開店
そして、翌朝。エドの店……って、まんまな店の名前ですが! オープンに合わせて一人の男性がやってきた。
雑貨屋の旦那さんだ。
「やあエド君。開店おめでとう」
「ありがとうございます」
「見ていってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
頷きつつ、バケツに魚を移していく。
水がめは昨日必死に、井戸のようにカップで水を抜いて、傾けられる重さにしてから水を抜いて魚を移し替えた。
大変でした!!
「……変わった物が多いね」
「そうですか?」
旦那さんの言葉に俺は首を傾げて聞き返す。
「この、きらきら光ってる宝石は」
「あ、それ、ただの石ですよ」
間違いを慌てて俺は否定する。『着色』レベル2は木片、レベル3は小石だったので、水の流れを使って石やら木やらを丸めて、そこそこの大きさになった物を着色したのだ。
木片には穴を開けてアクセサリーに出来る様にしてみた。
……見本品として、置いてある。
いや、やってる時間がなかったのよ、ホント。一週間しかなかったから仕方ないって事で。
石は石でキャッツアイとかトルコ石とかみたいに着色したから、ただ置いてても綺麗だと思うし。
商品ラインナップは糸(青・赤・緑・ラメ青・黒・白)、紙(白・薄紅・黄緑・水色・オレンジ)あと狩った動物の毛二匹分をフェルト生地にしたやつ。サイズはコースターサイズだったけど、これも黒・白・青・緑と用意した。魚を用意したくなる気持ちも分かるだろ?
種類は多いように見えて少ないんだからさ。一人で作れるのなんてたかが知れてるし。
「この小さいのも綺麗な色をしているな……」
あ、それ角を丸くするって失敗したやつっすわ。
せっかくだからって着色して売りに出してみたけど。まぁ、一個10ゼニィと安いけどね。
「…………」
旦那さんはしばし考えていたようだが、俺を見て笑顔を見せてくれた。
「うん。お祝いしなきゃいけないしな」
「へ?」
「魚、大きいの十匹と小さいの三匹用意してくれるかな?」
お! おおぉ! 嬉しい!
「はい!」
「あと」
旦那さんいい人~と俺は逃げようとする魚を捕まえにかかる。
「残りの魚以外の商品全部買うよ」
「…………は?」
続いた言葉に俺は目が点になって旦那さんを見上げた。
「成人祝いもかねて残りの商品全部買うよ」
「……困ります……」
俺はまずそう呟いた。それからゆっくりと首も横に振った。
あまりの事に一瞬思考が真っ白になったわ!
何ぬかしてんの!? この人!
「困る? 何を言ってるんだい! 売れ残る方が困るだろ? せっかくの門出なのに! だから景気づけもかねて私が全部買うと言っているんだよ。魚なら、主婦の皆さんが買ってくれるだろうし、遠慮する事はない!」
「いや、遠慮とかじゃなくて……」
「私に君の門出を祝わせてくれよ!」
雑貨屋の旦那さんは笑顔でそう言ってきた。
……本気で言ってるのか? 冗談じゃ無いぞ。開店したばかりだぞ!? 今からお披露目が始まるようなものなんだぞ!? それなのに魚しかいないとか! 雑貨屋としてオープンしたってのに!
「はい、94,000ゼニィ。おつりはいらないよ。お祝いだからね」
笑顔で、金が入っていると思われる袋を俺に渡してきた。
「……計算したんですか……?」
「そうだよ。チェックしてごらん。間違ってないはずだよ」
「……本当に全部買うんですか?」
「そうだよ。何か問題でもあるかな? 購入に制限はないよね?」
「…………ええ。ないです」
ガキだと思って舐めやがって。
内心そう思いながら俺は計算していく。計算結果は、93,990ゼニィ。
……何がお祝いだから釣りはいらないだよ。それならいっそ、十万渡せや。
なんて思いながら俺は10ゼニィを差し出す。
「おや? いらないのに」
「門出、だからですよ。最初が肝心ですから」
「そうかい? なら」
金を受け取って、旦那さんはにっこりと笑ったが、俺的にはもうあんたは敵だ。
大容量の背負い袋に商品を入れていく雑貨屋旦那。
彼がこちらに背を向けてしばらくして、俺は魚が入っているタライを家の中に入れ、今手に入った金も隠した後、家を飛び出した。
全力で走り、旦那さんを追い越して、雑貨屋に入る。
ロウソクを九本と木のトレイを五つ。
糸はもう無かった。仕方が無いのでそこはいい。
それらを買って俺は家にまた走って帰った。途中で旦那を見かけた。「まいどどうもありがとうございました」って言葉を通り過ぎ様に言われた。
くぅ! ムカつく!!
あの人の思惑がどうだったかは知らんが! これは店の危機である!
行っても面白くないお店と思われたら村はずれにある我が店はこれから先、辛い!
俺は家に入り、人が来たら分かるように扉を開け、外を見えるようにしつつ、手元が見られないように扉の影に隠しながら買ってきたロウソクを着色する。青とオレンジと緑だ。
そもそもロウソクなんて使うやつの方が少ないと思うからこんなもんだろう。
物珍しいって思って貰えればいいとの判断だ。トレイは漆喰をイメージした。
美しい黒に、赤いライン。お祝い事の席に使えますよってね!
で、後はそのうち、何かの商品つくろうかなって思って残していた羽を染めていく。
こ、こんな事だったら石をもっと作っとけば良かった! 石なんて売れないだろうって思ってたのに!
ロウソク三色、風切り羽六色を作った所で二人目の客がやってくるのが見えたので、尾羽をとりあえず、二色に染めて店に出した。一度家の中に戻していた魚を外に出す。あと、ちょっと形が小さすぎるかなってのと、石ばっかり有っても。って朝の段階で商品としては省いていた石も出すことにした。
とりあえず、何かある、何か売ってるっていう体裁が取れればいいや、と思ってたのだが……。
二人目はその石を中心に十七個も買っていき、三人目が帰った頃にはロウソク二種と羽くらいしか残らなかった。
石! 売れすぎじゃね!?
やばい! 染める時間も魔力もあっても染める物がない!
くっそぉー! 雑貨屋店主~!!
叫びたいのを堪えて頭を抱えて考える。
脳みそが熱を持って悲鳴を上げそうなくらい考えた。眉間が痛くなるくらい考えた。
この場所はちょっと高台にあって、村からこっちへと来る人が見える。
そう、一人の女性が歩いてくるのも見えるのだ。
時間が無い。
頭が痛くなったその時、閃いた。そして自分のメモ用にと残していた紙を短冊風に切り、穴を開けて紐代わりのツルを通す。次の客が来るまでに間に合えと、俺は必死にスキルを駆使し、準備した。
「お色直し?」
「はい。みなさんの服をお預かりし、この色見本にある色に染め直し、お渡しするんです」
引きつりそうな笑顔で俺は言った。
毎日、糸と石を染めてたおかげで着色スキルはそれなりに上がり、今は布も染められるのだ。高くて布が買えないだけで。
実際に俺は自分で染め直した服(上:青、下:黒)を着ている。
お色直しの色は黒・白・赤茶・青・緑の五色。
デザインはとりあえず無しで、単色のみ。俺一人しか居ないし、やっつけだから、細かいのは注文と出来上がりに差が出て問題が起こりそうだったから。
値段は一着500ゼニィ。
この世界は布が高い。洋服が高い。だから、新しいのなんてそうそう買えない。
つぎはぎしたり、お下がりしたりしてる。俺も夏冬合わせて上:四着、下:二着しかない。成長が早いせいかと思ったけど、それが普通なのだ。魔法や綺麗石があるせいか、着たきりって人も多い。
新しい服は無理だけど、気分だけでも、と。
そんな乙女心をくすぐる商品である。しかも、改めて着色し直すためか、つぎはぎ部分もわかりにくくなるのだ!
それがたったの500ゼニィ! 俺ならやる! きっとたぶん!
内心冷や汗ダラダラだったが、そう自分自身で信じるしかなかった。
好評でした。
116件も注文が来たよ。
結局さ、昼には誰も来ない、もしくは来ても昼食時間だからって納得してくれるだろうって事で川に行って魚と石を補充してきたんだけど、全然間に合わなかった。お昼も終わるとそれなりにみんな様子を見に来てくれたんだけど、まともに買えた人はほとんど居なかった。
お色直しするくらいしか出来る事がなかったのだ。
集客としては二十六人。うち一人は母親で、何も買わずに去って行った人、一人。
お色直しは十六世帯分。
みんな改めてどっさりと洋服を持ってきてくれた。
よろしくね。言って俺に服を渡す皆様の笑顔と言ったら……。
改めて、どこの世界でも女性はおしゃれが好きなのだな、と思った程だ。
支払いは出来上がりを引き渡すタイミングって、事にし、明日の午後以降って事にした。
で、俺は今、せっせと着色中である。
できあがった物は余分な葉っぱを落とし、ツルでひとまとめにし、あえて残していた葉っぱに注文してくれた人の名前を書いていく。
この名前を書く作業のおかげで、「かく」のレベルが上がった。
始めは、紙に名前書いてたんだよ。まだ紙と布にしかかけなかったから。
レベルが3になって木に文字が書けるようになったら葉っぱにもかけるようになった。
紙の消費を抑えられるとありがたかったよ。
っていうか、「かく」は紙→布地→植物で、「着色」は糸→木片→小石→紙→布って、かなりややこしんんですけど!!
むしろ着色の方に先に布持ってきなさいよ。と拗ねたくなったよ。
「……明日からどうしようかなぁ……」
このままお色直し屋ってしてもいいけど、それだけだと、なんか、負けた気分になるし。
かといってこのまま雑貨屋で商品を仕入れるっていうのもなぁ……。別の村に行って仕入れしたいけど、歩いて行ける距離にはないし……。馬車や馬を持ってるのはそれこそ雑貨屋と、…………そういや、騎士隊の人たちがいたなぁ。それに神殿の人たちはどうだろう。
疑問が浮かんだので、明日朝一で神殿と騎士隊の所にいくことにした。
明日は気まぐれスキルを買うぞ~!!
それを合い言葉に俺は注文を受けた百着以上の色付けを頑張った!