神殿も客商売だそうです。
「おはよう」
「おはよー。俺に用? お店なら今、服の色を染めるくらいしか出来ないけど」
「いや違う。昨日の事で話しをしに来たんだ。誠に勝手ながら立ち話というのも不味いので、中に入れてくれると助かる」
「はぁ。お茶もお茶菓子も出なくてもいいのなら、どうぞ」
そう返すとゴドーはちょっと意外そうにしてたが、嬉しそうに笑って、頷いた。
お茶は出せないが冷たい水なら出せる。
冷たい水が入ったマグカップを二つ用意し、一つをゴドーの前に置く。ゴドーは軽く礼を言ってソレを口にし、驚いていた。
「冷たい」
「うん。歩いてきたから暑かったかなって思って」
「ありがとう」
嬉しそうにもう一口飲んだあと、彼はいつもと同じように結界を張ってから話し始めた。
「昨日、仕入れの話をしていただろう? それを神殿長に話をしてみた。神殿は短命種の支援もお役目の一つである。条件を呑むのであれば、仕入れの面倒を見てもいい、との言葉を預かってきた」
「条件って?」
神殿にそんな役目があるとは知らなかった。
条件次第ではぜひともお世話になりたい。
そう思ってさらに詳しく話を聞きたいと思ったのだが、ゴドーは不愉快そうな顔をしていた。
……話を持ってきた人間のする顔じゃないと思うんだけど。
「ああ、すまない。ちょっとな嫌な事を思い出したからな。まず先にこれだけは言わせて貰うが、神殿は本来、不要スキルの買い取り拒否・口出しはしてはならない。というのが大前提である事を告げた上で言う」
「は、はぁ……」
「気まぐれスキル購入後、一年間は、スキルショップ含めた、全ての場所で、スキルの販売行為は一切行わないという条件を呑むのであれば、神殿が全力を持って君を支援する、との事だ」
「……はぁ」
なんか思ってた条件とちょっと違ったぞ? どういう事だ?
「さて、この話を君にした時点で私には罰則が科されるから言うが」
「え!? そうなの!?」
「そうだ。だから神殿長は自分で説明するのではなく、私に説明させたんだ」
うっわー。そりゃ嫌な顔もするワ。
「神殿の販売は主に三つ。一つは君もよく知っているスキル。それ以外に酒と術札というのがあるが、これらの販売には貢献度がついていて、たくさん売ればたくさ貢献度が入るという仕組みになっている」
「……神殿も世知辛い」
「神殿も商売。そんなもんだ」
やっぱ世知辛い!
「そしてスキルに関しては、値段に対し、貢献度を倍にしたりする設定が組まれており、『気まぐれスキル』に関しては七倍になる」
「すげぇじゃん!」
「返却されると、さらに三倍のマイナスがつくんだが」
「ワォ」
「まだそれだけだったら良かったんだがな」
ため息一つついて、ゴドーは俺を見た。
「年末に、今年の成果を発表しあう場があるのだが、気まぐれスキルは、その一年間の貢献度の合計値に、その年に買われた個数と不要と売られた個数をそれぞれにかけるんだ」
……ん?
「君はすでに三十三個のスキルを気まぐれで買ったな」
「う、うん。買ったね」
「今はまだ大丈夫だが、このまま君が気まぐれスキルを買い続け、そしてそれが一年未満で、どこかで売られでもしたら、神殿の貢献度がマイナスになってしまう可能性もある。年始めに百万のスキルが売れたと大喜びしてた所に、君の時限爆弾のような行為に神殿長は夜も眠れないようでな」
「はぁ……」
「君の事情を聞いてこれ幸いと恩を売りに来たわけだ」
「ちなみにマイナスになったらどうなるの?」
「左遷か降格か。いずれにせよ、たいしたことじゃ無い」
いや、十分たいしたことあると思うのだが。
そんな思いが顔に出てたのかゴドーは肩をすくめた。
「神殿なんてものは、どこに行っても同じだ」
「……経験あり?」
達観した眼差しにとりあえず尋ねる。
「ああ。自慢じゃないが、私はそれなりに、顔は整っているだろ?」
「自慢だよな、おい」
「前にそれで女性がたくさん買ってくれたんだがな。買った後はすぐにスキルショップで売ってたようで、それが理由で飛ばされた」
「それで顔隠してるんだ」
「……さすがに同じことをそう何度も繰り返そうとは思わんよ」
それはそうだ。
俺は肩をすくめて、それから神殿ではどんな物が仕入れられるか、という本題に入った。
ゴドーは、一年間、スキルを売れなくなることを気にしていたが、俺は売る気がないので問題なし。
そして何より、安い!!
「それと、雑貨屋にもそれなりに配慮はしてほしい。神殿のせいで潰れたとなるとさすがに不味い」
「了解」
さすがに俺も潰れてほしいとまでは思ってないし。
了承し、俺は発注書を記入していく。
調味料と糸や布、あと自分が食べる分の野菜。果物は加工してジャムとかにしてもいいな。なんて思いながら10万円分の注文をする。
「こんなに注文して大丈夫かい?」
「お金はまだあるし、それに明日にセルキーの街に行くからそれまでに売れる物を作っておくよ」
「……そういえば、店ではどういう物を売っているんだ?」
「んー。今手元にあるのはこういうのかな?」
何故かよく売れた綺麗に着色した石をいくつか持ってきてゴドーに見せる。
「これは……宝石か?」
「まさか! ただ色を塗った石だよ」
「色を?」
そういや雑貨屋のおっさんもそんな事を言ってたなぁって思っているとゴドーが腕を組んで難しい顔をしていた。
「……そう伝えて売ってるんだな?」
「え?」
「私のように勘違いして、宝石だと思っているものもいるはずだが、これ、いくらで売ってるんだ?」
「そのサイズだと、50ゼニィだけど?」
「…………」
あれ? なんか絶句が返ってきたけど。
「な、何か、不味かった? た、高い!?」
「逆だ。驚くほど安くてびっくりしたんだ」
「え!? だって、ただの石だよ!?」
「これだけ発色が良ければ、ただの石には見えない。本物よりも発色がいいくらいじゃないか?」
「えー……」
「むしろ……私も普通に欲しいなと思うぞ」
「あ、じゃあ上げるよ」
「いや、払う」
「いや、上げるから、教えて欲しい。これって、もしかして売ると不味い?」
宝石だって偽って売ってるわけじゃないけど、もしそうと勘違いしてる人たちがいて、その人たちが騙された、なんて騒ぎ立てられても困る。
「うーん……。値段が値段だから、本物とは思わないだろうが……、ただ、買った人間が、悪用しないとは言い切れないな…………」
「あー……、そっかぁ、そうだよなぁ」
「すまない」
「いや、ゴドーが謝る必要はないけど」
「でも、お前が騙して売っているわけではないのなら、そうやって売るのもありだとは思うが」
「いやぁ、それを言われちゃうと、ちょっと悩むなぁ」
元値的にも只だし、量産がしやすいとは言え、ねぇ。
せめてアクセサリーとして加工してたのなら、値段はアクセサリーにした技術料ですとも言えるけど。
素人の加工なんて時間がかかるだけで、材料の無駄にしかならないしなぁ……。
「まぁ、明日はセルキーへの街への道を覚える事を中心にするよ。ゴドーはセルキーの街へ行ったことは?」
「あるぞ」
「ホント? どんなのがおすすめだったりする?」
「そうだなぁ……」
ゴドーのおすすめの特産品の話を聞きながら、期待に胸を膨らませる。
なんせ港街。美味しい海鮮物があるに違いない!
金策が使えなくなってゴドーは心配そうにしてたけど、どうにでもなると俺は笑ってみせた。
実際、まだどうにでもなると思うんだ。あれぐらいで、あんなのであんなに売れるんなら、さ。
「なぁなぁ、ゴドーゴドー、こういうのはどう?」
差し出したのは、ざらつきもないようにツヤッツヤに厚塗りした白い石に、真ん中にオレンジ色の星マーク。反対側は枠線だけの星マーク。★と☆って感じだ。
「……私にやり方を見せて良いのか、というのと、君、筆を使ってないんだな……」
「へ? 筆? そんなのわざわざ使うのか? それとゴドーの事は結構信用してるよ?」
「使わずに出来ると考えた君が凄いと私は素直に賞賛したい所なんだが? あと、信頼は嬉しいよ。それとこういう宝石はないから、大丈夫だと思う」
「よし! いくらぐらいかな?」
「そうだな……ふっかけてもいいと思うぞ、これ」
「……500ゼニィ?」
ドキドキしながら尋ねた。
するとゴドーは酸っぱい顔をする。
「君の金銭感覚は大丈夫か?」
「高すぎた!?」
「違う。安すぎる」
「えー!? だって元はただの石だぜ?」
「宝石だって元を正せば石だ」
「それはそうだけど」
お互いに石を見ながら意見を交わす。
パワーストーンとかっていくらだっけ?
「あ。これ、割ったり穴を開けたりしたら、元の材質なのか?」
「たぶん。そうなる。不味いんだったら奥まで浸透させるけど?」
「……おくまで、しんとう?」
なんでそこで聞き返すんだ? 不思議そうに。
石を握りながら着色する。イメージは外側から中心に向かってじわりと染みていく感じだ。
食べ物とかだと俺の世界だと割とメジャーだと思う。
実際普通の染料とかだと粒子が石の隙間よりも大きくて無理とかなるのかもしれないが、魔法での着色だ。そういうのだって自由自在だろ。そうじゃなくても、石にとか木にとか細かく指定してるんだ。出来て当然。
当然以外は認めん。
そんな事を考えながら俺は手のひらに握っている石が染まりきったのを感じた。
「よし、ちょっと割って見るか」
さっき作ったのと、今、色を染みこませた石の二つを割って見る事にする。
「石で割るのか、原始的だな」
「ノミなんて作ってないし買ってないって」
「……ノミ?」
割った二つ。一つは表面だけが着色され、中は普通の石。もう一つは無事、断面も全て真っ白になった石。
「お! やった! これなら加工されても問題なくね!?」
と、振り返ってみたら、ゴドーがすっごい頭を抱えてた。
「ゴドー?」
「ありえない……」
「そう?」
「そう……。エド、これ、きちんとした商品名を作って売った方がいいと思う」
「……そう?」
「ああ。そしたら『宝石の偽物』と言われることもない」
「分かった。値段は?」
「装飾品と考えたらなぁ……。このサイズでも普通に2000、3000ゼニィくらいしてもいいと思うぞ」
「マジで!?」
「本音を言うと、5000ゼニィでも売れるとは思う」
「…………」
ゴドーの言葉に俺、ぽかーんだ。
アホづらを晒してしまった。本気で。
「君がこれをどの程度流通させたいかにも寄ると思う。あと、この模様が表面にしかないから、加工の難しさが……」
「あ、断面にもその模様を出す事は可能だと思う」
「……可能なのか?」
「うん。切っても同じ模様が出るってそんなに難しくない」
「…………本当に?」
「うん」
金太郎飴みたいなもんだろ?
思いつつ、俺は別の石を持ってきて、着色していく。
今度は十字だ。クローバーとか三つ葉とかでもいいかもしれん。
あ、あとは。
「ゴドーゴドー、こういうのは?」
ウサギ、鳥、猫などの、シルエットを中央に着色した石。
「……」
「あ、でもこれだと、断面見せるのが難しいな。ちょっと待ってて」
声をかけて俺は流木の一部を持ってきて、斧で切り落とし断面を綺麗にして、着色する。今度は黒地に桜マークだ。
「ゴドー、切ってみてくれ!」
斧を差し出し、試して貰う。
ゴドーは無言で斧を振った。鈍い音を立てたが、断面は綺麗に切れていた。そして断面には綺麗な桜のマークがある。
「無事出来たな!」
俺はドヤ顔を見せたがゴドーは考えこんでいる。
「……ゴドー、これ、アウト?」
「……いや、どうするべきか考えている」
「と、いうと?」
「君が着色したこの分は、どれだけ薄く切っても、この模様が出てくるわけなんだな?」
「うん」
「買った人間が薄く切り、数を増やす事もたやすいのか、と思ってな」
それを踏まえた値段設定にすべきか悩んでいるらしい。
確かに木材だったら切るのも加工するのも楽だもんな。
「……なら、差別化すればいいんじゃないか?」
「え?」
「こっちは市民用。こっちは貴族用」
木材を市民用に、石を貴族用に、中のデザインを、市民用は簡単なものに。貴族用はちょっと複雑なものにしてみる。
たとえば、バラとか雪の結晶とか。
テーブルにそれらしく描いていくと、ゴドーが軽く声を上げた。
「だからか!」
「へ?」
「君、『着色』と『かく』のスキルを混合してるだろ!?」
「……たまにどっちがどの素材に対応してるか分からなくなる事はあるけど?」
「『かく』等のスキルはペンを不要とする。指でかくのが当たり前だ。君は先にこのスキルを獲得してる。だから、色を着けるのにも、着けるための道具が必要だとは考えなかったんじゃないか?」
「……ああ、最初に言ってた筆の事? うん。正直、これっぽっちも浮かばなかった」
納得した。とゴドーは一人頷いていた。
納得してくれたのなら話進めようやー。と俺とゴドーは結構遅くまで、色々話し合った。
喉が何度か渇いたので水を飲んだが、こういう時はやっぱり味がある物が飲みたくなるし、口が寂しくなるので食べるものが欲しい。
セルキーの街でお茶とかお茶菓子とかがあったら買っても良いなぁ。なんて思った。