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授業⑦・魔王は悪役令嬢の集いを結成する

「ほう、魔竜とな!」


 竜、それは神によって創造された中で最も強靭な生命力と肉体を持つ種族。翼竜や竜人といった亜竜族と異なり存在として完成されている為その個体数は少ない。少なくともアーデルハイドは竜との遭遇は初めての経験だった。

 ヴァルプルギスの弁が正しいなら既に本物の辺境伯令嬢は魔竜の餌食となっている。更に言葉通りに受け止めるなら食い殺した辺境伯令嬢の記憶や経験、そして想いまで全てを継承したのが今のヴァルプルギスとなる。


「成程、同化の法や転生の法とはまた違う方法があるとは。興味深いですねえ」

「さしずめ暴食の法とでも呼んでおくかな?」

「どうでも好きに表現すればいい。私は私の障害にならない限りお前達の邪魔はしない」

「それはお互い様です。わたくし達は都合よく愛しの人が分かれているようですが、本来決して交わらぬ道を歩んでいますもの」

「ちょーっと待った」


 テーブルを挟んで互いを見据えるジークリットとヴァルプルギスは牽制し合った。アーデルハイドは短絡的な二人に心底ため息を漏らし、空いた自分のカップに紅茶を注いでいく。彼女は身を乗り出して他の二人のカップにも紅色の飲み物を注ぎ入れた。なお二人に断りは入れていない。


「折角三人の悪役令嬢が揃っておるのだ。個々に好き放題するなど愚の骨頂であろう」

「そうは言いますけれど、わたくし達が手を組む利点があまり無いかと申し上げておきますか」

「確かに各々の攻略対象者を射落とすならそなたの申す通りだ。だがな、そこにヒロインへの『ざまぁ』が加わるなら話は別だ」


 聞き慣れない単語を聞いたヴァルプルギスは眉をひそめた。アーデルハイドの話の腰を折るまいとジークリットがヴァルプルギスに身を寄せて耳元で囁く。思わずヴァルプルギスは耳元を押さえてジークリットから離れた。酷く驚いた顔をさせて。


「ジークリットも気付いていよう。ヒロインめもどうやら予言の内容を把握していると」

「ええ。どうやらそのようですね」

「それも余達のように各々の物語を読んでいるのではない」


 ――あの者は、全ての可能性を熟知しているだろう。

 そうアーデルハイドは言葉を紡いだ。


 しばし静寂が部屋に訪れる。座りながら前かがみになるアーデルハイド、ソファーにもたれかかるヴァルプルギス、自作の菓子に手を伸ばして啄むジークリット。三人共表情はいつもの通りだったがその目は笑っていなかった。


「つまり、ヒロインさんはもしかしたらわたくし共の把握していないやり方で殿方の好感度を上げてくるかもしれない、と?」

「学園生徒会の者全員が攻略対象者だったなら、余らの知らぬあの手この手で皇太子等を毒牙にかけるとも想像されるぞ」

「だからわたくし共は情報を共有して結託すべき、と。確かにヒロインさんの選択が予言の書通りになるとは限りませんし」

「一理あるな。狙った男が籠絡されるのは未然に防いでおきたい」


 直喩だなとアーデルハイドは思ったものの言葉にはしなかった。竜はその強さ故に駆け引きや腹の探り合いといった小細工を必要としない。騙してくるなら牙と爪で答えればいいから。あえて揶揄する必要もあるまいと口を噤んだ。


「では基本的には個々で立ち回るとして、週の終わりと初めにでも集まって意見を交換し合う。こんな感じでよろしいでしょうか?」

「うむ、それがいいな。成果が無ければそれだけ口頭で述べて解散すれば良いし、逆にヒロインめが不穏な動きを見せるようなら定時とは言わずに集まればよい」

「それはいいが、毎回今日みたいに応接室を借りるつもりか? 生徒会がまず許してくれないだろう」

「あー、でも放課後の教室とか図書室ではどこに耳があるか分かったものじゃありませんし」

「要は三人きりで語り合う場が欲しいのだろう? 余にいい考えがあるぞ!」


 アーデルハイドは待ってましたとばかりに胸を張る。どうだと言わんばかりに自信に満ち溢れた表情にジークリットは何とも言い難い不安がよぎった。そんな複雑そうな反応を示すジークリットを余所にアーデルハイドは勢いよく立ち上がった。


「そうと決まれば善は急げだな! 行くぞジークリット、ヴァルプルギスよ!」

「行くって、どちらにですか?」

「勿論生徒会室にだ!」

「はああっ!?」


 驚愕の声を挙げたジークリットは慌てて大股で突き進んでいくアーデルハイドの後を追う。ヴァルプルギスはカップに残された紅茶を一気に呷り、軽やかに立ち上がると軽快な足取りで魔王と魔女に続いた。

 三人の令嬢の行進にすれ違う他の生徒や教師達は目を見張った。いずれも神聖帝国では無視出来ない力を持つ家柄の娘、かつ入学早々に各々の独壇場になった一幕は学園中の話題になっていたから。その堂々とした在り方に上級生だろうと道を譲る有様だった。


「たのもう!」


 アーデルハイドは生徒会室の戸を叩かず、一気に開け放った。中で執務を行っていた生徒会一同は突然の来襲に唖然としてしまう。書類棚に近い座席の男子生徒が眉をひそめて何かを言おうとするも、窓際で書類に目を通していたマクシミリアンが手で制した。

 アーデルハイドは様々な反応をさせる生徒会一同には目もくれず、最も奥の席で今正に書類に自分の名を記そうとしていたルードヴィヒの前まで進み出た。生徒会長は書類に筆記具を走らせて山積みの書類束の一番上に移した。


「どうしたアデル? 珍しいなそっちから訪ねて来るなんて」

「同好会の設立を申請したい。すまぬが用紙を貰えぬか?」

「同好会?」


 同好会。それは学園で盛んに行われる部活動において、部程に規模は大きくない活動をする場合に設立する団体の呼称。部の立ち上げより安易に申請出来る代わりに学園より支給される活動費は雀の涙ほどになる。


「ちょっとアーデルハイドさん、何勝手に進めちゃってくれてるんですかっ?」

「いいではないか。どうせそなた等二人とも帰宅部であろう?」

「うぐっ。それを言われてしまうとぐうの音も出ませんねえ」

「毎度人の目を気にして集まるぐらいなら公然の活動として認可された方がよいではないか」


 青天の霹靂とばかりにジークリットは驚きを露わにするが、アーデルハイドはもはや止まらない。確かに同好会として集うなら怪しまれたり警戒される心配は無い、と考え直す。それに魔女たる彼女は学生の部活動には何の興味も湧かなかったのは事実だった。

 一方のヴァルプルギスは感心したように呻り声をあげた。男を我が物にせんとして良からぬ企みを抱く三人の活動を学園公認にしてしまうなど考えもしなかったからだ。だが正直に説明しても許可が下りるとは思えず、どう取り繕うのかと見守る。


「ほら、これでいいか?」

「うむ、大義であるぞ!」

「で、キルヒヘル嬢とヴァルツェル嬢と結託して何をやろうとしてるんだ?」

「それはだな……」


 ルードヴィヒは袖机から羊皮紙を取り出してアーデルハイドに差し向けた。アーデルハイドはついでに羽ペンとインクも要求して受け取ると、名簿欄に自分の名を綴っていく。ジークリットとヴァルプルギスが続いて令嬢としての自分の名を記し、アーデルハイドに返した。

 そして、同好会名と活動目的を意気揚々と書いていき、満面の笑顔と共にルードヴィヒに提出した。それを見たルードヴィヒは一瞬だけ固まる。彼は目元を押さえてからもう一度凝視する。で、申請書から目を離してぎこちなくアーデルハイドを見やった。


「なあアデル。これ、何だ?」

「何だとは何だ? 内容はこれで問題ないぞ」

「余計に問題だろ……。本気か?」

「うむ! 本気も本気だ!」


 アーデルハイドは自分の胸に手を当てて身を翻し一回転する。天を賛美するような姿勢となり、ルードヴィヒに流し目を送る。


「我ら三人はまだ市民には浸透していない読書の文化を広める為に活動する集い。中でも恋愛小説について熱く議論を交わす事を目的としている」

「それなら文芸部があった筈だよな?」

「あそこは読書と執筆が主であろう。我らは恋愛小説の素晴らしさを紙の中の世界に留めずこの世界に反映させていきたいのだ」

「それってよ、本の中の出来事を試してみる、みたいなか?」

「概ねその認識で合っておるな」

「じゃあこの同好会名って理由があるのか?」


 ルードヴィヒは申請書を裏返してアーデルハイド達へと突き出した。満面の笑顔で頷いたアーデルハイドに対してジークリットとヴァルプルギスは驚愕して目を見開く。そしてアーデルハイドへと身体を寄せて迫った。


「ちょっとアーデルハイドさん、何なんですこの同好会名は!?」

「さすがにどうかと思うのだが、私の認識が間違っているのか?」

「いえいえ、明らかにこちらの公爵令嬢様がおかしいんですって!」

「何を言っているのだ! 余達の活動を示すのにこれ以上があるものか!」


 ――『悪役令嬢同好会』。

 それがアーデルハイドが決めた名だった。


 ジークリット達はルードヴィヒから申請書を取り上げようとするも、素早く回収した彼は手早く承認欄に自分の名を記した上で学園生徒会長の判子を押してしまう。これで正式に悪役令嬢同好会が発足、もはや覆せなくなってしまった。


「ちょっとぉ生徒会長さん酷過ぎるんじゃありません!?」

「いやこの悪役令嬢ってのがどんなモノなのかは知らねえけどさ、面白いんだろ?」

「うむ! 恋愛小説には欠かせない恋敵の総称だからな! その在り方を尊び、常に誇り高くあれ。そんな想いが込められているぞ!」


 もはやジークリットは呆れて物も言えない。振り回されっぱなしの婚約者の姿にマクシミリアンが笑いを必死に堪える。ヴァルプルギスは肩をすくめてため息を漏らすも、その唇は満更でもなさそうに弧を描いていた。


 三人の悪役令嬢の船出はとても騒々しいものだった。

お読みいただきありがとうございました。

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