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覚醒②・侯爵令嬢は魔女に教えを乞う

 魔女、との単語を耳にしたジークリットは侯爵家の書斎で読んだ恋愛小説を思い出していた。自分と同じ名を持つ偉大なる魔女。主人公の恋路の前に立ちはだかる悪役令嬢。魔女ジークリットが実在していたなら今目の前に人物のようなのではないか、と。


「ジークリットさん。わたくしは貴女をずぅっと見ていましたわ」

「わたしを、ですか?」

「ええそうですとも。親子共々権力者に翻弄されて惨めな日々を送る姿は憐れみすら誘う程でして」

「……っ」


 辛辣な言葉を投げかける魔女はあくまでも微笑みを絶やさなかった。自分はともかく母まで侮辱されたジークリッドは憤りを覚えたものの、かろうじて堪える。普段から我慢を強いられているせいで咄嗟に言い返せない自分に悔しがりつつ。


「……それで、魔女様は一体わたしに何の用ですか? 哀れな小娘を嘲笑しに来たんですか?」

「ああごめんあそばせ。気に障ったなら謝罪いたしますわ。ですがジークリットには現実と言うモノを噛み締めてもらわなければなりませんので」

「そんなもの……嫌ってぐらい思い知ってます」

「結構。でしたら話は早いですね」


 ジークリットはどうしても語尾が自然と荒くなり魔女への眼差しも鋭くさせてしまう。

 魔女はそんな精一杯の反撃を涼風同然に受け流し、テーブルに手を置いたままジークリットの方を指差した。たったそれだけの動作だったがジークリットの身体を竦み上がらせるには十分だった。

 そして薄紅色の口紅を引いた魔女の唇が動き、甘い言葉を囁きかけた。


「わたくしが貴女の願いを叶えて差し上げましょう」

「願い……?」

「キルヒヘル家の令嬢として相応しい魔法と叡智を授けましょう、と言っているのです」


 魔法と、叡智?

 どんなに背伸びしても、どれほど手を伸ばしても、決して届かない己の願望。

 持たざる者は惨めなまま大地に這いつくばるしか許されず。

 それを、魔女が叶えてくれる?


「ほ……本当で――」


 ジークリットは危うくその提案に飛びつきかけてすんでの所で思い留まった。魔女を自称する目の前の存在がどれほどの能力なのかは未知数。それでも考え無しに契約を結んでしまったら最後、堕落の果てに破滅して二度と戻れなくなってしまうとの確信があった。


 魔女の誘いに乗ってはいけないとジークリットは気を引き締める。魔女へと強い眼差しを向けて唇をきゅっと絞り、気が付けばスカートのすそを摘まんだ両手に力がこもる。

 そんな少女のささやかな抵抗も興が乗ったとばかりに魔女は微笑みを強めた。


「ええ、ご想像通りわたしは聖者ではございませんので見返りは頂きます」

「……あいにく、わたしは魔女様を満足させるモノなんて何一つ持っていません」

「あー、金品を巻き上げるのが目的ならジークリットさんに声かけてませんって。思い出してほしいのは貴女が読んだと言う恋愛小説ですね」

「恋愛小説?」


 唐突な話題の転換に困惑したジークリットだったが、魔女が意図している恋愛小説作品についてはすぐに察しが付いた。

 すなわち、魔女ジークリットの登場する話を。


 舞台は現代の神聖帝国。主人公ことヒロインは自分と似た境遇の貧乏男爵家出身の令嬢。彼女は狭き門である難関受験を突破して学園に入学する。そこで主人公は帝国でも魔法の名門と名高い侯爵家の嫡子と身分不相応の恋を育んでいく……。


 そこまで整理してジークリットは気付いた。実在する地名や施設を用いるのは小説ではよくある技法だ。けれどどうして自分の知る人物が登場してくるのだろうか?


 ヒロインと恋愛関係となる侯爵嫡子はマクシミリアンだし、その恋路の邪魔をする令嬢の名は腹違いの姉と同じ。単に偶然の一致なのか? 単に名前を拝借しただけ? まさか恋愛小説という体を成しているだけでもっと別の何かなのではないか?


「件の恋愛小説を……そうですね、便宜上予言の書とでもしておきますか」


 そう、例えば今後起こり得る未来を綴っているとしたら?


 小説……いや、予言の書ではジークリットの姉がマクシミリアンの婚約者となっている。順風満帆と思われた関係は学園新入生として現れたヒロインが狂わせていく。マクシミリアンの心が離れていったジークリットの姉はヒロインを蔑み、嫌がらせを振り撒いていった。


「確かにきっかけはヒロインさんが入学早々に神より授けられた奇蹟を体現したからでしょうね。けれどマクシミリアン様は姉君には無い健気さと純粋さに心惹かれていくわけです」

「けれど確か、それでも物語のヒロインは決して恋を諦めずに突き進んだんですよね……」

「そう、そして焦りを焦りを募らせた侯爵令嬢はとうとう――」


 禁忌を犯した。魅了の魔法を用いてマクシミリアンを意のままにしようと試みた。

 結果としてヒロインが浄化の魔法を施して失敗に終わり、侯爵令嬢は退場となる。


 婚約が解消されて晴れて付き合えるようになったヒロインとマクシミリアンだったが、ヒロインの同級生でもある侯爵令嬢の妹が新たな婚約者として表舞台に現れるのだ。


「もしかして、魔女と名乗ったジークリット侯爵令嬢は……?」

「わたくし、らしいのですよ」


 ジークリット侯爵令嬢は姉の退場までずっと控えめで目立たなかった。と言うのも彼女自身は侯爵家の落ちこぼれと呼ばれるほど魔法の腕がからきし。侯爵家では家族や使用人からも虐げられているとまで一部で噂される程だった。

 そんな侯爵令嬢妹は突然覚醒し、様々な奇蹟を魔法で披露していった。彼女はマクシミリアンとヒロインの前で古の魔女の生まれ変わりだと名乗った。身だしなみを整えてお洒落するようになった彼女は、持ち前の美貌と熟れた身体付きで多くの男性陣を骨抜きにするほどだった。


 しかし既にマクシミリアンの心はヒロインに繋ぎ止められていた。様々な紆余曲折の果て、魔女は裁判にかけられて処刑される。やはりマクシミリアンを永遠に独り占めする為に禁忌の魔法を行使しようとしたとして。


「そん、な……」


 単に偶然自分と同じ名の素敵な令嬢がいる程度に考えていたジークリットは愕然とする。まさか近い将来自分が辿る破滅の運命を思い知った形となったから。そして何より魔女程の叡智と魔法をもってしてもマクシミリアンにその想いは届かないんだと悟って。

 身体から力が抜けて膝から崩れ落ちかけた所を魔女が抱き留める。魔女に誘導されてジークリットは椅子に腰かける。眩暈がした彼女は片手で頭を抱えた。テーブルに置いたもう片方の手に魔女が優しく手を添える。


「お分かりいただけましたでしょう? ――ジークリットさんはわたくしであり、わたくしはジークリットさんなのです」


 そして魔女は、ジークリットが魔女の生まれ変わりだと語った。


 転生の法と名付けた禁忌の術で魔女は時代を経てキルヒヘル家の娘に生まれ変わる。新たな人生が始まる度に魔女は己の知識と技術を更に磨いていく。それでも魔女は毎回転生先の娘の願いを叶えようとした。あくまでも自分は魔女そのものではなく今の時代に生を受けた者だと主張するかのように。

 ジークリットの場合、それはマクシミリアンとの叶わぬ恋の成就だった。


「そんな……わたし、一体どうすれば……?」

「簡単でしょう。予言の書通りに動けばただ運命をなぞるだけ。でしたら物語を覆してしまえばよいのです。まだマクシミリアン様の婚約者も決まっていない今からなら十分可能ですよ」


 絶望に覆い尽くされた彼女の心に一条の光明が射す。ジークリットは優しく言葉を語りかけてくる魔女に久しぶりに人の温かみを感じた。


「予言の書を読んだ為でしょうか、本来より大分前にわたくしを思い出していただけたようです。でしたらジークリットさんがやるべきは一刻も早くわたくしの全てを受け継ぐ事ですね」

「魔女様を思い出す……?」


 とは言えジークリットが必死になって頭を捻っても魔女としての記憶は全く思い出せない。眉間にしわを寄せるジークリットに慌てた魔女は顔を大きく横に振った。


「これから時間が許す限りわたくしが教示致しましょう。魔法の技術、歩んできた経験、そして思想。ジークリットさんが蔑ろにされていた礼儀作法もお任せあれ」

「でも、わたしなんて全然駄目駄目で……」

「それは教え方の問題ではないかと。ご安心なさいませ。貴女様が大成すると予言の書でも魔女ジークリットとして書かれているではありませんか」


 確かに一理あった。姉が退場してからでは遅くても今からなら間に合うかもしれない。学園入学まであと少しまで迫っている。それまでに目の前の人のようになれたなら、皆無と言って良かった可能性が芽生えるかもしれない。


「……分かりました。よろしくお願いします、魔女様」

「よろしゅうございます。面白くなってまいりましたねえ」


 だからジークリットは魔女と契約した。緩やかな凋落より一世一代の博打を打つ選択を取った。

 全ては胸の中の想いを叶える為に。

お読みいただきありがとうございました。

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