行きました。


 「なんということだ。だから愛の花にはあれほど注意していたのに・・・。」


 王様はそう言って嘆きました。


 そこで、地下道に入ってどうしたらよいのかカエルにまた尋ねることとしました。


 しかし、カエルの姿が見あたらないのです。地底の池を見張っていた者に尋ねると、あの末っ子の王子様がカエルを二匹とも盗み出したというのです。


 王様は怒りに震えて命令を出しました。


 「もうかまわない。あの娘も王子も殺してしまえ。カエルの神を取り返すのだ。」


 王様はカエルの神が向こうにあるかぎり簡単にはいかないと考えて、全員の兵士を花の館に向かわせました。


 そのころ、館にいる王子様は、つかまえてきたカエルたちに尋ねていました。


 「私の愛する妻と娘を助けたい。どうしたらいいのか。」


 オスのカエルが答えます。


 「このままではあなたたちが助かる道はありません。王子様、あなたも含めて全員が殺されてしまうでしょう。」


 メスのカエルも言います。


 「あの地下の池から連れだされた私たちは、そう長くは生きられません。そして、あと1回ずつしか魔法が使えないのです。それに、私たちの魔法には犠牲が必要です。かつて、この国を救えたのは愛が犠牲になっていたのです。」


 それを聞くと赤ちゃんを産んだばかりの彼女が言いました。


 「赤ちゃんさえ助かれば私はどうなってもいい。夫と私の愛のあかしであるこの子がどうにかして生き延びて幸せになってほしいの。」


 王子も言いました。


 「私もどうなってもいい。妻を助けたいが、それもかなわないのであれば、この子が助かって幸せになるようにしてほしい。」


 メスのカエルはしばらく考えていましたが「愛の花をよみがえらせるしかありません。」と答えました。


 王子は彼女と顔を見合わせて、とまどって言いました。


 「でも、今は種もありませんし、急には花など育てられません。どうするのですか。」


 それには答えずにオスのカエルが言いました。「お前達の望みをかなえよう。」


 カエルの目から出た青い光が、彼女に浴びせられました。


 なんと、彼女の体はバラバラに崩れだし、たくさんの花の種になっていきました。


 そして、魔法を使ったオスのカエルの体も、ちりのように崩れて消えてしまいました。


 それを見たメスのカエルが言いました。


 「王子よ。早くこの種を館のまわりにまくのです。」


 王子様は種に変わってしまった妻のことを思い、苦しそうに叫び涙を流しました。


 しかし、王子様は歯を食いしばりながら、「彼女の犠牲を無駄にしてはいけない。ぐずぐずしてはおられない。」そう自分に言い聞かせて、たくさんの種をかごにいれて外に飛び出たのです。


 数名の兵士たちはお城から出発した軍隊の到着を待ちながら、館を遠巻きに見張っていました。


 すると、王子様が出てきて、気が狂ったように走り回り、花の館のまわりに種をまいているのです。


 兵士たちはとめようとしましたが、王子様は必死で身を交わしながら、種をまき続けました。


 そして、種をまき終わると、メスのカエルのもとに戻りました。


 王子様は覚悟を決めて言いました。


 「さあ、今度は私の番だ。たのんだぞ。」


 メスのカエルの目から青い光が出て王子様に向かいました。


 すると、王子様の体は透明になり、渦をまいて風になって窓から出て行きました。


 そして、メスのカエルの体もちりのように崩れて消えてしまいました。


 風になった王子様は、種の上にくると妻のことを思い、赤ちゃんのことを思い、そしてすべての人たちへ、せいいっぱいの愛情を注ぎました。


 すると、まるで時計を早回しにしたように、彼女が姿を変えた種から芽が出て、するすると茎が伸びたかと思うと見事な花が咲きました。


 まさしく愛の花でした。


 そして、その花に種が出来、また風が吹いて、今度はその種が次の花を咲かせていくのです。


 王子様の風が国じゅうに吹きまわると、それを追いかけるように、愛の花も国じゅうに広がっていきました。


 まるで風と花が一緒に踊っているように見えました。


 王子様と彼女がふたりで国じゅうの人たちに愛を分け与えているようです。


 とうとう、国じゅうが愛の花でいっぱいになりました。


 そして、すべての人たちは、愛の花の輝きを目にし、すばらしい香りに包まれて、自分たちが別々の生き物ではなくて、一つにつながっていることを身をもって感じました。


 しかし、そう感じた次の瞬間、すべての花が突然消え去ったのです。


 まるで夢か幻であったかのように、花は消えてしまったのです。


・・・・・


 王子様と彼女の努力は無駄に終わったのでしょうか。


 そうではありませんでした。


 それぞれの人の心の中に一輪ずつ愛の花が確かに咲いていたのです。


 王子様と彼女は愛の花となって人々の心の中で生き続けることになりました。


 お城からかけつけてきた兵士たちは武器を手から離しました。


 弱いものをいじめていた人たちも夢からさめたようにわびて相手を抱きしめました。


 それから、豊かな人たちは貧しい人たちを助けるようになりました。


 王様も愛の心を取り戻しました。


 誰もが助けあい、譲り合う平和な世の中がもどってきたのです。


 世話係の女は、窓からその様子を見ていましたが、嬉しくて嬉しくてボロボロと涙をこぼしました。


 すると、そのとき、世話係の女に抱かれていた赤ちゃんがにっこりと笑ったのです。


 世話係の女は微笑んで言いました。


 「あなたには、お父さんとお母さんが見えているのね。」


 おしまいです


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