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だから、チートじゃ無いってば!  作者: 瀬田 冬夏
第2章 ヒューモ族
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好きという気持ち

本日二つ目。

お食事中の方には不適切な描写があるかも。



 夜明け前。風呂に入りたくてクパンの家に戻ってきて、バスルームと自分を丸ごと綺麗にし、浴槽にお湯を張ると沈むように浸かる。

 スキルのおかげで水の中でも呼吸が出来るので、顔を沈めても問題はない。


 気持ちよかった。


 久しぶりに、というより生まれ変わって初めて女の人を抱いた。

 体の中の作りは違うのだろうが見た目はほぼ変わらず、まごつくこと無く出来た。


 とても気持ちよかったわ。癖になりそう。また来てね。絶対よ。お願いだからまた私を抱いてね。


 潤んだ瞳で、そんなリップサービスまで言って貰えた。

 流石です。そんな事言われたらまた通いたくなってしまいます。

 そうふざけた考えを思い浮かべると、口元に歪んだ笑みが浮かんだ。


 気持ちよかった。


 主導権は俺が握り、暴走すること無くその人を抱けた。

 柔らかな肌。膨らんだ胸。丸みを帯びた肩。

 その人の女性らしい体つきは覚えているのに、顔は思い出せない。

 最後に潤んだ瞳で見上げてきた事は覚えているのに、顔は思い出せない。

 覚えているのは首回りまで。

 細い首。その先にある、顔。

 涙目で、また抱いて。そう言った彼女ではなく、別の顔が浮かんで、俺はとっさにトイレに転移し、胃の中をぶちまける。


「げほ、げほっ」


 生理的に浮かんだ涙をこぼしつつ、胃を締め付ける感覚に吐瀉する。


 気持ちよかった。

 でも、ただ気持ちいいだけだった。


 抱きたい。

 彼女(・・)を抱きたい。

 身勝手な気持ちでそんな事を思う。


 心の奥底でくすぶる思い。願い。欲望。

 あの日からずっと見ない振りをしてきた感情(もの)


 やってしまった。

 

 そんな自分がおぞましい。

 

「う……く……」


 吐き出したものに、苦しさから出てきた涙が落ちる。


 ああ、もう駄目なのか。


 そう思うのに。


 まだ、想っていたい。


 そう思う自分もいて。


 あの人を代わりにしてしまった。


 ごめんなさい。すみません。


 心の中で何度も謝る。嫌悪がわき上がる。

 そんな事しないと思ってた。

 でも実際にはしてしまった。


 この想いを消してしまえば、諦めてしまえば、きっと新しい恋も出来るのだろう。

 でも、それが出来ない。自分勝手で、身勝手な想いに手を伸ばせば叶えられると知っているから。


「ああ……あぁぁぁぁ……」


 認めるわけにはいかない想いが、胸を駆け巡る。心をかき乱す。


 名前を呼びたくて、呼べなくて。

 口から零れるのは言葉にならない音だけ。


「もう……いやだ……」


 天を仰いで、心の中だけで、その名前を呼んだ。


 

 





 感情が落ち着いてから俺は城へと戻った。

 ……城かぁ。城だよなぁ。王都に城持つとか、ケンカ売ってる? って言われかねないよなぁ。これ……。

 そんな事を思いながらキッチンに行くと、居るのはバロンだけ。


「おはようございます! エド様!」

「おー、おはよう。セリアは?」

「まだ来てません」


 バロンは下ごしらえをしながら気にした様子もなく答えた。

 セリアなら寝坊も普通にあり得るのだが。

 寝坊した理由が、何かにもよる。

 前世()のように起こしにはいけない。

 だって、もし、その隣に……、ネーアが寝てたりしたら、いたたまれない……。

 そう思うと起こしにもいけない。

 今の俺に出来る事と言えば、バロンの手伝いくらいだ。


「ここは私一人でも大丈夫です。エド様はどうぞ、ゆっくりしててください」

「いいよ、暇だし」


 キッチンから追い出そうとするバロンにそう答える。

 今はあまり一人で居たくない。


「タンガは?」

「城の周り……敷地内を見て回ってます。警備の問題もありますし」

「ああ、一応、結界は俺の方で張ってあるんだけど」

「はい! これだけの広範囲をずっと張り続けられるエド様は流石です!」

「……警備の人は、防犯の意味でも居た方がいいかもな、って続けたかったんだけど……」

「そうですね。抑止効果は必要ですね」

「……バロンの目には俺はどう映っているのか……」

「そうですね。凜々しくて、かっこよくて、美しくて」

「ストップストップストップ。語らなくて良いから」


 しかもアルフ族に「美しい」なんて言われたくない!


「駄目ですか?」

「止めて。マジ止めて。俺が恥ずか死ぬ」

「残念です」


 しょんぼりすんなソコ。たとえしょんぼりされても許可は出さないからな!

 そんな会話を繰り広げていると軽い駆け足の足音が二つ聞こえてきた。


「おっはよぉー!」


 ニアがご機嫌で入ってくる。


「おー。おはよう。ご機嫌だなぁ」

「うん! 今日はおねぇちゃんと眠ったからね!」


 どっちの意味だろう。とか思う俺は駄目だろうか。


「おはようございます。エド様、バロン様」

「おはよう」

「おはよう」


 さて、ネーアが起きてきてもセリアが起きてこないって事は普通の寝坊だな。

 ニアとネーアは昨日一緒に眠ったっぽいし。


「セリア、起こしてくる」


 やりかけの作業をまな板において、俺はセリアの部屋へと転移した。


 そこには、まぁ……うん。

 お前、女の子として、その寝相はどうよ……。

 と、ぼやきたくなるような恰好の妹が居た。


 セリアの上にある掛け布団を取ろうとしてまだ手を洗っていない事を思いだし、清潔を使った後、どうせなら、と室内を一気に冷やす。


 ぶるっとセリアの体が震えた。


 彼女が布団を捕まえる前に、俺はその布団を引っ越しにて手元に移動させる。


「さむいっ」

「起きろ~。お前は朝食当番だろうが」

「お兄、寒い。寒い。まじ寒い、鬼寒い」


 胎児のように体を丸めてセリアは口にする。

 頭は一気に目覚めたようだ。

 良かった良かった。


「とりあえず、きちんと体を起こしたら温度は戻してやる」


 そう告げるとセリアはすぐさま上体を起こし、腕をさする。

 俺は部屋の温度を戻す。

 それでも冷えた体はすぐには戻らないのかセリアはまだ腕をさすっていた。


「まさに、鬼畜のごとく所行」

「そうかよ」


 俺が昔どれだけお前を起こすのに苦労したと?


 そんな事を思いながら、別の事も気に掛かった。


「……お前最近、欲求の方、落ち着いてる?」


 尋ねるとセリアは顔を真っ赤にして、セクハラと声を上げた。


「いくら兄妹(きょうだい)でもそういう話をするのはセクハラ!」

「俺は真面目に聞いてる」


 恥ずかしさのあまりそう喚くセリアに、俺は静かにそう告げた。

 セリアは顔を真っ赤にして、口をへの字に曲げてたが、やがて、肩を落とした。


「……あれから、二回……ネーアのお世話になった……」


 泣きそうな声で告げられた言葉に、俺は舌打ちしたい気分になった。

 自分の事でいっぱいいっぱいで、同じ症状を抱えているはずのセリアにまで気が回らなかった。


「最近じゃ……、シェーンとかタンガとかに、その……エッチしたいなって思っちゃう……」

「……意外な名前が出てきたな……」

「だ、だって、シェーンはアタシの事、きちんと女の子扱いしてくれるし、ネーアの方がずっと美人なのに、でも、どちらかというとアタシの方を優先してくれるんだよ? 気にならない方がおかしいでしょ」

「はいはい」

「タンガはタンガで、最近は普通に、かっこいいし」

「お前、筋肉って平気だったんだ?」

「昔はあんまり興味なかったけど、この世界だと戦うのって普通じゃない? だからむしろ守ってくれそうなあのガタイがかっこいいなって」


 頬を染めて、そう言ったかと思ったら気落ちした表情に変わる。


「分かってるんだけどね。私自身の価値じゃなくて、エドの妹っていう価値でしか見られてないの」

「シェーンについては違うだろ」

「え?」

「だってあいつ俺の事未だに呼び捨てだぞ?」

「それはそうだけど」

「シェーンの場合は神の貴石がきっかけだろ」

「ああ……あれか。あれって、そういやとっても貴重な物なんだよね……。あんまり意識してなかったけど……。そっか、だからか……」

「好きだったのか?」


 落ち込んだ様子にそう問いかけると、セリアはしばし考えたようだがゆっくり首を横に振った。

 

「分かんない。アタシね、ネーアの事本当に大好きな友達だって思ってるよ? でもね、やっぱりちょっと嫉妬しちゃうの。一緒に歩いてると、男の人はみんなネーアばっかり見るから。ちょっとだけ、……羨ましいって思うの。でもシェーンはそんな事なくて、あの耳とかしっぽとか誘惑度高いよね! いつかモフりたいなって思ったりしてて……」


 そこでセリアは口を閉ざした。

 それから震える声で言った。


「二人と……エッチする事を想像しちゃうの……。アタシの事、好きじゃなくても良いから、触って欲しいって、抱いて欲しいって思っちゃうの。二人の気持ちなんて、無くても良いからって。そんなの……おかしいよね? ……ねぇ、お兄ちゃん……。好きってどんな気持ち? アタシ、自分の事だけどわけわかんないよ。好きだから抱いて貰いたいのか、気持ちいいから抱いて貰いたいのか、わかんない……」


 ポトポトと涙がこぼれ落ちる。セリアはそれを乱暴に拭いて、セリアは忌々しそうに口にした。


「ヒューモ族の体って、泣く事にも正直だよね!」

「そうだな」


 苦笑しながら、俺は一枚のスキル札をセリアに差し出す。


「やる」

「……これ、スキル?」


 涙を拭き、少し鼻をすすりながらセリアは尋ねてくる。


「ああ」

「初めて見るスキルだね。どんなスキルなの?」

「お互いの同意がないと妊娠する事のないスキルだよ。スキル譲渡発動」


 スキルがセリアの中に吸い込まれていく。

 悪魔の目で確認したが、愛の結実はセリアのスキルとして定着したようだ。


「念のため、お前が持ってろ」

「…………うん、ありがとう」


 頭を撫でながらそう告げると、セリアは顔を上げて、少し安心したように微笑んだ。

 

「これで、もし子供が出来ても、二人が望んだ結果って事でお互いに好きって事だよね?」

「……そんなつもりで渡したわけじゃねぇんだけどな……」


 斜め上の解釈に俺は呆れたが、でも、そうなのかもしれないと苦笑する。


「そうだな。そうかもな」

「だよね」


 嬉しそうに笑う妹に、俺はため息をついた。


「あのなぁ」

「大丈夫分かってる。安売りする気も無いよ。我慢出来る所まで、我慢する」


 セリアはベッドから居り、俺の正面に立つと抱きついてきた。


「エドがお兄ちゃんで良かった」

「……それは、俺もだよ、セリア」


 セリアの頭を撫でてやる。


 元日本人で、現ヒューモ族で。

 共通点も多い俺たちは、もし、何の関係も無かったらきっとお互いの事を恋愛対象として意識しただろう。

 きっとそれはそれで今とは違う安心感があったのだと思う。

 でも、それは、薄氷の安心だったと思う。

 

「ほれ、さっさと着替えて、働け」

「はーい」


 元気よく返事をして離れるセリア。

 俺は先に戻ると声をかけて部屋から出て行く。


 お互いに恋愛感情を抱かないからこそ、安心出来る関係もあるのだ。

 兄だからこそ、妹の心配をし、妹だからこそ、兄に甘える事が出来る。

 なんの気兼ねなく、なんの含みも無く。お互いに、お互いのままで居られる。



  



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