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だから、チートじゃ無いってば!  作者: 瀬田 冬夏
第2章 ヒューモ族
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居場所

加筆修正しました。




 日本に戻って何がしたかった、とかはなかった。

 ただ逃げ出したかった。




 家の椅子に座って、どれだけの時間が経ったのか、馬のいななきがして、家の前に止まったのが分かる。


「エドいるか!?」


 叫ぶようにゴドーが俺を呼んで中に入ってきた。


「いるよー」


 とりあえず返事を返す。ゴドーは俺を見てほっとしたのもつかの間駆け寄ってきた。


「神から一度完全にエドの気配が消えたと言われた。何があった? 無事なのか?」

「何もないよ」


 そう、何もなかった。

 あるのは昔の俺の居場所だけ。俺の居場所はどこにもなかった。


 家の中も通学路も、記憶通りだけど、でもどこか俺を拒絶しているように見えた。

 ただの気のせいだろうけど、俺の今の感情のせいでそう見えるのだと分かっていたけれど、でも、結婚式を挙げたホテルとか見てさ、その事は覚えているのに、嫁さんの顔も名前も、その時の気持ちも思い出さなかったら、なんか、もう、終わってるんだ、って思った。


 じゃあ、今居る俺はいったいなんだろう。って思って、結局この世界に戻ってきて、村にある家に帰ってきて、ただ座ってぼんやりとしてた。


 でも、確かに、もしかしたらって思っていた。ゴドーが来てくれるんじゃないかなって。


 俺は笑う。こんな心境だからこそ笑っていた。


「なぁ、ゴドー。しようぜ」


 ゴドーの腕を捕まえて、返事も聞かずに俺は転移する。





 みんながみんな、日本の常識はいらないという。

 でもそれは俺の一部だと思う。俺の人格の根本にあるもの。


 つまり俺はいらんってことですか?


 ステータスの高い俺の体だけがあればいいですか?

 面倒な事に拘ってる俺はいらないってことですか?


 やさぐれた気持ちになったし、どうでもいいっていう気持ちになった。

 逃げたはずの場所でトドメをさされたわけだ。


 だから、この人格()にとって最後の砦とも言えるゴドーに最後を任せたかった。

 拒絶してもらいたかった。

 そんな風になるのなら、忘れてしまえって、面倒な事を考えるなって。なんでもいいから、俺が悲劇の主人公になれるようなセリフを言ってもらいたかったのだ。

 なんでもいいから、拒絶されたかったんだ。馬鹿な事に。それこそ、子供の考えだ。


 だから……。だからこそ言わせて貰おう。


「ゴドー。少しはNOと言える人間になろうか」


 俺は、真剣にゴドーにそう説教する。


「…………なんで……いきなり、説教されなきゃならないんだ……?」


 酷く掠れた声でゴドーは気だるそうに言う。


 そりゃ説教の一つも二つも言いたくなるよ!

 俺はね、お前に拒絶されたかったの。お前に酷い事を言われて、それがショックで俺は消える。

 俺が消える全ての理由をお前に押しつけたかったの。だから欲望に身を任せたし、それこそ、物扱いとすら言える扱いすらした。ややアブノーマルな事だってした。

 水とゼリー状の食料を少し与えるぐらいで、睡眠はほんのちょっとでそれ以外はずっと抱き続けた。

 それもこれも、全部お前に、もう嫌だとか止めろとか助けてくれとか、なんでもいいから言わせたかった。

 なのに、だ!


「一週間も大人しく抱かれ続けるヤツがどこにいる!!」

「……だから、なんでお前が怒るんだ?」


 やれる俺もすげぇけど、受けきるお前も凄すぎだっての! どんだけ寛容なの!?

 惨敗ですよ! 先に俺の方が根をあげました! これ以上は俺が精神的に無理!

 これ以上何をしたら嫌がるか、わかりもしねぇし! ほんとどんだけ心が広いのこの人!


「怒りたくもなるっての! 今だって体あちこち痛いだろ!?」


 拒絶してもらいたかったから回復魔法はほとんどかけていない。だから声は前よりも酷いし、前よりもずっともっと辛そうだ。なのに、文句の一つもない。


「あー……今は感じないが、しばらくしたらそうなってそうだなぁ……」

「声だってカラッカラだし!」

「そうだなぁ。……喉は痛いかもしれん……」

「なのになんで抵抗の一つもしないかな!?」

「……必要性を感じなかったからなぁ……」


 そんな言葉に俺は唖然である。


「……気はすんだのか?」

「へ?」

「もういいのか? まだ気がすまないのなら、付き合うが、先にトイレと水を飲んでも良いか?」

「……」


 俺はもう二の句が告げられなくて、回復魔法だけはかけた。

 ゴドーは、「ありがとう」なんて礼を言ってベッドから降りてよろよろとした足取りでトイレへと消えていった。


「……あーもー……何がしたかったんだろ、俺……」

 

 項垂れてそんな事を口にした。

 いやもう、ホント惨敗です。勝てる気がしません。

 ルベルトよりもずっとゴドーに勝つ方が難しい。って心の底から思った。

 

 

ゴドーが戻ってくるともう一度回復をかけ直し、身と部屋をまとめて清潔で清める。


「もういいのか?」


 尋ねてくるゴドーの表情は気遣うものしか見当たらず、俺は苦笑する。

 少しくらいは嫌そうな顔でもすればいいのに、どんだけだよ、本当に……。


「うん、もういいかな」

「そうか」


 ほっとした表情を浮かべてベッドの縁に座る俺をゴドーは抱きしめてくる。


「良かった……」


 ……ゴドーはゴドーで何かを感じとってたのかね?

 だから俺がする事を無言で受け止めたのか? ……だとしても凄すぎだけど……。


「飯にしようぜ?」

「ああ。……落ち着いたのなら質問していいか?」

「ん?」

「ここはどこなんだ? 神とのリンクがとても細い……。切れたわけじゃないから私が生きていることはわかるだろうが……」

「スキル『農園』ってやつで手に入れた異次元世界だよ」

「異次元世界?」

「そ。異次元収納とかあるじゃん? あれと似たようなものだよ。詳しいことは説明出来ないけどさ」

「馬車に作った異空間とは違うのか?」

「うん。こっちがもっと高度なやつっぽいよ。特に俺の農園は、スキルでつなげて大規模にしたから、もうほんと『世界』って感じ。見てく?」


 声をかけて俺は外に繋がる扉を示す。

 ゴドーが頷いたので、軽く服を着て外に出た。

 外に出るとすぐに、色とりどりの花が辺り一面に広がっていた。遠くには湖が見え、山に、山と同じ大きさの巨木が見える。

 ちなみになんでここに転移してきたかというと。

 ゴドーが、日本に行った俺の気配を神が追えなかったと言ったからである。

 シムがここなら覗き見されないかもしれないと導き出したのだ。

 結果はたぶん、成功だったのだろう。


「一応、この小屋が中央になってるけどね。見たいところがあるならそっちに転移していくよ。一日で回れるようなものでもないし」


 言いつつ俺は『農園』の箱庭を出す。

 スキルレベルが9まではこの箱庭で野菜を育てたりするのだ。レベル10になったら実際の異次元にやって来られる。

 ちなみにここの主は俺じゃなくシムだと思ってる。

 シムが忍を使って収穫したり、保存したりしてる。雨とか晴れとか天候も全部シムが管理してる。ぶっちゃけ俺もどんだけでかくなってるのか把握仕切れてない。


「一応今、ここね。小屋のサイズだけは縮尺違うから。じゃないとゴマ粒よりも小さくてマップの意味が無いから。小屋の近くは見た目の良い植物と、ポーションなどに使う薬草がメインに置かれてるかな? ちょっと離れると普通の野菜……違った、地球の野菜がメインに植えられてて、それよりも遠い所だとこの世界の野菜とかかな。こっちのエリアだと果樹がメイン。こっちが木材に良い樹木だね」

「……エド、箱庭(これ)も気になるが、あの巨木はもしかしなくても……『生命の樹木』か?」

「うん、そう。アレを植えるために農園をつなげて広大な土地にしたっていうのもある。あれ、植える場所に困ってさぁ」

「それはそうだろうな。神木だぞ」

「うん。あれと、『後光』っていうスキルが神に至る条件の一つ目みたいだよ」

「……もしかして、伝説の、蘇生薬とかも作れたりするのか?」

「うん。それの材料にあれの葉っぱが必要だったからね。植えたんだよね」


 やっぱ作れるのなら作っておきたいじゃん。回復系や蘇生系は。


「……相変わらず……規格外だな」

「そう? ちなみに、あんなデカイのいらないなって思って、普通サイズも小屋の横に植えたんだよね」

「え!?」


 指さした所にゴドーは勢いよく振り向く。

 そこにあるのは天へとまっすぐ伸び、真っ白な幹と仄かに輝く新緑の葉を持つ木が五本ある。


「す、すごい、こんな間近でみられるなんて」


 よほど嬉しいのかゴドーがそわそわしている。


「……近くに行ってみる?」

「いいのか!?」

「いいよ」


 そわそわしながらも、駆け出す事もなくゴドーは俺の横を歩いた。

 木の下に来るとポカンと口を開けて見上げ、そして幹を見て、手を一瞬出しかけて、止めていた。


「……触りたいのなら触っても良いけど」

「……いや、触って穢れたら大変だから」


 穢れるってなんすか。どんだけ神聖視してんの。

 ゴドーの手首を持って幹にぺたっとつけさせる。

 ゴドーはびくってして、怖々と木を見上げたが、木は先ほどと同じように仄かに輝きながらそこにあった。


「……エドは、本当に神に至れるのだな」

「んー?」

「生命の樹木は、新しい世界で神が人に与える最初の贈り物だと言われている。この木からいろいろな動植物が生まれるのだと」

「んんー? あってるっちゃーあってるけど、違うといえば違う気もするぞ、それ。色んな種子を世界中に振りまくっていう意味ではあってるけど、この木から直接豚が生まれたり馬が生まれたりはしないよ? 凄い勢いで種子をばらまく様子はまさに杉花粉のようだけど」

「……その過ぎ(・・)花粉というのが分からないが、そんなに凄いのか?」

「うん。キラキラとしたのが辺りを染めるくらい飛んでく」


 花粉症の人間ならぞっとする光景だ。

 幻想的でもあるんだけどさ。キラキラとしてるから。


「へぇ……凄いな」


 ゴドーは言って幹に額を付けて目を閉じていた。

 まるで話しかけてるようにも祈っているようにも見えた。


 パキパキって上から音がして、ゴドーの頭にひょうたんのような実が落ちてきた。

 ……ちょっといい音なったし、ゴドーは涙目で自分の脳天を押さえてるのでよっぽどいたかったのだろうと、俺はつい笑ってしまう。

 落ちてきた実を拾い、ゴドーに差し出す。


「食えってさ。生命の樹木の実はそれだけで、どんなケガも病気も治すっていわれてる伝説の実だぜ?」

「知ってる。流石に知ってる。むしろみんな知ってる」


 ……俺知らなかったけど……。

 何パーセントの常識だったのだろうか……。それ。


 俺が右手の平を上にして、しばし待つと、そこに同じように実が落ちてきた。


「んじゃ、食おうぜ」


 ひょうたんのような実をゴドーに押しつけて、俺は新しく貰った実にかじり付こうとしてゴドーに止められた。


「本当に食べるのか!? 今食べるのか!? もったいなくはないか!? どんな病気でもケガでも治る奇跡の果実だぞ!?」

「そうは言われても、俺にとっては、庭先に生えてる木の実だもん」

「…………それは……そうかも、……しれないが」

「まぁ、それは食べなよ。お持ち帰りに二、三個持たすから」

「……ではありがたく」


 かなり挙動不審になっていたが、ゴドーはそう俺と生命の樹木に言って恐る恐る一口かじって、しばらく停止すると、「美味しい」と目を潤ませて、一口一口噛みしめて食べていた。


 俺はそれに苦笑しながら食べる。




 不安定になっていた、というか、自暴自棄になっていた感情も落ち着いたし、今日の夜にでもバロンを夏の国に連れて行って、環境を一部変えてくるか。



 またきっと不安定になるのだろうけど、全ての決定をゴドーに勝手に押しつけたのだ。そして、無意識だろうとなんだろうと、ゴドーは『俺』を守り切った。ならその結果を今度は俺が守らないといけない。

 だから俺はこの体と上手に付き合う方法を探さなくては。

 

 





土日は更新お休みします

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