授業④・魔王は即行でばてる
学園の授業には剣術、槍術や馬術等の実戦指南が含まれている。これは侵略を受けた際に武器を取って戦うための下地を作るためであり、皇族から市民階級まで隔たり無く学ぶ義務がある。そして、戦闘訓練履修の対象者は何も男子生徒に限った話ではない。
そう、蝶よ花よと過ごしてきた貴族令嬢も例外ではなかった。
「どうしてだ?」
「有事に逃げたり隠れるばかりじゃなく戦う選択肢も取れるようにだそうよ。だから殿方と違って私達が学ぶのは自分の身を守る護身術なんですって。希望者は殿方と同じように剣を交えるようだけれど」
「その割には槍や矛などの長い得物も用意されておるな」
「屋敷や城の廊下を想像してみて。令嬢や夫人が使用人を引き連れて一列に並んでいるの。各々が長い武器を持っていたらどう?」
「成程。確かに脅威となるな。賊が屋敷に押し入っても迂闊に飛び込めば蜂の巣と化すだろう」
「ま、そんな風習が根付いているのは人類圏でも魔の者が度々襲来した歴史を持つ東側の国々だけみたいだけれどね」
アーデルハイドは納得して頷いた。尤も、これは戦時中に女子供は足手まといだと安易に計算しづらくなったと魔王として侵略する側になった場合を想定して、でもあったが。
護身術指南の授業初日、女子生徒達は皆動きやすい服装に着替えて靴も頑丈なものに履き替えている。多くの貴族令嬢が文句を垂れていたものの、年中寝巻ばかりだったアーデルハイドにとっては運動性を重視したみすぼらしい服も全く抵抗が無かった。
彼女にとって意外だったのは妹のアンネローゼが自分と同じように何の躊躇もなく運動着に袖を通した事だった。理由を尋ねると、「見栄えだけの窮屈なドレスよりこっちの方が好ましいわよ」と当たり前のように返事を返してきた。
整列する女子生徒の前に立つのは担当教員と、自分達とそう年齢の変わらない若い男性だった。担当教員は屈強な戦士のように腕も脚もはち切れんばかりの筋肉で覆われていた。一方の若い男性は女性が見惚れる端正な顔立ちながらもやはり鍛え上げられた逞しい身体つきをしている。
「レオンハルト・フォン・ザイフリートです。今日はご令嬢の皆様方よろしくお願いします」
アーデルハイドを始め女子生徒全員がその顔に見覚えがあった。彼は皇太子の片腕とも呼ばれ生徒会書記も務める最上級生。いずれ名誉ある帝国の騎士に任命されるのは確実と讃えられる程に剣の腕前を持ち、国と皇帝への忠義に溢れる者だった。
「ザイフリート家の男は代々軍に属して名を馳せるんだったか?」
「ええ。特にレオンハルト様はザイフリート家の歴史を紐解いても類稀な才能なんだそうよ」
「ザイフリート家の始祖は神代で竜をも打ち滅ぼした猛者と聞くが本当なのかな?」
「当主は残らず大将軍に任命される程功績を残しているし、そうであっても不思議じゃないわね」
アーデルハイドは最後列で声を落としてアンネローゼと雑談を繰り広げる。前方の列にいる令嬢達が「私語を慎め」と注意されているのを尻目に。勿論悪目立ちしないよう姿勢を正して顔も視線も互いに向けていない。声だけを投げかける状態だった。
「皆様にはまず軽く体力作りをしていただき、それから武器に慣れていただくよう素振りに移ります」
令嬢達は授業内容は事前に噂で耳にしていたし姉や母親、親戚からも説明を受けていた筈だった。それでも実際に自分達がこれからやる内容を説明されると何割かが嫌悪感を示した。残りは既に覚悟を決めているのか表情を引き締める。
「勿論地味ですし辛いですしつまらないとは思います。ですがこの授業で身に付いた経験が万が一の際に必ず役に立ちます。頑張りましょう」
レオンハルトは一通り説明し終えると担当教員に伺いを立てた。担当教員は申し分無しとばかりに満足げに頷くと、令嬢方に一定間隔に広がるよう号令をかけた。レオンハルトが事細かに指示を出して散らばったのを確認し、まずは体操から着手する。
体操が終わったら柔軟、それからランニングに移る。普段走る必要も無い令嬢方は散々たるもので、その中でもアーデルハイドが一番最初に音を上げた。普段の生活を送るのに精一杯な彼女はまだ運動するだけの体力が身に付いていなかったから。
「ベルンシュタイン嬢。きついようなら歩いても構いませんよ」
「しょ、初日からこれでは、先が思い、やられるなっ」
「それでも前に進もうとしているだけやる気が見られますよ。他のご令嬢方は……」
「……まあ、仕方が、あるまい」
ただ明らかにまだ余力があるのに走らない令嬢も中には見られた。担当教員も令嬢方に発破はかけるものの叱り飛ばしたりはしていないから。どうせ使用人達に守らせるから自分は戦えなくてもいいとでも考えているとアーデルハイドは推測する。
そうした次々と脱落する有様の中、黙々とランニングをこなす者も何名かいた。特に一人は全力疾走し続けているのではと疑う程に速く、それにも関わらずに全く息切れする様子がなかった。大半の令嬢が周回遅れどころか何度も追い抜かされていく。
「ああ、あの方はヴァルプルギス様ですね」
座り込んで休むアーデルハイドにジークリットが近寄って傍に腰かけた。
「神聖帝国東端に領地を持つヴァルツェル辺境伯の娘だったか?」
「一族の者は女だろうと鍛え上げられるとは聞いておりましたが、噂以上ですねえ」
神聖帝国の東側は一応人類圏国家ではあるが、歴史上何度も魔王に率いられた魔の軍勢に攻め滅ぼされている。ヴァルツェル家は神聖帝国の国防上最も重要な武門の家系と評して過言ではなかった。その性質上ヴァルツェル家が嫁として迎える令嬢は芯のある強き女性を、女子の嫁ぎ先はやはり軍人や騎士だったりしていた。
そして何を隠そう、ヴァルプルギスはレオンハルトと婚約関係にあった。
「貴族令嬢が惚れ惚れする程強くて格好いいレオンハルト様、ですか。どうもきな臭いですねえ」
「恋愛小説で主人公と交際するに適した相手だからか?」
「アーデルハイドさん、まさか予言の書が全二章だなんて思っていませんよね?」
「その線も一応考えておるが、生徒会役員の顔ぶれを見る限りまず無いな」
二人の悪役令嬢は予言の書の攻略対象者が自分達の婚約者だけとは全く思っていなかった。ルードヴィヒとマクシミリアン以外にも貴族令嬢の目から見て素敵な男性はまだいるから。
その筆頭がルードヴィヒに付き従うレオンハルト。二人はこの爽やかな先輩もまたヒロインと恋仲になるかもしれない攻略対象者だと睨んでいた。そしてその場合、彼の婚約者である辺境伯令嬢が悪役令嬢……かもしれない。
「分かりませんよ? こちらの姉やそちらの妹様に相当する方かもしれませんし」
「それに余やそなたに相当する何者かが現れた形跡は無いぞ。余らの杞憂なのかな?」
「……そうでもなさそうですね。あちらをご覧あれ」
「む……っ?」
二人の視線の先には息も絶え絶えで足元をふらつかせるユリアーナの姿が見えた。呼吸の調子も速くなっていて限界が近いのは誰が見ても明らかだった。終いには出そうとした脚が前に出していた脚に絡まり、体勢を立て直せないままその場に倒れ込む……、
「無茶はしない方がいい」
――前に、後ろから走ってきたヴァルプルギスが彼女を抱き上げた。ヴァルプルギスはそのまま多くの令嬢方が集まって休む場所へと彼女を降ろす。ユリアーナはお礼も言えずに俯いたまま呼吸を何とか整えようとするばかり。ヴァルプルギスも表情一つ変えずに踵を返した。
「ヒロインさんのあの様子、演技だと思います?」
「あからさまな演技ではレオンハルトは騙せないと思うぞ。実際に死力を尽くしたんだろう」
「あそこでヴァルプルギスさんが助けなければレオンハルト様が介抱したんでしょうか?」
「教員より位置は近いから十分有り得たであろうな」
「……では、ヴァルプルギスさんがヒロインさんの妨害を?」
「現時点での断言は危険だが、そうであっても不思議ではないな」
第三の悪役令嬢現るか? アーデルハイドは無意識のうちに笑みをこぼしていた。
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