おいしいご飯とこれからの事。
「ご主人様、申し訳ありません。生意気な事を申しました」
「エド。ご主人様じゃ無い。あと謝らなくて良いから。別にネーアさんが悪いわけじゃないから」
俺の怒りを感じたのだろう、ネーアさんが謝るので、それだけを告げて人混みを縫うように歩く。
街の外に出て、人目が完全に無くなったタイミングで俺は転移する。
「きゃっ!?」
突然の周囲の変化にネーアさんは驚き、短い悲鳴を上げ、体をこわばらせていた。
俺は手を離し、ネーアさんにスキルを一つかける。
「『洗い直し』」
ビキッ。
首輪にヒビが入り、重力に負けて地面に落ちていく。
バカみたいなスキル名だが、バッドステータスを回復してくれる効果とお風呂入ったような後のすっきり感というか、身も心もリフレッシュする効果のあるスキルなのだ。
ネーアさんはぽかんと地面に落ちた首輪を見て、それが風化して崩れ落ちていく様子を見て、ぎょっとしていた。
首輪がそのまま残ってると危険だから別スキルを使って完全に壊したのだ。
このやりとりの間に、セリア達も俺たちに気づいた。
「ネーア?」
「え? セリア?」
「ネーアおねーちゃんだー」
呆然としている二人と違いニアは笑顔で手を振っている。
「……ニア?」
「そーだよ~」
「……本当に、ニアなの?」
「うん!」
「あー、小さくなってるけど、ニアよ」
セリアが肯定してやると、能面だった表情から涙がボロボロ零れ落ちてくる。ぎょっと周りが目を剥く中、ネーアさんは駆け出しニアを抱きしめる。
「ニアニアニアニア!」
「え!? なぃ、に? おね、くるひ?!」
「ニア~~!」
ぎゅーっとやばいくらい力入って居るのが分かる。
「もう、二度と、会えないと……!」
涙と共に、紡がれた言葉。
ああ、そうか。あの娼館から出たらもう二度とニアと会えない可能性もあったのだ。
あの時---、身請けが決まった時、青ざめていたのは、その事もあったのかもしれない。
「あー、感激してるところ悪いんだけど、ニアは助かったわけじゃないんだ。まだ寿命は一年とちょっとなんだよ」
「そんな!?」
ネーアさんは弾かれたように顔を上げて俺を見た。そんな批難するような目で見られても困るんですけどね。
「でも、助ける事は出来るから、安心してくれよ」
「……本当ですか?」
「うん。約束する。だから、そっちに座って」
セリア達側のイスを示す。
俺は紙を取り出し、そこにとある金額を書いて、セリアに突きつける。
「はい、借金追加」
「え!? ………………ご、五千万ぜにぃ……」
「そ、何度数えてもそうだぞ」
一、十、と再度数え直しているセリアに俺は現実を突きつける。
「ネーアさんの身請け金額だ」
「たっか! あの強突く張り!」
確かに高いな。本人が今まで頑張って働いて来た分をまるっと無視した形で俺に売りつけたわけだしな。
「……えっと、知り合い?」
俺とセリアを見比べてネーアさんは確認を取ってくる。
「うーんっと、知り合いだったわけじゃないんだけど……」
「遠い親戚みたいなものか?」
「……親戚……、血の一滴くらいは流れてるかなぁ?」
「世間は狭いっていってたし、きっとあるだろ」
「そうね」
同じ日本人だし、きっとどこかでつながりがあるのだろう。たぶん。
『転生者である時点で、二人は近くに住んでいたか、血が繋がっている可能性が高いです』
あ、確かに。冗談のつもりで言ったけど、わりと真面目にあるのかもしれない。
まあなにはともあれ。
「飯にすっか」
俺はお腹がすきました!
「待ってました! ネーアもほら、座って! 一緒に食べよう! 美味しいんだよ!」
セリアが輝かしい笑顔で手招きする。
「今日はとりあえず、アタシのおすすめをみんなで食べようよ」
……今日は? ……あいつこれからずっとコレだと思ってんのかなぁ。
そんな事はないんだが、今は黙っとくか。
俺は天ぷらと寿司とざるそばのセットを、ゴドーは適当に開けたところが素うどんで、背中を煤けさせてたので、俺のおすすめだぞとミニカツ丼も追加注文させた。で、女子三人はセリアが食べたいものをドンドン注文し始めた。三人で分け合って色んな物を食べるにしても、頼みすぎではないか? カレー、ハンバーグ、からあげ、パスタにグラタン、ピザに、ステーキ、ロブスター、チンジャオロースに小籠包……。シーザーサラダに、刺身とサラダ野菜のマリネと……。
いや、いいけど、これ、食べきれるのか? そして、代金請求されたらどうするつもりだ、こいつは……。
呆れつつ、取り皿を用意してやる。
「わ! エドありがとう! 気が利く~」
「ありがとー」
「あ、ありがとう、ございます……」
マイペースな二人と違って、ネーアさんはどこか所在なさげだ。
「いーい、ニア、全部美味しいからちょっとずつお皿に入れて食べるんだよ?」
「うん! 分かった!」
「えぇぇぇ、私達がこんなに食べて良いの?」
「いいのよ! ほら! 食べよう。いただきまーす!」
確かにかまわねーけど、そこは俺のセリフだからな?
「いただきます」
呆れたが俺としても腹が減ったので、細かい事は後回し、と天つゆにわさびと薬味のネギを少し入れ、食べ始める。
村を出る時、母さんに念のためにと渡したアイテムもこれだ。もっとも母さんのはこの世界で売っている物限定だけど。複数のスキルを結び付けて作ったやつなので、消費MPもない。(ちなみに俺たちが使ってるこれは俺のMPが消費される)
この魔道書。『魔道書作成』ってスキルで、本来ならというか、表の性能はこの魔道書に魔法を登録し、その登録された魔法なら、スキルを持っていなくても使えるという内容なのだが、「業務魔法」という「生活魔法」の上位スキルと結び付けすれば今、目の前に広がっているような事も出来る。
業務魔法は、店で売っているものなら、たとえ国家予算的な値段の付いた伝説級のアイテムだろうが、なんだろうが、売値×10の消費MPでまったく同じ物を出現させるのだ。下級のくせして壊れ性能である。
母さんに渡した魔道書は、母さん一人だけしか使えない設定にしてあるので、盗まれて悪用されるとか、兄貴達が使ったりとかの心配はない。
母さんのことだから使うときは慎重に使うだろうし、もし見られたとしても、重要なのは「業務魔法」であって、「魔道書」じゃないからな。たとえ魔道書作成スキルを大枚叩いて買ったとしても、同じ事は出来ないのである。
業務魔法を持っている人間はたぶん俺と同じように別の何かのスキルと勘違いしてくれるようにして使っていると思われる。
と、まあ話はそれたが。
「おいひー!」
「うわぁぁ。うわぁ。美味しい、美味しいです!」
「あぁ、夢にまでみた濃い味系! たまらない!」
ニアは喜び、ネーアさんは感激で、セリアは感涙か……。
気持ちは分かるからつっこまないし、喜んでいるようなのでいいのだが。
……あとで、整腸剤用意してた方がいいかな……。
三人の食べっぷりにそんな心配をする。
そして、一時間後。
甘い物まで、しっかり食べたセリア達。
まるで回転寿司でもいったかのように皿が山を気づいている。
食い過ぎだろ、お前ら……。
呆れつつ清潔魔法を使い、使った食器などを綺麗にすると全て収納する。代わりに出したのはティーセットだ。
茶葉とお湯をそそぎ入れ、砂糖とミルクを用意する。
「至れり尽くせり」
「今回だけだけどな」
「今回だけかぁー……。だよね……」
幸せそうな独り言につっこみを入れたら嘆きつつも理解を示した。
……もしかして、初めからそう思ってたからあれだけ、色んな種類を食べたのか?
「さて、腹も満たされただろうからこれならの事を話すぞ?」
声をかけると三人の大人達はしっかりと頷き返す。
和気藹々とした空気が一気に引き締まった。
「さて。どのみちバレるから言うが、この世界のスキルはレベル5がマックスだと思われてるが、それは間違いだ。10まであって、そこまで到達すると、スキルに対応するステータスボーナスが貰える。魔力がプラス5されたり、MPが増やされたりな」
初めは黙ってようかと思ったが、ニアが何かのきっかけで言ってしまいそうなので先に伝える事にした。
「つまりニアはっ」
「そう、特定のスキルを育てれば短命種じゃなくなる。でもってこれはほとんどの人間が知らない」
ニアを助ける本当の方法を、スキルを売っている神殿長も知らなかったのだ。
俺が思っている以上にこのことを知っている人は少ないのかも知れない。
「で、俺としては、レベルのこともボーナスも秘密にしたいんだ」
「分かった」
「分かりました」
「ニアにも秘密にして貰いたいが、難しいだろうから、二人でフォローしてもらいたい」
二人は首を縦に振り、ニアは「秘密ぐらい出来るもん!」と言ってたが、意味分かってねぇだろ。って眼差しだけが向けられてた。
「で、ゴトー、行き先は特にないって言ってたけど、それは今もか?」
「ああ。それは変わらないが?」
「馬車って運転できる?」
「……得意ではないが、有る程度は」
ふむふむ。
その段階で思考を加速して俺はシムと会議する。
さて、シム。俺は、俺のやろうとしていることは偽善だと思うか?
『全ての正義は偽善であり、全ての偽善は正義であると回答いたします』
……その心は?
『どのような目的で、どのような結果であれ、『人の想い』があってなされるからです。考え方は一人一人違います。受け取り方も一人一人違います。同感できる者が多いか少ないかの違いでもあるでしょう』
なるほどね。じゃあ、……俺が奴隷達を買い、育ててから夏の国に連れて行くのは、偽善か、正義か?
『自立支援とでも回答すればよいかと』
自立支援かぁ……。なんか一気に、説教くさくなったというか……。
『では従業員育成にしますか?』
従業員って事は会社にすんのか?
『チェーン店とし、店に出すのは同じ品質、同じサービスがモットーですと答えればそれらしく聞こえるかと』
……なるほど。
思わずちょっと笑ってしまった。
さて、シム。俺たちに良さそうな馬車を探してくれ。
『業務魔法で出すのでしょうか?』
うん。さすがにゴドーが限界だろ。
『かしこまりました。検索いたしました。すぐに出現させますか?』
よろしく。
『では、出現させます』
四阿から少し離れた所に大きな魔法陣が光と共に現れる。それはゆっくりと、だが徐々にスピードを上げ、空へと移動していく。
魔法陣が光と共にはじけ飛んだ時、そこには大きな箱馬車と二匹の黒い馬。
『黒天馬です。前にマスターが騎士達に乗せて貰った天馬の一種ですが、あれよりもパワーに優れ、飛翔する事も出来できます』
そんな説明から始まったが、この黒天馬、気性が荒く、相棒と認めた者以外は背に乗せないという。
そんなん出したのかよ。暴れたらどうするんだよ。って思ったけど、黒天馬達は俺をジーと見た後、見事な服従ポーズを披露した。
……え? 馬って服従ポーズすんの!?
『普通はしません』
しないのにしちゃってんの!?
『マスターですから』
いやいや、ちょっと待とうか。
スキルでステータス隠蔽してんじゃん!
『あれはあくまで見えるデータの隠蔽です。実際のマスターの強さを変えられるわけではありません。黒天馬などの動物は、本能でマスターに絶対的服従をする事が生き残る事だと感じているのでしょう』
……なんぞソレー! ミノなんて普通に喧嘩売ってきたのにー!
『あれより、黒天馬の方が強いですよ』
そうなの!?
『はい。でも、黒天馬が絶対的服従を示しているのは、その黒天馬が『業務魔法』で作り出された存在だからです』
ん?
『マスターの魔力で作られた、人工生命体、ゴーレムやホムンクルス、もしくは、クローンだからです』
……そういやそうだった。
っていうかシム。俺をからかっただろ。
『そんな事はありません』
……絶対あるよな、これ……。