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不信




 9




 ファットによる特別カリキュラムを終えた後、二人は日照庭園で待つマナたちを迎えに行った。


 その道中、アミはあれこれとミノシに疑問を投げかけた。質問というよりは詰問だった。ミノシは自分が責められているように感じたし、実際それは正しかった。



「はっきり言って、これは私たちの手に負える問題じゃないわ。ファット教授にまかせるべきよ」



 アミは最後にそう締めくくった。ミノシは即座に否定した。



「それは出来ない」


「どうして」


「『刷り込み』だ。あの子は俺を親のように認識してる。俺から『学習』してるんだ」


「それで、『お兄ちゃん』なんて呼ばせてるのね」



 アミは軽蔑を隠そうともしなかった。



「とにかく、俺は降りられない」


「もう一度聞くわ、どうして? たとえあなたにしか出来ない役割があったとして、今の状況は私たちの負担が大き過ぎるわ。彼女を人間として育てることにこだわるのはなぜ? 彼女が『マグナオウル』だから?」


「関係ない。そもそも俺はマグナオウルの話は知らなかった」



 事実だった。ミノシは当初マナの事を、精霊と妖精の狭間の存在だと聞かされていた。厳密には、そのどちらにも定義できない存在だと。彼女の正体が解き明かされれば、精霊や妖精にまつわるいくつかの通説は覆ることになるだろうと、ファットから説明を受けていた。


 ノースヒルの魔法軍事開発部には、狼男のような嵌合種かんごうしゅを、軍事運用する試みがあった。その場合、被験体を人間と同様に扱って生育すると、牙や爪が退化し、嗅覚も人並みになる。狼としての形質が発現しないのだ。逆に狼として生育すれば高次機能が失われてしまい、兵士や兵器として活用するには難しい。こういった問題を『不嵌合のジレンマ』という。


 不嵌合のジレンマは、人間を含む嵌合種――これを特に亜人種といったが――においては、一つの解決策が示されつつあった。人でも狼でもない、第三の種として育てることだ。


 <強圧変態>という魔法を用いて、狼男の形態を軍用に適した犬種に変える。これを猟犬として養成し、戦闘能力と忠誠心を教えこむ。このときこの猟犬は、同時に人語を学習する。もちろん発生発語器官は人間のそれとはかけ離れているため、発話はできないが、高次機能は人間のそれと遜色なく発達する。


 十分な養成が行われた後、再び、<強圧変態>を用いて亜人の形態に戻す。狼男はしばらく歩行障害やブローカ失語を示すが、これらの症状は数週間のうちに回復する。



「つまり」



 アミはミノシの説明を遮った。



「あなたたちは、その<強圧変態>という魔法を使って、精霊を見かけだけ人間に変えた。その結果生まれたのがマナ」



 的確な表現ではなかった。しかしミノシは横槍を入れず、黙って続きを促した。



「だけどそれは真実じゃなかった」



 アミの声音が一段落ちる。隣を歩くミノシは、自分の体が少しこわばるのを感じた。


 アミは、他人にコントロールされるのを嫌う。嘘偽りをもって情に訴え利用するなど、彼女のもっとも嫌悪する行為だった。ミノシにその気がなくとも、彼女はそう受け取ったかもしれない。ミノシは弁解するべきか逡巡したが、それを待たずアミは続けた。



「この話はやっぱり怪しいわ。私はあの子がその魔法を受けたところを見たわけじゃない。結局あの子が、元はどういう存在で、今現在どういう状態にあるのか、ほとんど説明されていない。私の考えは変わらないわ。協力はできない。するべきじゃない」



 ――さっきは協力するって言ったじゃないか。



 苛立ちを抑える。気取られないように、早口でミノシは返答した。



「それは違う。説明されていないんじゃない。そもそも<強圧変態>による嵌合種の軍事転用は、倫理的に大きな課題を抱えている。一般には公開されていない」



 ましてや、精霊や妖精と、人間あるいは亜人種との嵌合種というのは前例がない。マナの正体を知るのは、ファットと学校長、そしてミノシだけだった。



「大層な秘密を背負わされたものね」



 皮肉っぽい調子でアミが応える。そこで会話が途切れた。沈黙が場を支配すると、耳に入るのはお互いの足音だけだった。調和のないまばらな音が、ミノシには酷く不快に感じられた。



「わたしは、――」



アミが口を開いた。かと思えば、また少し口をつぐむ。



「わたしは、まだ何も知らないわ。あの子のことも、魔法のことも――」



 言葉を切って、横目でこちらを見る。ミノシは気づかない素振りをして目を伏せながら続く言葉を待った。



「だから、つまり、その……知る必要があると思うの。あなたはわたしを信用しているって言ったけど」



 アミが言い淀む。自身を偽らない彼女にしては珍しい態度だ。



「わたし自身の目で、いろいろ……確かめるまでは。あなたの言葉を、百パーセント信用できない」



 信用できない。


 その一言が、ミノシの内心に重苦しい鉛のように沈み込んだ。その鉛は足枷のように、ミノシの発しようとする言葉の一つ一つに絡みついて、それらを内側に引っ張っていく。


 不信感の開示。アミが「信用できない」と公言したのは、逆説的には信頼の表れだった。ミノシにはそれが理解できた。


 だから。



「証明できる? あなたが信用に足るって。あなたわたしを、誰よりも信頼してるって。証明できる?」



 答えることが出来なかった。

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