現実逃避に、二度寝したくなってきた。
「で、タンガさんの注意事項は分かったけど、他は? 女のバースト族も居たよな?」
軽い気持ちで問いかけたらセリアが仁王像の様な顔になっていた。
「あれは、変態よ!!」
「は?」
「見た目可愛いけど中身ただのおっさんよ! セクハラで訴えたら100パー勝てるくらいの変態よ!!」
「……えっと、女性のバースト族……だよな?」
「そうよ!!」
「……それが、えっと……どっちにセクハラを?」
「アタシ達に決まってるでしょぉー!!」
吠えるセリア。ああ、やっぱりそうなのか。一応そっちかなっとは思ったけど、もしかしたらって考えたんだよ。しかし、なんでこんなに怒ってるんだ?
救いを求めるようにゴドーを見るとゴドーは何故か明後日の方向を見た。それでも言いづらそうに言ってくる。
「胸を揉んだり抱きついたり、後は発情期か匂いをかごうとしたりとか……」
「……それを、……みんなの前でするのか?」
確認を取るとこくりとゴドーは頷いた。
それは……うん。揉んだり抱きついたりはともかく、ニオイをかぐのはなぁ……。デオドラントに気を遣う日本人にとってはとくにキツイか。
「どうにかしてよエド!!」
「なんで俺に言うんだよ!?」
「だって、主なんでしょ!?」
「え? 彼女は違うぞ」
「え?」
力一杯言ってきたセリアに俺は否定をする。
「バロンだっけ? 彼は確かに俺の奴隷って事になってるけど、タンガとえーっと……その子は違う」
二人は神が契約をぶった切ってるからもう奴隷ではない。
俺の言葉を聞いて、セリアは助けを求めるようにゴドーを見たが、ゴドーは俺の言葉を肯定するように小さく頷いた。
「あ、アレが野放し……」
まるでこの世の終わりのようだ。
そこに、ネーアの悲鳴のような声が響いた。
「ひやぁぁぁぁ、やめてってばぁぁぁ」
「あっのヤロ!」
とセリアは慌てて飛び出していき、馬車の扉が痛そうな音を立てて、キィキィ音をたてて揺れている。
あの、ヤローではないと思うのですが、不要な突っ込みですか、すみません。
「ミャーミャーミャー。良い匂いみゃー! ヌコと愛し合うミャー!」
「コラー! 離れろー!!」
「あ、セリヤミャー! セリヤもマジルミャー!」
「アタシはセリアだっ!!」
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」
ゴンッとセリアの鉄拳が猫耳の間に落ちる。
ミャー! と悲鳴をあげて、ネーアの体からずり落ちていき、そんなやりとりに、というか、セリアの剣幕に、がたいの良い男、マッソーというか、プロレスラー並な男が震えて、土下座して謝っている。
「……………一日見てない間にカオスになったなぁ…………」
「エド、お前が連れてきた人達だからな?」
他人事のよう呟いたら、ゴドーからしっかりと釘を刺された。
はい、俺が持ち込んだ問題です。
残りをかっこんで馬車から降りる。
「我が主。体調はよろしいのでしょうか?」
笑顔で、バロンが駆け寄ってきた。
……アルフ族だよな? って、思わず頭と腰元をみてしまうくらい、目をキラキラとさせていて、しっぽの幻でも見えてしまいそうなくらい懐いてきていた。
「えっと、我が主ってのは?」
「我が主の事ですが?」
「……エド。それが俺の名前だ。そっちで呼んでくれ。」
告げると彼の顔はさらに輝いた。
「分かりました。我が主エド様!」
「絶対分かってない!!」
思わず声を荒げたらゴドーが肩に手を置いてきた。落ち着け、との事らしい。
俺は落ち着いてるよ!? って、言い返そうとして、視界に入った人物にそう言い返すのも不味いなと口を閉ざす。
タンガは青を通りすぎて、すでに白なんじゃないかってくらいの顔色で俺たちを見ている。
呼吸も荒くなってるし、過呼吸になるんじゃないかって心配になるくらいだ。
俺はそれ以上近づくことなく、『洗い直し』を使う。
リフレッシュ効果が役に立つといいなって思ったんだけど、彼はびくりっと体を大きく跳ねさせたあと、ふらぁぁぁと倒れてしまった。
セリア達が慌ててタンガに駆け寄っている。
「…………」
「エド」
「いや、その俺としては治療をしようと思ったんだけど……」
「あんなに怯えている状態では喩え治療であったとしても、何かされれば恐怖でしか無い」
「はい、すみません」
ぺこぺことゴドーに謝る。確かに軽率でした。すみません。
そんなある意味何やってるんだっていうような俺たちを何故か、なーぜーかー! バロンはやっぱり目をキラキラとさせて見てる。
なんで!? どうして!?
『個体名バロンはマスターの影からマスターの戦いを見てます。またゴドー様が神を降ろせる事を知っています。憧れや心酔、崇拝しててもおかしくないかと』
うわっ要らねー。
頭いてぇ。と思っていると、もう一人、俺の横に立った。
猫科だと思われるバースト族。武神の依り代、神官シェーンだった。
「起きたか」
「……ああ、起きたよ」
どんな思いでその言葉を言ったのか、推し量ろうとして止めた。
皆殺しにしたいくらい恨んでいたのだ。想像しようとするなんて無理だろう。
「これでオレも責任を果たせる」
そう言ってそのバースト族は地面に正座すると上着を脱ぎ始めた。
一体何がしたいのだろうかと見守る俺と、どこか疲れ切った顔のゴドー。
彼は祈りを捧げ、のたまう。
「準備は出来た! さぁ一思いに殺してくれ!」
堂々とした眼差しで、それでいて、どこか達観したようでもある。
「…………………」
俺は無言で彼を見つめた。彼の意志は本物だったのだろう。その瞳に陰りはない。強い意志だけが見える。
俺はしばし足下を見ていたが、彼の意志を酌んで、一思いで終わらせるべきだろうと業務魔法を使い、必要な物を購入し、大きく腕を振り上げた。
彼は首を落としてくれと言わんばかりに頭をさげ、俺にうなじを晒していた。
俺は歯を強く噛み、思いっきりソレを振り下ろした。
パァァァァァァン。
そんな耳に響く音が、辺りに響き渡る。
彼の頭は地面へと落ち、痛いのか後頭部を押さえている。
「ふざけんなよ、オイ」
俺はハリセンを叩きながら、ガラが悪いのを承知で話しかける。
「殺してくれ、だぁ? ほんっっとふざけてるよなぁ、オイ。俺はお前を助けるためにっ」
言いたくないと、歯を自然に噛みしめてしまう。
「くそ恥ずかしい思いをしてまで、神にお願いをしたんだぜ? それを無駄にしろってか!? んじゃなんだ!? 俺のあれはやりぞんか!? あ!? 無意味に黒歴史を増やしただけか!? あ? ほんっとふざけんなよ!?」
ベシベシとハリセンで、シェーンの頭を手の上から叩く。彼はまだ額を地面に付けて悶絶してたが、知ったことか。
「だから、言っただろ。エドはそんな事、望まないと」
疲れ切ったゴドーの声がその場に落ちる。
どうやら、俺が起きるまでそんなやりとりが何度かあったのかも知れない。
「責任だどうのっていうのなら、生きて返せ」
「…………分かった」
涙目で、頭を抑えたままではあったが、しっかりと頷いた。
「よし! じゃあ、後はゴドー。お前に任せるわ。神官同士よろしくやってくれ」
俺は頷き返して、全てをゴドーに丸投げする。
怒られるか呆れられるかと思ったが、ゴドーはそのどちらでもない表情を見せた。
棚ぼたっぽい顔だった。
「いいのか?」
「いいよ? 俺だとよくわかんないし」
「そうか。シェーンもそれでいいか?」
「ム? まぁ、下手な神官よりも、お前預かりになるのはオレとしてはかなりありがたいが、……しかし宣教師とは……、出世したなぁ」
……やっぱ、出世なのか。出世なんだ。左遷だと今でも思うけど、出世なのか……。
「まあな。一部の人間には左遷だと思われているが」
うぐ。俺ですか? 俺ですね。左遷だと思ってます。今でもちょっと思ってます。
「神官じゃない者達からしたらそうなってしまうのも仕方がないんじゃないか?」
「……神官からしたら宣教師ってどういう立ち位置なんだ?」
ここまでそういうって事はきっと何かあるはずだ。名誉以外の何かが……。
「そうだな……。神官にはいくつか制限があって」
フンフン。
「そのうち一番大きい物は、神殿から離れすぎると一部のスキルが使えなくなるんだ」
フンフン。
「治癒魔法のいくつかとか防御魔法とか。その制限がなくなる」
フンフン。
「あと、エドで一番分かりやすいところでいえば、宣教師はスキル販売が好きに出来るという事か?」
フンフん?
「気まぐれスキルの中身を自由に出来るって事?」
「違う。その大元のスキルだよ。エド、神殿ではみんなどこからスキルを出し入れする?」
「賽銭箱」
「………………そうだな。エドの記憶はそっちに直結してるよな。普通の人がスキルを買った場合は?」
「普通の人? えーっと……、あ、薬棚みたいな小さな棚から取ってるな」
「そうだな。実の所、スキルを生み出すのはそのスキル棚、であり、神殿だ。私達神官ではない」
「……フム」
「神殿は神のご神体と呼ばれてる何かが保管されてて、そこから神気が溢れて、村や街を守る結界を張ったり、スキルを作ったりをする」
フンフン。
「つまり、宣教師は歩く神殿だ」
ふへ?
「今の私が張れる結界は神殿で張られる結界と同じ物だ。もちろん宣教師に渡されるご神体のレベルにもよるのだが」
言いつつゴドーは服の下からネックレスを取り出し見せる。
わっかに、神って文字がある。①の1の部分が神っていわば分かるか?
マジで? っていうようなネックレスだった。
ごめんゴトー。ネタでも笑えない。
「まあ、コレが一応貰ったご神体なのだが」
「うむ。一番ランクの低い物を渡されたな」
それを見て、シェーンが何故か嬉しそうに言っている。
「なるほど。体の良い厄介払いをゴドーも受けたのか」
「まあな」
「なるほどなるほど。それで宣教師か、クックック。実に無意味で、重畳な結果になったものだ」
なんか壺に入ったらしく、シェーンはすっげぇ楽しそうに笑っていた。
「コレ、いるか?」
そう言ってゴドーが俺に差し出したのは、ご神体。
「いや、大事なもんだろ?」
「いいや?」
「『いいや?』?」
え? だって、それがないと、力が出せないって事なんじゃねぇの? つまり。
「クックックック。アハハハハハハ!」
シェーンはまだ笑っている。
笑い上戸だな、オイ。俺はついていけてませんよ? お二人さん
「これは愉快! なるほど! 実に皮肉が効いている!」
涙を浮かべながら笑うシェーンは、俺を見て、笑みを納めた。
「宣教師の能力はご神体によって違う。ゴドーが持っているものは確かに小さな村の小さな神殿サイズの物だが」
小さな村の小さな神殿サイズってどれくらいなんだろ? 俺の村くらい? もっと小さい?
「ご神体のランクなんてもんは関係ない。オレやゴドーにとっては、な?」
含みを持った言い方に気づいた。
「……え? もしかして、それってつまり、ゴドー自身が」
「ご神体の代わりになる」
「宣教師に渡される最高ランクよりもさらに上、王都にある神殿よりも上、だろうなぁ。神官でいえば、たぶん、今、ゴドーよりも上の者はいないのではないか? もとよりお前は二柱の依り代だし」
「まあな」
……なんてこった。
左遷だと思ってたのに、まじで栄転だったらしい……。
ほんのちょっぴり加筆修正。




