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再会




 3




「今年はかなりの人数が残った」



 レヴェリア生徒会長は物言いたげだった。彼が言外のほのめかしを汲み取ることにおいて、ミノシの右に出る者はいなかった。余計なことをしてくれ・・・・・・・・・・と言いたいのだと、彼には即座に理解できた。


 「品位なきものは魔法学生にあらず」というモットーを掲げるレヴェリアにとって、入学者が増えるのは必ずしも好ましいことでは無かった。


 レヴェリアにとって、入学式での演説はふるいであった。彼に賛同する生徒か、反感を持っても、それを吞み込める生徒だけが残ってくれれば良かったのだ。



 レヴェリアは度々、粗暴な連中が周囲の人間に与える悪影響について力説した。そうした人間が権威や発言力を持つのを良しとしなかった。また同時に、権威ある人間が、利己的で野蛮な思想に傾倒することを恐れてもいる、と述べた。



 レヴェリアの信奉者たちは彼の言葉を教義のように神聖化し、その正当性を疑いもしなかったが、ミノシの目には彼がただのペテン師に映った。


 権威のある人間が利己的であれば、組織は腐敗してしまう。そう語る彼は誰よりも利己主義であった。そうでなければ、入学生を、自分の思想にそぐうがそぐわないかで間引いたりはしない。それでも彼が利己主義を非難するのは、彼の信奉者を自らの兵とするためだ。


 「エゴイズムはクソだ」と吐き捨てるレヴェリア派は、かと言って利他主義者ではない。彼らのすべてはレヴェリアに捧げられた。レヴェリアの教義を実践し、その正しさを実証するために尽力した。



「きみの手腕には目を見張るな、ミノシ君」



 レヴェリアは真っ直ぐにミノシを見据えて言い放った。




 式が終了してから説明会が始まるまでの間——つまり新入生がホームルームを受けている間、説明会の案内を担う生徒会執行部のメンバーは待機となった。仕事があるわけでもないので全員が手持ち無沙汰になる。すべからく、雑談を装ったレヴェリアの講演会・・・が始まるというわけだ。ミノシの今日一番の憂鬱はこの時間にあった。



「みな、会長の演説に感銘を受けたのでしょう。お見事なものでした」



 ミノシは半ば投げやりだった。レヴェリアが言葉通りに世辞を受け取るとは、露も思わなかった。実際、レヴェリアは聞こえなかったかのように続けた。



「揉めていたのは特待クラスの子だそうだね。特殊な体質や秘術を持つ、きみ自身とは正反対の立場の生徒だ。だと言うのに、学校長はわざわざ、きみを指名して対処にあたらせたそうじゃないか。不思議なこともあったものだ」



「学校長の考えは俺にはかりかねます。僭越ながらも拝察申し上げれば、彼らに立場を教える意味があったのでしょう。——特待クラスといえども、賢慮なきは一般の魔法学生に及ばず、と」



 ミノシは、「品位なきものは魔法学生にあらず」という彼自身のモットーを言外に肯定してみせた。そうして彼が引き下がってくれるのを期待した。



「きみとの会話は実に有益だ! 時間を忘れてしまうよ」



 レヴェリアは愉快そうに言った。本心からの言葉に聞こえるのが、この少年の恐ろしいところだ。まるで瑕疵のない端整な顔立ちがこれ見よがしにくしゃりと歪むと、ミノシは何か偉業を成し遂げたかのような気にすらなった。それがレヴェリアの誘導だとも知っていた。



「実は学校長から言伝を預かっていてね。特待クラスの説明会に同席して欲しいそうだ。S2の役員には珍しい厚遇だな。……特待の生徒の一人がきみを兄と呼んだそうだが、何か関係があるのかな」



 レヴェリアは声を潜めた。ミノシにとってもっとも重要な情報と、もっとも答えたくない質問を重ねた。レヴェリアが好む尋問の手口だった。決して聞き流せない情報と共に詰問する。レヴェリアの話に注意深く耳を傾けていた相手は何らかの動揺を示す。



「身に余る光栄です。それでは、一足先に支度をするとしましょう。大言に見合った働きをせねばなりません」



 そう言ってミノシは席を立った。



「ああ、それから——」



 ミノシは少し大袈裟に言葉を切って、



「俺に兄弟はいませんよ」



 レヴェリアの瞳を正面から見つめ返して言い放った。




 4




「やっと出てきた」



 生徒会室を出ると、入学早々に有名人となった黒髪の少女が、廊下の壁に背中を預けていた。


「ずいぶん長話だったみたいね」



 ミノシは、旧知の友人である彼女と、数年ぶりに再会した喜びを分かち合うタイミングを失ったので、彼女に伝えようとしていた言葉のことごとくを失念していた。



「久しぶりだな、アミ」



 アミと呼ばれた少女は、答える代わりに肩を竦めた。



「あんたを迎えに来るように言われたの」


「マナは?」


「あの小さい子? 教室で大人しくしてるわ。……あの子、ああ見えて内気なの? 私に喧嘩売って来た時とは大違い」



 先達ての騒動の事だろう。ミノシは結局、事の経緯を聞きそびれていた。



「何があったんだ? お前が拳法を使うほどの事なのか?」


「あの子が私に噛みついてきたのよ」


「もっと具体的に」


「比喩じゃなくて。本当に噛みついてきたの。首筋のあたりをガブっとね」


「……お前、あの子に何かしたか?」


「何もしてないわよ。というか、されたのは私でしょ? それでビックリしちゃって私、つい反射的にぶん殴っちゃったの。当てはしなかったけど」



 轟音はその時に起こったのだろう。ミノシは少し考え込みそうになったが、思うところあって、アミとの会話を優先した。



「頼みがあるんだ」


「いやよ」


「まだ何も言ってないだろ」


「あの子の事でしょ? 『お兄ちゃん』って呼ばれてたわね。あんたに妹なんていないのに。嫌な予感しかしないわ」



 取り付く島もなかった。アミは他人の説得に応じることは滅多にない。他人にコントロールされるのを極端に嫌うのだ。彼女を言い包めるのは、あのレヴェリアでも不可能だとミノシには断言できた。



「聞いてくれ。あの子は人間じゃないんだ」



 アミが眉を顰めた。依然として怪訝そうな様子だったが、微かに関心を抱いたのが見て取れた。



「詳しい事情は場所を変えて話す。説明会が終わったら、今日の所は寮に帰されるはずだ。先回りして女子寮に忍び込んでおく」


「はあ⁉ あんた本気で言ってんの⁉」


「大きい声出すな。学校長に手を回してもらう。問題ない」


「大アリよ! 学校ぐるみってわけ? なんであんたにそんな権利があるのよ」


「あの子がそれほどの存在だってことだ」



 アミは納得した様子はなかったが、一応は聞く耳を持つ気にはなったのか、一度大きく溜息をつくと、



「知ってること全部話しなさい。いい? 全部よ? ぜ・ん・ぶ!」


「ああ。元からそのつもりだった」






 

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