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だから、チートじゃ無いってば!  作者: 瀬田 冬夏
第2章 ヒューモ族
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セリア組①

前半三人称

後半エド視点。



 小さなランプが、質素な室内を照らしていた。

 その炎を一人の女性が見つめている。

 重ね合わせた手は爪が食い込んでいて、やつれた顔には濃い疲れが見えた。

 唇が少しだけ動く。音はせず、「早く」と紡ぎ、やがてまた同じ言葉を紡ぎ、そして「帰ってきて」と動く。

 その瞳は濡れていて炎の光を美しく反射する。


 コンコン。


 躊躇いがちに扉が叩かれて彼女は立ち上がり、扉へと駆ける。


「あなた! おかえりなさ……い……」


 扉を開けて出迎えた。しかしそこに立っていたのは待ち焦がれていた人ではなかった。

 彼女はその人物を見て、目を大きく開けて後ずさる。

 そんな様子にノックした人物は苦笑した。


「……ネーア……」


 彼女はそう口にした。


「うん……。……ちょっとだけお邪魔しても良い? お母さん」


 ただいまでもなく、帰ってきたよでもなく、ネーアはそう口にした。

 まるで自分の家はここではないと言うように。


「……ぁ……」


 彼女、ネーアの母親はなんと答えれば良いのか分からないのか、不安を表すかのように胸元で手を握りしめた。


「今ね、お世話になってる人が夏の国に来てて、それでその人の用事が終わるまで家族に顔を見せにいってきなさいって来たの。だから……もしかしたら今日は泊まるかもしれないけど、でも、明日には帰るのかな? だから……。だから、心配しないで」


 自分にこの村に居場所がない事は分かっていた。エドに伝えたとおり、邪魔者でしかない。

 ネーア自身、帰りたいと思うのはエドやセリアの傍でこの村ではない。

 だから帰ってきたとは言わないし、帰ってきたと不安にならないで欲しい。心配にならないで欲しい。

 家族を追い詰めることなんて望んでいないとネーアは言葉を選び話しかける。


「……恨んでいる?」


 やっと口を開いたと思ったらそんな言葉でネーアは瞠目して、それから苦笑し頭を振った。


「私ね。今幸せなの。今までの事がこの幸せのための試練だったって思えるくらいには。だから、恨んでないよ」


 心の底からそう母親に告げれば、母親は泣き崩れてしまった。

 ネーアは困ったように母親を見たが、振り返りみんなに声をかける。


「えっと、ちょっと慌ただしいかも知れないけど入って。外は寒いし」

「う、うん」

「……」

「失礼する」


 セリアは躊躇いがちに、ニアはネーアと、ネーアが泣かせてしまったように見える女性を見ながら、シェーンは最後に入り、周りを一度確認して扉を閉めた。


「母さん、泣かないで。みんなにきちんと紹介させて? そしてみんなを紹介させて? 私の大事な人達なのよ?」

「……ネーア……」


 涙で濡れた顔を上げる。

 薄明かりに照らされた娘の顔には、憎悪のようなものは見当たらない。

 母親は頷いて、のろのろと立ち上がる。ネーアはそれを見て、安心するとふわりと小さな光の玉を出す。

 それはランプよりも明るく鮮やかに室内を照らす。


「…………」


 母親は呆然とその様子を見ていた。

 ネーアはネーアで、相変わらずの様子に気づかれないように息を吐いた。


 何も無い。そう言いたくなるほど、物がない。

 辛くきびしい生活を変わらず続けているのだろう。


「……お姉ちゃん……?」


 奥から一人の少女が出てきた。こちらも驚くほどの美少女だ。

 顔面偏差値が高すぎる。とセリアは内心やさぐれた。しかしそのやさぐれオーラを出せばまたネーアの母親が怯えてしまうかも知れないと必死に抑える。


「アズア。元気だった?」


 ネーアは奥から出てきた少女にそう声をかけると、彼女もまた泣き出してしまった。そしてネーアに抱きついてくる。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


 感極まったように泣く妹の背中を撫でて、あやしていると妹アズアは顔を上げた。


「お姉ちゃんどこから来たの!? あたし達も連れてって! もうやだよ! これ以上お姉ちゃん達が売られるのなんて見たくないよ! お父さんが帰ってきたら逃げようよ! こんな村より良い場所いっぱいあるよ!!」


 妹が叫ぶように口にした言葉にセリアは驚き、シェーンは遅れて防音結界を張る。

 対応が遅れた事に、シェーンは内心に舌打ちし、軽く防音結界から出て耳をピクピクと動かすが、小さな足音も聞こえない。

 それでもこの家が探られているのを感じる。


 防音結界内に戻り、別の結界を家全体に張りかけて、慌てて範囲を小さくする。

 先ほど妹は父親が帰ってきたらと言っていた。家主を追い払う結界を張るわけには行かない。


 玄関は出入り出来る様に結界を張り直した所で、セリアがネーアに尋ねる。


「どういう事?」


 ネーアに戸惑った様子も驚いた様子もない。妹がそういう理由が分かっているようだとセリアが問いかける。

 ネーアは弱ったように笑った。なんと言って誤魔化そうか。とも見える表情にセリアがむっとしていると、母親が口を開いた。


「あたしのせいです。あたしが全部悪いんです。あたし達が……」

「お母さん泣かないでよ。ねぇ、お願いだから」


 ネーアが困ったように、母親に声をかけるが、母親は泣くばかりで顔を上げる事もない。


「お父さんは? 仕事っていつ頃帰ってくるの?」


 これは父親から話を聞いた方が話が早そうだとセリアが尋ねると、娘達は困り果てた顔をした。


「……分かりません。相手が満足するまでとしか……」


 アズアが口にした内容に、セリアは嫌な予感がした。


「……この村ではアルフ族の男性は村の共有財産なの」

「……はぁ?」


 セリアが何に戸惑っているか理解出来たネーアがぽつりと口にした。しかしその言葉の意味がセリアには分からなかった。いや、分かりたくなかった。


「本当はアルフ族同士で結婚する事も認められてないんだけど、お父さんが自分の命を賭けてお母さんと一緒になる事を望んだの。色々条件はつけられたみたいだけど……」

「お父さんは毎晩村の女性達の元に通ってるわ。それが仕事なの。少しでも多くの水を得ようと思ったらアルフ族を一人でも多く売った方がいいから。アルフ族の女はそんなに子供が産めないけど、バースト族の女性はたくさん子供が産めるわ。だからお父さんは村の女性を抱くの。それは仕方が無いことだわ」


 告げる事を躊躇った姉の言葉を引き継いで妹がセリアに説明する。


「……」

「私は生まれつき、体に痣があるから、あまり高値が付かないってことで、売られなかったけど、来年には村の男性と結婚する事が決まってるわ」

「……ねぇ、これ、アタシどっからつっこめばいいの?」

「つっこむ? なんの話? ……あ、あなたもしかして、男性なの?」

「違うわよ! なんでそっちに話を持ってくのよ! 全然違う! シェーン! 夏の国の村ってみんなこうなの!?」


 妹に対して怒った顔のままシェーンを見る。シェーンの耳は少し伏せ気味だ。

 セリアが怖いとかではなく、言いづらいためだろう。


「大なり、小なり、あるとは思うが、ここまではそう、多くは無いと思うが……、無い話ではない」


 言葉を濁そうかと思ったが最終的には彼はそう口にし、セリアの言葉に頷いた。

 セリアの額には皺がより、見事な溝を作っている。


「あの人、何を怒っているの?」

「……セリアからしたら、この村のやってる事は許せない事なのよ」

「どうして?」

「どうしてですって!? 人の人生をなんだと思ってるの!? っていうか種馬扱いも酷いけど、女性を子供を産む機械扱いなのも許せないだけど!」

「どうして? だってアルフ族の女なんて子供を産むことか水のために売られるぐらいしか出来ないのは本当だわ……」


 アルフ族である彼女がそう口にする。

 それがセリアにとって、限界だった。


 懐からとある物を取り出しボタンを押す。


「お兄ちゃん!! 今すぐ来て!!」


 エドから渡された電話に怒鳴りつけた。



*** ***



「あのですね、セリアさん。そんな大声を出さなくても聞こえるのですよ……」


 形に拘って電話型にしたのが不味かった。鼓膜破れるかと思った……。


「お兄ちゃん! この村に居るアルフ族全員連れて帰ろう! 今すぐ!!」


 転移して現れた俺にくってかかるセリア。


「イヤ待て。怒ってるのは分かったから、ちょっと待て。本人の同意もなく、未成年の場合は親の同意も必要だろ? そういうのはきちんとしとかないと後々大問題になるかもしれないし」


 落ち着くようにと手で盾を作る俺。

 そんな俺たちの横でシェーンが。「結界張ってあったのに。なんであっさりと侵入してるんだ」とかぼやいている。

 はっはっはっは。あれぐらい楽勝楽勝。と、本人に向けてドヤ顔したいが、残念ながら目の前には憤慨中の妹がいる。下手な事すると機嫌はさらに悪化するので、ぐっと堪えた。


 さて。事情はよく分からんが、どうせ聞いたら怒れるヒューモ族が二人になるだけだろうし。

 要はあれだろ? 村に居るアルフ族を全員手放してもいいだけの価値があればいいってことだろ?


 業務魔法で蛇口を取り出し、地面に突き刺すためのパイプとくっつける。Jをひっくり返した形というか7というか。そんな形にした。

 蛇口の留め具であり、温水冷水を示す色部分に魔法陣を組み込んでいく。


「コレで完成っと。ほれ、セリア」

「コレ何?」

「見ての水の魔道具だ」

「……手抜き感はんぱなー」

「煩いなあ。重要なのは機能なんだよ。なぁ?」

「ム? まあそうであるな」


 突然話題を振られてシェーンは驚いたようだが同意した。


「効果としては蛇口をひねった人間、もっと正確に言うと青い円に手のひらを当てればそこから魔力が吸われて水が出るから」

「魔力?」

「最大5MPだよ」


 MPの数字を聞いて、シェーンは納得したようだ。

 アルフ族やバースト族にとってMP5はわりと大きい。

 それでも自然回復とで、一日何回かは使えるだろう。


「じゃあ、俺は戻るけど、気をつけろよ?」

「気をつける? 何に?」

「お前達を殺したら、アルフ族は手元に残り、水の魔道具が手に入るから」

「……分かった気をつける」

「セリア殿達はオレが命をかけて守ろう」


 シェーンが胸を叩いてそう言ってくるので信じる事にした。

 まあどの道、セリアもネーアもそれなりに強くなってるから、そう簡単に殺せないし、防御用のアクセはさせたままだから大丈夫だろ。


「じゃ、戻るから。交渉頑張れ」


 俺は一応、エールを送って転移して元の場所に戻るのであった。


 








酷いのはヒューモ族だけじゃなかった。みたいな。

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