希望 〜元娼婦の話〜
私はいわゆる元娼婦ってやつでね。
今は心理療法士をやっている。
でも世間は汚い肩書きを持つ人間を許しはしないと言うわけさ。
どこで嗅ぎ付けてくんだか前の仕事がバレてね。
いつも後ろ指指されんだよ。
"薄汚い娼婦"ってさ。
……今思えば、同業者の仕業かも知れないねぇ。
私、自分で言うのもなんだけど、やり手の心理療法士なんだ。
……知ってる?
人類最古の職業。
娼婦なんだよ?
様々な文献にも娼婦の記録は残ってるんだ。
そもそも娼婦がいなかったら、人類は繁栄していないんだ。
まだ人類が猿だった時代。
オスが食べ物を取ってくる。
メスが対価に性を提供する。
それで私達(人類)は繁栄してきたんだ。
……歴史の話は置いといて。
何が言いたいかって言うとな。
娼婦は
"誇るべき仕事"
だと思うんだ。
後ろ指指される筋合いなんて何もないと言うわけさ。
そう思えるようになった話をしてやるよ
◇ ◇ ◇
私は20の頃にこの仕事を始めたんだ。
始めたきっかけは借金。
両親がろくでもないやつでね。
博打が大好きでさ。
さんざん借金を作ってきた後、私を置いて夜逃げ。
真面目に働いてた娘の私に請求が飛んできたってわけ。
?。
そんなもん無視すればいいってか?
バカ言ってんじゃないよ。
クソみたいな親でもな。
ここまで育ててくれたんだぞ。
両親の事、尊敬もなんもしていないが育ててくれた恩義はあるんだ。
恩義は返すもんだろ?
……私ってバカかな……?
おかしいかな?
この話を聞いて笑わなかったのはあんたが始めてだよ。
……普通笑えない?
そっか。
私が関わってきた奴らがすでにおかしいやつらだったもんな。
……私もおかしくなってたのかも。
……話を戻そう。
ヤクザが経営する裏の風俗店に入れられて、初めて客をとった時、私はなんて所に来ちまったんだと思った。
最初の客だけじゃない。
様々な性癖を持った変態どもが来るときがある。
「ママ、ママ……」
って言いながら胸吸うやつとか……
「気持ちいいのか!?オラオラッ!」
って言いながら腰降るやつとか。
……引いたのはサディスト系のやつだな。
大人しそうなヤツが来たな、って思ってたら急に土下座してよ?
「お願いだから…………100万払うから…………骨折らせてください」
…………折らせるわけねぇだろ。
とまぁ色んな客が来るわけだ。
金持ちの男。
貧乏な男。
変わった男。
訳ありな男……。
……様々な男達が来たよ。
その度に私は性を提供してきた。
抱かれる度、"あれ"を突っ込まれる度、私の中の大切な"何か"が削れていく。
私はなんの為に存在しているのか。
両親に恩義を返す為とはいえ、私が作ったわけでもない借金を返す為に体を"汚していく"。
毎日……毎日……。
そんなある日だった。
いかにも死んだような顔をした男が来たんだ。
私は
「お疲れのようだね。目が死んでるよ」
って言ったんだ。
そしたらよ。
「あんたも中々死んだ目をしてるよ。お互い様だな」
……死んだ目をしてるのは私も同じだった。
表情には気を付けてたんだけどねぇ……。
お互い心が死んでいる者同士、察知できる部分があったんだろうね。
私は少しイラつきを感じたが、いつも通り、"事"に臨んだよ。
一生懸命腰振ってたな。
そいつ。
何か……"後悔の無いように"って言うのかな?
そんな感情が伝わってきたねぇ。
私は事が終わった後、タバコに火を着けてそいつに話しかけようとしたんだ。
「お疲れ様。今日はどうもありが……」
そう言いかけた時だった。
「お礼を言いたいのはこっちさ」
男は下をうつ向いたまま、私の会話に被せて来たんだ。
「どうして?お金を払ったんだからお礼を言う必要なんてあんたにないだろ?」
「いや……付き合ってもらって悪いなって思ってさ。これから死にに行く人間に」
……自殺志願者だったんだよそいつ。
男はまだ会話を続けている。
「どういう意味だい?」
「オレは今、やりたいことを消費していってるんだ。
……娼婦を一度、買ってみたかったんだ。
オレは金持ちの家系でね。
何でもかんでも親の言いなりだった。
生き方も、考え方も、学校も、仕事も……何もかも。
そんな人生になんの意味があるんだ?……道を勝手に決められてるみたいで、嫌なんだよ」
「……進める道があるだけいいじゃないか。
道が用意されているだけいいじゃないか。
進む道さえなく、路頭に迷うやつらがこの世の中にどれだけいると思ってるんだ。
親の気持ちを少しは汲んでやりなよ。
甘ったれてんじゃないよ」
……私の悪い癖が出てしまった。
相手が上司だろうが客だろうが、言いたい事はつい口にだしてしまうんだ。
男はそれでも話すのをやめない。
「……ははは。確かにあんたの言うとおりかもな。
でもよ、もう親の気持ちを汲んでやることなんて出来ないぜ?」
「どうしてだい?」
「オレのやりたいこと、残り一つが難題だからだよ」
「何をするつもりなんだい?」
「一度、命を燃やしてみたいんだ。戦ってみたいんだ。そして……死にたいんだよ。……だから、傭兵やるんだ」
バカな男だと思った。
自殺するよりもバカだよ。
わざわざ自分の手を汚しに行くなんてさ。
わざわざ人殺しの十字架を背負いに行くなんてさ。
「……あんたって金持ちのクセにバカなんだね」
「両親もそう言ってた。お前はバカかって。でも、止められなかったよ。親父とお袋の意図とは違う行動をしてきたからな。呆れられてたんだよ。……望みは弟たちに託していたって訳」
「……出発はいつなんだい?」
「……明日」
そいつの出発は明日だった。
しかも行くところは中東の"あの国"。
この間解体された"あの国"だよ。
……こいつは絶対死ぬと思った。
自殺するには最高の場所さ。
99%死ねるよ。
「本当にいいのかい?」
「あぁ、オレの人生には夢も希望もねぇよ」
ジリリリリ!
サービス終了の時間が来た。
「……あ、時間が来たねぇ」
「……そうだな。……なぁ、オレが生きてたら、また会いに来ていいか?」
「あんたは死にに行くんだろ?そう言うのはおかしいんじゃないか?
……あと、会いたけりゃ払う金を持ってきな」
「ははっ。しっかりしてるな。
……オレ、自分の事を話したのはあんたが初めてだよ。
友人だって、オレが金持ちだから付き合ってくるんだ。
本当の友達なんて一人もいないし、親も信用したくねぇから誰にも自分の事を話せなかったんだ。
あんたみたいに、説教してくれる人もいなかったし……。
オレの人生って空っぽだったんだよ。
……自分の事を話すのって楽しいんだな。
あんたに会えて本当に良かった」
「……さっさと帰んな。時間オーバーだ」
私は素っ気ない対応をしてしまったんだけど、嬉しかった。
初めてお客に感謝されたね。
ヤり終わった後、娼婦に感謝するヤツがどこにいるんだい?
変なヤツだよ。
でも……初めて心に充足感が沸き起こったね。
◇ ◇ ◇
……私はしばらくこの仕事を続けた。
いや、続けざるを得なかったんだけど。
私はあの男が妙に忘れられなくて、ニュースをいつもチェックするようになった。
戦争の映像、現地住民へのひどい仕打ち、関係のない日本人の処刑……。
残酷な映像にはあの男の姿はないが、映像に映らないその裏側では、あの男はそれに関わっている。
……そして、あの国の解体のニュース。
あの男は生きているんだろうか。
そう思いながら、私は毎日の仕事をこなしていたんだ。
それからしばらくして……。
「一名入店だ。お前を指名しているぞ」
「はいはい。今行きますよ」
私を指名しに来たヤツがいた。
珍しいなと思った。
私は身なりを整えて客が待つ部屋へと向かったんだ。
「こんにちは。今日はよろしく」
そう言いながら部屋に入ったんだ。
そこにはひげを伸ばした男がいた。
あの男だった。
生きていたんだよ。
本当に運のいい男さ。
……でも、雰囲気がまるで別人だった。
なんて言うのかな?
人殺しのオーラって言うのか?
しかもただの人殺しじゃない。
何十人、何百人殺して来た目をしている。
……目付きまで変わってたんだ。
地獄を見てきた目さ。
変わりすぎてすぐ気付けなかったよ。
「……もしかして」
「そうだよ。自殺志願者の元金持ちだよ」
「……生きてたんだね」
私はしばらく男の前で立ったまま動けなかったよ。
「……ありがとう」
「……は?」
「あんたのお陰で生き延びれたよ」
「私はなんにもしてないよ」
男はまた私に感謝してきたんだ。
「オレはこの世の地獄を見てきた。
虐殺、理不尽で過度な処刑、少年兵、絶望と恐怖の声、人身売買…………そして自分に殺されていく奴らの顔、オレを殺そうとしてくる兵士達の顔。
どれもが恐ろしかった……。
1日……また1日と過ぎるたび、あの国に来た事を後悔していく。
そして……"死にたくない、もっと生きたい"。
生きるためなら何でもやってやる。
そう思っていくんだ」
「………………」
「あんたの事も何度も思い出したよ。そしてあんたの話も。
親の気持ちを汲んでやれば良かったって。
そう思ったな。
そしたらあんたにまた会いたくなって、絶望の中に"希望"が生まれたんだ。
生きていれば、あんたにまた会える。
ってな」
「……え」
「今オレが生きてんのはあんたのお陰なんだ。
オレに希望を持たせてくれたから。
希望があれば人は生きられるんだ。
世の中にはオレみたいな夢も希望ももってないヤツがたくさんいるんだろ?
そういう誰にも相手にされないヤツの相手をしてくれるのはあんたら娼婦って訳だ。
オレみたいなヤツら、もっと救ってやってくれよ。
……そうだ、娼婦って身分じゃなくてもいいんだ。
これを使ってくれよ」
私の目の前には大金がつまれた。
丁度借金が返せる額だ。
「な……!なんだいこれは。こんなもん要らないよ!自分の借金位、自分で返してみせるってんだ。
しかもこれはあんたが命を燃やして稼いだ金だろ?
受け取れないよ」
「……やっぱり借金か?
こういう所に働いてんだ。
やっぱりそういう事情があったんだな」
「あ……」
自分で自分の事をバラしてしまった。
「これで足りそうか?」
「丁度この額だよ。いや、ちょっとお釣りが来る位さ。
でも、受け取れないよ」
「頼むから受け取ってくれよ」
「私に恩を感じているようだけど、その気持ちだけで十分だ」
「どうしても受け取って欲しい!」
「どうしてここまでしてくれるんだい?」
男は私の手を取ってこう言った。
「次はあんたに希望を感じて欲しいんだ」
私の目からは涙が止まらなかった。
ジリリリリ!
サービス終了の音が鳴った。
沢山あの男とお話してしまったからね。
私は初めて客に抱かれずに仕事をしてしまったよ。
……今回のサービス終了の音は、私の人生の門出の音に聞こえた。
私の人生はこれから始まるんだ。
そう、思ったね。
◇ ◇ ◇
私は人に希望を持って貰えるような仕事に就こうと思った。
人と関わって、相談相手になって、少しでも心の苦痛を取り除き、人生に希望を持って貰えるような職業。
カウンセラーしかないと思った。
私は取りつかれたように勉強したね。
バイトも何個こなしていたか分からないよ。
……ある意味娼婦やってた時より大変だった。
でも人間、明確な目標があれば、そして地獄を経験していれば、死ぬ気で何でも頑張れるもんさ。
一発合格よ。
大学も心理療法士の試験も。
オレは頭が悪いから〜とか。
落ちたときに言い訳するヤツがいるけど、私に言わせりゃ単なる言い訳だな。
いい高校出てるクセに。
私なんて定時制よ。
しかも娼婦を辞めた後に通い始めてね。
今は自分に誇りを持って仕事をしている。
人生に希望を見出だしたって訳。
じゃあ娼婦は希望も何もない職業だって?
確かに、私達女には希望も何もないよ。
ただね、私達は"希望を与えている"んだよ。
世の中の寂しい男達にね。
私とあの男の時みたいに……。
"あの娼婦にまた会いたい"
そう思うだけで、そんな希望を持っているだけで、地獄の戦場から帰ってくる男だっているんだよ?
娼婦達は絶対に男達に希望を与えていると思うんだ。
人に希望を与えているって素晴らしい事だと思わないかい?
だから娼婦達は世の中のバッシングを受ける筋合いはない。
むしろ感謝されるべき存在なんだと私は思うけどね……。
だから私は今、娼婦達の心のケアの仕事もしている。
……だから、私が元娼婦だって嗅ぎ付かれたんだろうけどね。
でも私は人生に負い目なんて感じてないよ。
今は希望に満ち溢れてるんだから。
彼女は今、自分の人生に希望を見いだして生きている。
見いだすための努力もしていた。
希望を持っている人間の目は、光輝いていた。
受付をやっている男の人、顔とか腕とか……
ケガした跡がある。
そして一緒に仕事をしているその姿は光輝いていた。
もしかして受付の男の人は……。