セリア組③
次からはエド視点に戻るかな?
「夜分遅くに失礼します。この村の村長さんですか? 早速ですが、取引しませんか?」
村で一番大きな建物を見つけ、扉をノックした後、出てきた人物にセリアが発した第一声はそれだった。
流石にそれはどうだろう。とシェーンも思ったし、出てきた人物もうさんくさそうにセリアを見た。
外見年齢が二十歳を超えているからあまりみんなそうは思わないが、セリアの精神年齢はそう高くもない。魂に起きている焼き付け年齢は、エドの妹である分、当然エドよりも幼い。大人だった記憶もあるが、子供だった時の記憶の方が多く強い。
そして、今、緊張の余り、セリアの精神年齢は十代前半に近いと言っても良かった。
「なんだ、あんた」
「失礼。この村の村長ですか?」
シェーンがセリアの前に出て、住人に尋ねる。
「……それは親父だ」
「お取り次ぎを願えませんか?」
いつもと違うしゃべり方にセリアはぽかんとシェーンを見た。
「こんな時間に来るなんざ、非常識だな」
「それは」
「それは重々承知です! でも、明日じゃダメなの!」
「あぁ?」
シェーンの言葉を遮りセリアは言う。
その内容にシェーンは少しだけ天を仰いだ。
切羽詰まってると受け止められかねない言葉を使ったために後々相手にそこを突かれかねない。
「セリア殿。オレに交渉を任せてくれないか?」
「…………ごめんなさい」
シェーンの言葉に自分が何かしらの失敗をしたのだと思い至りセリアは水の魔道具を握りしめたまま謝る。
落ち込ませてしまった。とシェーンも落ち込みかけたが、今はこちらが先、と村長の息子を見る。
「非常識なのは謝罪しよう。だから話を聞いては貰えないか?」
「はっ、帰んな。用事があるのなら明日日が昇ってる時間帯にもう一度、手土産でも持参してくるがいい」
「それじゃダメなんです。彼女の希望は今日中なので」
「そうかい。じゃあよそにいきな」
「どうしてもダメですか?」
「しつけぇな」
「……分かりました」
「シェーン!?」
驚くセリアを置いて、玄関の扉が閉まっていく。
「セリア殿、そんなに心配しなくても、水の魔道具と取引なのです、他の村でも十分に交渉相手は見つかるでしょう」
セリアにかけているはずの言葉は閉じられていく扉に向けて紡がれていた。
閉じる直前、その動きが止まる。シェーンは口元に一瞬だけ笑みを浮かべたが、すぐにセリアに向き直り、その肩を抱いた。
「さあ、行きましょう」
抱き寄せられる形でセリアはシェーンと連れ立って歩く。
セリアは交渉決裂よりも、自分を抱き寄せる左手に注意が行っているようだ。
「おい待て」
三メートル程離れた所で声が掛かった。
二人は半歩遅れて足を止める。
「水の魔道具だと?」
「ええ、そうです」
「本物か?」
「もちろん。神に誓って」
「……良いだろう、親父に会わせてやる」
彼は言って、入れと一度扉を大きく開けた。
「セリア殿。その水の魔道具は名前とかあるのか?」
こそりとシェーンが尋ねる。
「え? 蛇口かな?」
「ジャグチだな。分かった」
シェーンは頷いて、中に入る。ざっと周りを見渡し、少し遅れてセリアも入ってくる。
「おい、こっちだ」
男が呼ぶ場所に二人は連れ立って歩く。
土の上にそのまま布を敷いた場所に座れと指示されて二人は座る。
対面して座っているのは初老に近い男性だった。
「それで? こんな非常識な時間にどんな取引だってんだ?」
やはり有る程度話は聞いていたらしいと判断し、シェーンはまずは謝った。
「このような時間に訪問、失礼した」
「失礼しました」
セリアも倣い頭を下げる。
「時間も時間なのでさっそく本題に入りたいと思います。私達がしたい取引はただ一つ。この村にいるアルフ族全員とこの水の魔道具の交換です」
「はっ! 話にならん。帰りな」
「話になりませんか?」
「当たり前だろ。それにどれだけの水が入っているかは知らんが、アルフ族全員とだなんて論外だ。帰んな」
「違います。この魔道具は、魔力と引き替えに水を生む魔道具です。MPが5あれば十分に水が出ます。使用者の魔力を使用するので、魔石タイプの様に、溜め込まれていた魔力が消えて水が生み出せないという事もありません」
シェーンは蛇口を見ながら言葉にする。
エドからほぼ何の説明も受けてなかったために、今、神に頼んで鑑定のスキルを手に入れてしゃべっている状態だ。
せめてもう少し説明してから行け! と怒鳴りたいがこんな展開になるとはきっと向こうも思って無かっただろう。もし分かってたら一発殴らせろくらいは言いたい気分だった。
「……それでも全員は無しだ。数人と」
「いいえ。全員とです。それ以外はあり得ません」
村長の言葉を遮りシェーンは言う。
「……帰りな」
「……それは交渉決裂という事でしょうか?」
「……なんでですか?」
セリアが問いかける。悔しそうに。
「だって、水があればいいんですよね? アルフ族を水と交換してるんでしょ?」
「だからってな、金のなる木を根ごと渡す人間はいないだろ。女は全員渡してもいい。だが男は残す。それが最大譲歩だ」
「…………アルフ族の事、なんだと思ってるんです?」
「は。ヒューモ族のあんたにそんな事言われるとは思わなかったがな。あいつらの商品価値を高めてるのはあんたらヒューモ族だろ?」
村長の言葉にセリアは歯を噛みしめる。
「……分かりました。シェーン行こう」
セリアは立ち上がり、シェーンは躊躇ったが立ち上がりセリアについていき村長の村を出る。
「セリア殿、こうなったら一人一人意志を確認して---セリア殿?」
ネーアの家とは違う方向に歩いているセリアに気づき、シェーンは声をかける。
セリアは無言で、村の中央に行くと光の魔法をいくつも放ち、村全体を明るくする。
そしてセリアは息を大きく吸った。
「アルフ族の皆さん!! 聞こえますか!!」
セリアは出せる限りの声を張り上げた。風の魔法を使い、村中へと届ける。
シェーンはその様子にぽかんと口を開けて魅入った。
「皆さんはけして、見た目だけの種族じゃないです! 売られるだけしか価値のない種族なんかじゃないです! アタシの友達はアルフ族です! 彼女はアタシなんかよりもずっともっと手先が器用です! 裁縫だってアタシよりもずっと上手いです! 料理だってずっともっと上手です! 彼女が作った物は普通に売り物になります! 今度新しくそういうお店を作ります! 彼女と一緒に商品作りとかしてみませんか!? アタシ達と一緒に行きませんか!? お店で働かなくもいいんです! 自分がやりたい仕事でいいんです! でも、この村に居てはみんなの未来はないです! みんなにはいっぱい未来があるんです! お願いだからアタシ達と一緒に行きましょう!?」
叫ぶように呼びかけて、乱れた息を整えるセリアに、シェーンはやがて笑い出す。
「ははっ。ははは。そういう手で来るとは思わなかったぞ、セリア殿。兄同様、考えが読めぬなぁ……」
さて、こんな事したら、周りの者も黙っていないだろう。
シェーンは意識を戦う方向に切り替える。
村のあちこちから怒気を感じる。
今は村全体が明るいし、風魔法の影響で音の発生源は分からないだろうが、そのうちすぐにこちらに気づくだろう。
絶対に守ると言ったのだ。守らねば。
シェーンが気を引き締めた時、別の女性の声が空から届く。
『アルフ族の皆様に、我が主からお伺いいたします。皆様の声は影から発せられるため、願うだけで結構です。この地から、出て行きたいと思いますか? 自分が一人の人間として生きていける土地に行きたいと思いますか? 親兄弟と離れるのがイヤだというのであれば、家族と共にでも構いません。そこで人として生きていきたいと思いますか? 新しい自分を見つけたいと思いますか? 思うのであれば願ってください。願うだけで構いません。その願いは影の声となり我が主へと届きます』
「……これ……? お兄?」
「分からんが……たぶん、そうだと……」
『ご回答ありがとうございます。全てのアルフ族の願いを聞き入れました。転移を開始します。終了しました。それでは皆々様。ごきげんよう』
その言葉と同時にシェーンとセリアの視界が一変した。
広大な湖の畔で、家が二軒ぽつんとあり、それとは別に十数名のアルフ族とその家族の一部だと思われるバースト族がいた。
「ここは……?」
「バロン様がお作りなった新しいオアシスですよ」
「「タンガ」」
声をかけられて二人は振り返りその名を呼ぶ。
「何名かのアルフ族とバースト族のための村を作るとかで急遽作ったんですがね、どうです?」
「どうもこうも、素晴らしいな」
シェーンが湖を見ながら嬉しそうに言う。
「俺もそう思う」
シェーンの言葉にタンガも大きく頷いた。
笑い会う二人。その二人を見て、きっとここに居るであろう兄の存在を感じて、セリアはため息をついた。
兄が傍に居ない分頑張ろうと思ったはずなのに、結果は最悪だったのだろう。
ほんと、お兄がいないとダメダメなぁ……アタシ……。
ちょっぴりセリアは泣きたい気分になった。
あ。土日は更新はお休み予定です。
ガッツリ進んだら、更新するかもしれませんが、基本はお休みです。




