転生者の意味
後半ちょぴりシリアス? どうだろ?
「よし! バロン。とりあえず、ニアとセリアを連れて狩りに行ってくれ。ヌコは声をかけるだけでいいや。ついて行くと言うならつれてってやってくれ」
言いながら業務魔法で出した剣を差し出すとバロンの顔つきが変わり、ソファーから飛び降り、床に膝を付けて両手で剣を抱え上げるように受け取った。
えっと……、これって、騎士が王さまから剣を賜ったとかあの系統と一緒?
『だと思います』
「えっと、バロン……。素手だと危ないからって……」
期待するような展開じゃないんだぞ、と言いかけて止まる。
バロンの目がウルウルとし始めてきたのだ。
まるで俺にはその価値がないですか? という感じで。
くっ。見た目が美少女なのがなおのこと悪い!
「あの、な、安物でな、その」
「安物でも構いません!」
「いや、俺は構う」
ヤダよ、この子。なんか一生大事にしますとか言い出しそうだよ。こんなのゲームで言えば木の剣の次に買うくらいのものだぞ? そんな安物なんだよぉ。止めろよ。家宝にしますみたいな目で見てくるのはよぉ。助けてシムゥ~。
『自分の力を使いこなせるようになったら相応しい剣を渡すというのはどうでしょう? どの道、ステータスが急激に変わったので、最初の一撃目で折ると思います』
それで!
「これは繋ぎだ!」
「繋ぎ……ですか?」
「そう! バロンはまだ自分の体に慣れてないだろ? 急激に変わったし、スキルも色々増えたし! だから……」
って、ちょっと待ちたまえ、シムさん。折っちゃったらやばくないか?
『この辺りの動物でバロンに傷を付けられるものはいません。セリア、ニアが所持してる防御アイテムの結界を破る動物も出ません』
まあそうか。
「……たぶん、折っちゃう可能性があるから。自分の体が使いこなせるようになったら……。………………そん時考えよう」
剣を渡す。と言いかけて止めた。バロンの人となりによっては奴隷を解除してもいいと思っているのに、剣を渡したらそれこそ、縛り付けるようで。
手渡すのを止めて、俺はバロンの腰を縛る紐、帯の役目をするそれに剣を突っ込む。
「え、エドさま!?」
「よし、行ってこい!」
一方的にそう告げて、バロンを追いやる。
バロンは一瞬躊躇ったが、素直に立ち上がると軽く頭を下げて馬車から降りていく。
軽快な足音が去って行ってぽつりとシェーンが口にする。
「可哀想に」
「う……」
「バロンは王子だが、考え方は騎士に近い。自分にはその価値がないのかと今頃内心落ち込んで居るぞ?」
「……るさい」
小さく、負け惜しみを口にして、目をそらす。
数秒静寂が流れた。それを破ったのは俺だ。
「だぁぁぁあ! しゃぁねえだろ! ニアのような期間限定ならともかく! 一生なんて重いっつーの! そりゃ、嫁さんや自分の子供達のためなら身を粉にするのも厭わないぜ!? でもバロンは違……う……」
勢いが萎んでいく。半端に振り上げていた手も膝に落ちた。
「エド?」
「……俺、嫁さん居たんだ?」
「いや、私に聞かれても困るが」
「ああ、うん。そうだよな……。あれ? でも…………」
俺はその時、始めて気づいた。
記憶が薄れてる。いや消えていってる?
俺は……、前の人生を、普通に終えた記憶がある。
平々凡々ではあったが良い人生だったと思っている。でも、その根拠が分からなくなってる?
事故死では無かった。病死……、病死……? 寝たきり? あれ?
最後の記憶。空を見つめてた気がする。見上げていたのではなく、横になっていて頭を傾げれば天井と窓があって、空が見えていたような。
でも、思い出せたのはそれぐらいで、嫁さんだと思う人影も輪郭とかがおぼろげに思い出せるぐらいで、子供の姿もぶれる。画像の粗い写真でも見てるかのような感覚だけしか出てこない。そのくせ、部屋の物の配置は覚えていたり。彼女の居なかった青春時代の事は嫌でも出てくるってのに……。
シム、俺は……記憶を忘れていってるのか?
『正確に言えば、元々忘れていたものです。本来まっさらな状態で新しい人生を送るはずでしたので。それが上手くいかなかったために、今のマスターが居ます』
人生の終わりから赤ん坊に向けて記憶が消えていくって事か?
俺の記憶はどちらかというと、今の体の年齢に近い物が多い気がする。
そりゃ、妹もお袋も大事だったけど、でも嫁さんだって好きで結婚したんだし、子供だって愛していた。そっちの事は今の今までほとんど思い出さなかったって事は、そういう風に記憶を消されたって事なんだろう。
そうじゃないと俺は俺自身が許せない気がする。
『…………分かりません。ですが、マスターの記憶がこの時期を中心に多く残っている理由は思い当たります。スキル開発者が人から神に至った年齢が、この前後なのでしょう』
は? 何ソレ、なんでそれが関係あるの?
日本人の年齢はその前後だと上手く消せないとかそんな感じ?
『いえ……違います。マスターは、スキル開発者のパラレルワールドの人間です』
っ!?
『人から神に至った時を中心に、いくつもの影響が出たのでしょう。その中でマスターは、その人物と一番近かった者だと思われます。だから、マスターとも重なる事もある時期、スキル開発者がまだ人であった頃の記憶は多く覚えていても、大きくズレてしまった未来の事がおぼろげなのだと思われます』
「は……、はは……ははは」
「エド?」
「どうした?」
突然笑い出した俺にゴドーもシェーンも様子を伺っていたが俺は応えるだけの余裕がなかった。
「っっざけんなよ!!」
ここには居ない誰かに向けて、俺は怒鳴る。
誰か、じゃないな。全ての元凶か。
「わりにあわねー!! 近しいどころじゃねぇだろ! あのメッセージ分かってて録音してんだろ!? 謝るならきちんと謝れパラレルの俺! でもって俺まで巻き添えで神候補とか! 一発殴りたい!!」
怒鳴る。吠える。叫ぶ。なんでもいい! とりあえず思いの丈を口にした。
もしそれが本当なら、だ。そりゃ、スキルと相性がいいはずだよ。上手くいくはずだよ。途中まではわりと考え方似てたんだろうよ!
ついでにこんな嫌らしいスキルの作り方もするだろうよ!
スキルの裏が、落とし穴が、さらにもう二、三個あるのではって思いたくなるよ!
『スキルの落とし穴になるかは分かりませんが、マスター達とこの世界の人間では大きく違う事があります』
なに?
『レベルが上がった時などに入るお知らせは、ゲーム慣れした人達のみです。本来そんなお知らせは入りません』
……そうなんだ。また随分と有利になってんな。
『はい。有利な点で言えば、熟練度の稼ぎ方がそうなっています。マスターは家でよく光を付けっぱなしにしてました。その間、熟練度が入ってくるという考え方でした』
そりゃそうだろ。
『この世界の人達は違います。どれだけ長いこと照らし続けていても、一回の魔法なので、熟練度が入ってくるのも一回です。マスターの様にMPを消費する代わりに熟練度を会得し続けるという考え方はほとんどしません』
は、そりゃまた、俺に有利だったもんだ。
『もちろん不利な部分もあります。転生者はレベルに関しては戦闘が終了しない限り経験値が入ってこない可能性が高いです』
……あー……、ゲーム慣れが悪影響を与えてるって事か。
『はい。ゲームでは途中でレベルが上がるという事はほとんど無かったはずです』
いや、それもゲームの種類にもよるけど……。RPGだとあんまりないかもな。
どさりとソファーに深く座る。
ゴドーとシェーンが心配そうに声をかけてくるが、俺は気のない返事しか出来なかった。
そりゃ、転生なんて、普通じゃないし、ある意味ボーナスステージみたいなものだし、楽しもうって思ったけどさ、思ったけど、なんだかすっきりしねぇなぁ。
嫁さんとか子供達の事もあるんだろうな。どうせならそっちの記憶も残しておけ、と。
『マスター。マスターはもう、前世のマスターとは別の人物です』
……分かってる。分かってるよ。
気持ちがついていかないだけだ。ちょっと待てくれ、頼むから。
肺の中を空っぽにするぐらい深く息を吐き、天井を仰ぐ。馬車の窓から見えるのは、晴天。
ああ……そうだ。俺は、死んだのだ。
あの日、まともに動かない体に、横たわるだけの体に、もう十分生きたと。
これ以上、子供達の迷惑になりたくなくて。終わりを望んだのだ。
あの日も、こんな風に晴れ渡った空が窓から見えた。
「……エド、大丈夫か?」
心配そうに見つめてくるゴドーに、俺はただ、笑う事しかできなかった。あの頃のように、心配してくる子供達に向けるように、唇を笑みの形に動かすことしか出来なかった。
頬を伝う一筋の涙が、手向けだ。
俺が、俺自身に対する手向け。
「大丈夫。心配してくれてありがとう」
まだ頭の中は、感情は、ぐちゃぐちゃだが、でも俺は転生したのだ。最初から死んでいる事は分かっている。大好きだった人達に会えない事も初めっから分かってる。
俺は、--ではなく、エドだ。
今はもう、それだけでいいのだ。
バロンに剣を渡したあとはそう時間をかけずに馬車をおりるはずだったのに、どうしてこうなったのだろう……。
話が進まない。と呟きたいのと、これってせめてもうちょっと後に使うネタのはずだったんだけどなぁ。と思いつつも、こうなったらそのままいったれー。と行ってみました。
土日はお休みです。次回更新は月曜日になります。




