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 5




「はじめまして。特待クラスを受け持ちます。ボーダーです。ボーダー先生もしくはミスター・ボーダーと呼んでください」



 生徒たちにそう名乗ったのは痩身の男性だ。寝乱れたような白髪を後ろに流していて、痩けた頬とモノクルは、いかにも学者然としていた。



「もちろん偽名です。というよりはニックネームです。貴方がたにも決めてもらいます」



 生徒たちの顔色を伺う様子もなく、箇条書きの台本を読むかのような口調に、彼の隣に並び立つミノシを含め、生徒たちは圧倒された。



「入学式で体感したと思います。本校には強い差別意識を持った生徒がいると」



 ボーダーは間断なく続けた。



「入学式で在校生を代表したのはレヴェリアという生徒です。彼はまさに本校を代表するに相応しい生徒です。特権意識の体現者という意味で」



 棘のある言い回しとは裏腹に、声音は機械のように一定だった。



「彼の信者には注意することです。力も学も探究心もない連中です。彼らが本校で学ぶのは魔法術ではなく政治です。裏を返せば、彼らは力に飢えています。貴方がたが力を示せば、彼らをコントロールするのは比較的容易でしょう」



 ボーダーはそこで一度言葉を切った。しばらく口をつぐんだ。電源の落ちたロボットのように視線は動かなかった。ミノシには、それが何かを言い淀んでいるように見えた。



「特待クラスの生徒は」



 意を決したようにボーダーは言葉を紡いだ。それまでとは打って変わって、一言一言を確かめるように。



「特待クラスの生徒の末路は、三種類です。戦場で死ぬか、モルモットにされるか、政治に利用され続けるか」



 ボーダーはおもむろに教卓に手をつくと、最後の言葉を述べた。



「逃れられぬ宿命をコントロールして下さい。より良い方向に」




 6




「一日に二回も説教を聞かされるとは思わなかったわ」



 アミは不満気に愚痴った。



「しかも言ってる事は正反対」





  あの後、沈黙したボーダーの代わりに、ミノシが必要最低限の連絡事項を伝える事になった。


 特待クラスの生徒は、座学に関しては一般クラスの生徒と同じ教室で授業を受ける事になる。ただし、実習科目や実技試験では、その特異性から授業の進行の妨げとなったり、既存の水準と照らし合わせることに不都合があったりする。特待クラスが活動するのはそういった場合だけだ。


 それを伝えると、マナは少し残念そうな顔をした。既にクラス内に友人が出来たらしく——彼女はローズと言って、マナと精神年齢が近かった——彼女と長い時間を共に過ごせないことが不満らしかった。


 これはミノシにとっては誤算だった。マナが人間社会に溶け込むための能力を必要十分に持っていたことは喜ばしかったが、彼女の正体を隠匿する目的から言えば、むしろ都合が悪かった。


 ミノシの計画の上では、マナが最初に心を開くのはアミだった。マナが彼女に信頼を寄せてくれることが、計画の大前提だったのだ。


 しかし実際には、ミノシが間を取り持つ前に、二人はお互いが魔法を使う大喧嘩を繰り広げていた。それだけならまだしも、マナは人間として初めての友人を別に作ってしまった。この状況から、二人を気の置けない仲までもっていくのは、かなり無理があった。






「ねえ、あの子じゃダメなの? あのローズって子。良い子そうだし、今だって二人とも楽しそうよ」



 説明会を終えた後、マナとローズは研究棟内の庭園見学を希望した。


 日中の時間が極端に短い『夜と雪の国』ノースヒルにおいて、陽光の射す時間が最も長いのが、このダライア魔法学院の『研究棟日照庭園』だ。


 魔力を供給された人工太陽を用いて、様々な気候の植物や昆虫類を生育している。


 人工太陽の無害性が立証されて以来、庭園が研究目的で利用される機会はめっきり減ってしまった。しかし一部の物好きな生徒と教員が保全したために、庭園は憩いの場として新たな有用性を獲得した。ミノシも、「物好きな生徒」の一人であった。



「彼女じゃ駄目だ」


「なんでよ」


「あれを見てみろ」



 その名の通り薔薇色の髪を二つに結った少女の周囲を、舞い散った花弁や蝶々などが、甘えるようにして群がっている。


 二人が庭園に来たがった理由は、ローズの特異体質にあった。彼女は出会って一時間と経たないうちに、その能力についてマナに告白した。



 曰く、彼女は「美しいものに好かれる」のだそうだ。



 しかし、ミノシは彼女の特異性を、もっと自分本位で、現実に即した能力だと見当をつけていた。



「あれは蝶だが、あっちのは蛾だ。キンモンガという種類で、俺たちの故郷にしか生息しない。だからローズは知らないんだ」


「蛾だったらなに? あの子の能力は、蝶だけに好かれるわけじゃないでしょ。花でも鳥でも、綺麗なものだけに好かれる。だったら別に蛾でもいいじゃない」


「その通りだ。だがアゲハモドキは寄ってない。あれもノースヒルじゃ珍しい。だがキンモンガより生息地が広い。恐らく、彼女はアゲハモドキを知ってるんだ」



 そこまでの推論を聞いて、アミは呆れて溜息を吐いた。



「言いたいことはわかった。ひどい例えだとは思うけど」


「だが事実だ」



 ミノシは敢えて断定した。



「加えて言えば、ローズは特待クラスを外れる可能性がある。あれは『超感覚』に近い能力だ」



 超感覚。


 例えば、人並み外れた視力や聴力。けた外れの記憶力や計算能力。魔法術とは違い、あくまで人間の能力の延長線状にあるもの。



「『返報性の原理』だ。彼女は自分が好意を持った相手をつぶさに観察し、相手にとって望ましい所作を無意識に行っている。一種の誘惑術だな」


「そういう可能性がある、って話でしょ」


「もちろん、超能力の可能性もある。相手の精神に働きかけるマインド・ハックだ。だとしたら、尚のことマナの側には置けない」



 人より感覚が優れている程度の事であれば、特待クラスに置いておく必要はない。一般のカリキュラムを受けられるのであれば、それに越した事は無いというのが学校側の考えだった。



「どっちにしたって手遅れじゃない? 超能力だろうが超感覚だろうが、あの二人は出会ってしまった。蝶であれ蛾であれ、友達になったのよ。一度築いた関係を白紙に戻す事は出来ないわ。私とあなたがそうだったようにね」



 アミは悪戯な笑みを浮かべた。勝利を確信した時、彼女が決まってそうするのを、ミノシは誰よりも理解していた。



「彼女が蝶だと、信じ切ってもらう他ない」



 過干渉も考えものよ、とマナは匙を投げた。

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