聖戦②・魔王は参謀から顛末を聴取する
アンネローゼが生徒会室に戻っていった悪役令嬢同好会の部室にて、アーデルハイドとジークリットは化粧鏡を前にしていた。アーデルハイドはパレットを手に鏡に筆で紋様を書き殴っていく。血のように深い赤色の塗料は次第に魔法陣を描いていった。
「遠見……いえ、通信魔法ですか」
「余はこういった細かい魔法が苦手でな。魔法に優れた者が相手でなければ使えぬ」
「そりゃあ魔の者でありながら神聖魔法を会得するぐらいですから容量が足りないでしょうよ」
「ジークリットは鏡に映らぬよう少し外れておれ。見つかったらまずい」
「承知致しました」
ジークリットは恭しく一礼して少し離れた壁際の椅子に腰を落ち着ける。それを確認したアーデルハイドが力ある言葉と共に鏡に手を付くと、描いた魔法陣が光り輝いてその映す姿を変えていく。鏡の向こうは左右反対の世界ではなく遠く離れた場所を見せていた。
魔王の居城である大魔宮。空席となった王座の隣に設けられた席では参謀と呼ばれた者が執務を行っていた。主からの通信を感知した彼はすぐさま通信魔法が映し出す映像の方へと顔を向け、恭しく一礼をした。
「これは魔王様、ご機嫌麗しゅう」
「前置きは良い。今日余がそなたに連絡したのは、こちらに魔の軍勢が侵攻しているとの情報を耳にしたからだ」
「成程、既にそちらまで情報が届くまで深く進攻出来ておりますか」
「そなたに魔王を代行させている故咎める気は無い。理由を聞こう」
アーデルハイドは僅かに目を細めた。問い詰めているのは彼女の方だったが、参謀は慇懃なまでにかしずくのみで全く畏怖の念を抱く素振りも無かった。
「そなたにも恋愛小説として綴られた予言の書には目を通したであろう。何者かは知らぬが魔王軍は手引きされて人類圏に侵攻していた。その結果我らは完敗して、更に聖女と勇者を覚醒させてしまっていたではないか。なら今動くのは愚策だと何故分からぬ?」
魔王が悪役令嬢に扮するのも最終的には光の担い手たる聖女ことヒロインを挫き、勇者に勇者に目覚める皇太子を骨抜きにする為だ。参謀が進言した暗殺や討伐を棄却したのも彼女が予言の書という挑戦状を受けて立つためでもある。
しかし配下の者達の犠牲の上で成り立つ展開をあえて再現せずとも皇太子陥落を達成できそうな状況まで持ち込めた現在、魔王軍侵攻は単なる横槍でしかない。それが分からぬ参謀ではないと判断したからこそ戦争は無いと考えていたのに。
「建前と本音、どちらから先に申し上げればよろしいでしょうか?」
「……。建前からで良い」
そんな暗に責める魔王に勘付かないふりをした参謀は淡々と続ける。
「お言葉ですが魔王様、全ては神の手駒である勇者と聖女を目覚めさせない為でございます」
「続けよ」
「予言の書は拝見させていただきましたが、畏れながらあの書物での魔王様は人間共を侮りすぎだったかと。十分な数を揃えれば如何に勇者が現れようと我々はもろとも致しません。やはり本格的に脅威となる前に叩くべきかと」
確かに理屈は理解出来たがそれでは魔王の意に反している。少なくとも参謀は魔王の意を汲んでこの恋愛と言う名の決闘を見守るだけに留まった筈。つまりは魔の者が勝利をする大義など表向きな理由に過ぎない。そうアーデルハイドは理解した。
「で、本音は?」
「魔王様のお考えを理解出来ない輩に少々痛い目を見てもらおうかと」
「参謀、そなた余に厄介者共のしつけを押し付けるつもりか!?」
魔王は声を張り上げるが参謀は全く動じる素振りすら見せない。恭しく頭を垂れたままだ。
「あと私めは魔王様の仰る恋愛小説の展開に即しているだけでございます。これを機に勇者めの心を更に掴み、虜となさっては如何かと」
「余計な真似を……っ。では此度の魔王軍を構成する者共はこちらの都合で片づけても良いのだな?」
「魔王様の望むがままに」
アーデルハイドは不満は残ったままだが一先ず納得はした。腕を組んだまま椅子に座り、ふてくされるたように頬を膨らませる。彼女の想定からは逸脱してしまったが逆に予言の書に沿う形となり今後が御しやすいと好意的な解釈も出来、一方的に叱り飛ばせなかった。
「まあよい。何とかしよう。それで誰が軍を率いてこちらに向かってきておるのだ?」
「私めと司教以外の四名です」
「なっ……! 我が軍の半分近くではないか!」
アーデルハイドが思わず立ち上がると座っていた椅子が倒れて大きな音が部屋に響き渡った。聞き入っているだけだったジークリットも思わず声が挙がりかけて慌てて口を塞ぐ。愕然とする己の主を前にしても参謀は礼儀を尽くす態度を崩さなかった。
「では魔王様、ご武運を」
「待て参謀! 話はまだ……!」
つい先ほどまで別の空間の映像を映していた鏡面が波打ち、元の彼女自身を左右対称に映すものに戻った。細かく描いていた魔法陣も用は済んだとばかりに消えており、ただ力なく座る己と静寂に包まれた部室内を見せつけてくる。
「四名って、魔王軍を率いる将の数ですか?」
「……ああ、そうだ」
息を潜めていたジークリットはようやくアーデルハイドの傍に歩み寄った。そして椅子に腰を落ち着けてアーデルハイドにしなだれる。
「確かヒロインさん達を脅かす魔王軍を率いる方って予言の書によって違うんですよね?」
「ああ。余が現れるルードヴィヒの場合は執政が登場するな」
「わたくしの出番になるマクシミリアン様の場合は軍師って呼ばれる方でしたっけ」
「ヴァルプルギスの場合は司令が帝国を脅かすと聞いているぞ」
「……つまり、わたくし共三人それぞれの予言の書に記された魔の将が同時に襲ってくると?」
「参謀はそう言っておった」
「何ですそれ!? 無茶にも程があるでしょう!」
「そんなもの余が知るかっ!」
声を張り上げてジークリットは立ち上がる。たまらずアーデルハイドも立ち上がってジークリットと睨み合う形になった。お互い至近距離でそうしたものだから、互いの胸部が触れ合い吐息も聞こえてくる程に密着してしまう。尤も二人は全く気にしていなかったが。
「今すぐアーデルハイドさんの勅命で軍師以外は退却させてくださいまし!」
「あっ! ずるいぞジークリット! そうやって自分だけいい所取りしようとするなど都合の良い展開を許すと思うか!?」
「なら悠長にルードヴィヒ様と恋愛なんて興じていないでさっさとヒロインさんと勇者さんを突き出したらどうです?」
「馬鹿者! それでは余の負けではないか!」
「負けって誰と勝負しているんですか!? 哀れなぐらい先回りされているヒロインさんとですか?」
「決まっておるではないか! 余が決闘しているのは勿論……」
――予言の書の著者に他ならぬ!
魔王の強い断言にさすがのジークリットも押し黙った。
しばしの静寂が訪れる。やがて二人は怒気を消失させてソファーに座りこんだ。二人して肩を並べて。お互いに隣にいる相方の姿は捉えられなかったが、それでもどんな心境かは察しが付いた。同志の為に動く余裕はない、と。
「では、魔王軍を退けるしかありませんね」
「考えようによっては好都合だ。執政達四人が来襲してくるなら余達は各々婚約者と更に深い関係になれるのだからな」
「成程。わたくし共悪役令嬢は各々自分の愛の為に動く、でよろしいですね?」
「ヒロインめが同時進行する余達の内誰を妨害してこようと恨みっこなしだからな」
「望む所です」
二人は顔を見合わせて笑い合った。それぞれの健闘を祈って。
そんな中で魔王はふと疑問を思い浮かべた。執政、軍師、司令の三名はそれぞれの予言の書でいずれもヒロインの恋路の糧にされる運命にあった。では最後の一名、棟梁は一体何の為に舞台に上がってくるのか、と。
もしアーデルハイドが未だ知らぬ別の予言の書があり、対応する第四の攻略対象者や悪役令嬢が存在するとしたら? ヒロインがルードヴィヒ達に手を出そうとする出鼻を挫くばかりで他の対策を講じずに結果にどう響くか。
面白い、と魔王は軽く舌なめずりをさせた。
お読みくださりありがとうございました。




