邂逅
16
釣果は芳しくなかった。
結局は、のらりくらりと躱されてしまうのだ。舞い落ちる花弁を掴もうとしたところで。
それがわかっていながら、手を伸ばさずにはいられない。幼気な童女じみた自分の行いに、今更ながら嫌悪が湧いた。
駆け引きは得意な方ではない。アミにとって言葉というのは、自分の意思を相手に伝えるためのものだ。実際にそうしているかは別として。
魔法学院の生徒たちにとってはそうではなかった。彼らにとってそれは杖だった。ある者は自らの支えとし、ある者にとっては道標で、また別の者にとっては自らの権威を知らしめるためのものだ。彼らはそれらを巧みに操り――それこそ魔法のように、目の前の現実を思い通りに作り変えようとする。
打算に満ちた言葉は空虚に響いた。欠落しているのは言葉に込められた感情か、それともそれを聞く自分の心か。アミには未だわかりかねていた。ミノシが自分をどう思っているのか。自分がミノシをどう思っているのか。
いったい、何を求めて会いに行ったのだろう。彼が道場にいるという話を他の生徒から聞いた時、自然と足がそちらに向かっていた。なんとなく、ここで会いに行かなければ、もう二度と会うことはないのではないかと思った。
道場から出て来たミノシは、少し憂鬱そうな顔に見えた。そういう表情を見るのも初めてのことで、寂寥感にも似た不安が込み上げた。あるはずのものが無くなってしまっているような。
(悪かった)
形だけの謝罪は空虚だった。儀式じみてすらある。だが本当におぞましかったのは、『自分の気持ちをわかってもらいたくて仕方ない』とでもいうような、自分の言葉の数々だった。本当に、まるで童女のようだった。
(お前のほうが心配だ)
本当に、本当に。まるで無邪気な子供だった。そんな一言に気を良くしてしまうなんて。
しかし、そんな気分も長続きはしなかった。
「アミ君だね? 特待生の」
いつの間にか廊下を歩く生徒たちは二つに割れていた。彼の足跡を踏むことすら憚られるのか、目の前に立つ男子生徒の遥か後方、廊下の突き当りにいたるまで人の生け垣が作られている。
「……ええと、生徒会長の」
「レヴェリアだ。ミノシ君には随分助けられているよ」
「……はあ、そうですか」
言って、ふと後ろを振り返る。ずっと向こうに廊下の突き当り、非常階段の扉が見える。レヴェリアの背後と同じように、アミの背後からも人影が消えていた。長い廊下の正中線上に立っているのはアミとレヴェリアの二人だけだ。
「きみの話も聞いている。『大切な幼馴染がいる』とね」
自分の頬に赤みが指すのを感じた。
(信頼しています。他の誰よりも)
思い起こされる記憶。幼少の頃の、大切な思い出よりも鮮やかに。やっぱりだ、と思った。あの横顔は私だったんだ。
「僕の事を知っているようだったけど……彼から何か聞いたのかな」
レヴェリアの声がアミを現実に引き戻す。気安く、友好的な口調だったが、冷たさを感じた。感情という熱のこもらない声。
いったい、何を求めて会いに行ったのだろう――自分自身への問いかけが裏返って、レヴェリアの内心を解き明かした。彼は気兼ねない雑談などをしに来たのではない。これは開示請求なのだと。
「会長のことを知らない新入生なんて、いないんじゃないですか? ご立派な演説をされていたことですし」
アミの皮肉にレヴェリアはくつくつと笑った。
「きみ達は僕の想像以上に良い関係のようだね。今ので確信したよ」
「……何が可笑しいんですか」
「実のところ、ミノシはきみのことなんて何も話さなかった。きみに対してはそうじゃなかったみたいだけど」
要するに、カマをかけられたのだ。アミは良い気がしなかった。即座に踵を返そうとした。レヴェリアはまた笑った。
「背を向ける拍子まで同じだ! まったく感心するね! 唯一違うのは、きみとは有意義な時間が過ごせそうにないってことかな……」
アミは今度こそ体を大げさに翻して、風を切って立ち去った。
同感だな、と思った。