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だから、チートじゃ無いってば!  作者: 瀬田 冬夏
第2章 ヒューモ族
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覚悟


『マスター。ニアの母親を身請けするのであれば今すぐがいいと思います』

 理由は?

『ニアを手に入れられなかった者達が夜には行動を起こす可能性が高いです』

 了解。


「ちょっと出る。すぐ戻ってくるから、それまでに昼、何食べるか決めろよ」


 そう声をかけて俺は瞬間移動し、ブラシュガから少し離れた場所に現れる。

 髪の色と目の色を変え、見聞きした印象が、俺と重ならないようにしてから街へと入っていく。


 娼館かぁ。一度はお世話になってみたいと思うけど。

『止めた方がいいと思います』

 病気とか色々有るって事か?

『いえ、マスターの好みの問題もありますが』

 ……イヤだよ、シムさん、どこでそんなの判断したんだよ……。

『それは……』

 あ、言わなくていいです。ごめんなさい。


 俺の記憶どころか、無意識下のその他諸々も知っているのである。下手につつくと蛇どころか黒歴史という名の鬼が出てくるかもしれん。


『では話を戻しますが。マスターはステータスが非常に高いので、確実に相手を妊娠させます』

 ……はい?

『避妊具も避妊薬も無意味です』

 はい!?

『正しい使用方法をしていても100%です。マスターが出来た子供を無視できるのであれば、非道ではありますが、問題はないのですが』

 や、それは無理だ。そんな男にはなりたくない。

『はい。ですので、結婚してもいいと思う女性以外には手を出さない方がいいと思います』

 ……そっか。

『はい。同性という手もありま』

 あ、そっちはパスで。

『ヒューモ族では普通の話ですが』

 それでもパスで。

『ではそちらを考えないとなると、ハーレムを作るという手もあります。経済的にも問題はありませんし。もちろん一人でも構いませんが』

 ハーレムねぇ……。


 しばし考えて思ったのは、めんどくさそうだなぁ……。だった。

 だって女の集団ってある意味めんどいだろ? しかも男は俺一人だろ?

 俺が色んな仲裁すんだろ? あれこれ言われて、どっちの味方だなんだと詰め寄られて……。

 ………………やべぇ、ハゲる不安しかねぇ! ((((;゜Д゜)))))))だ!

 Σ(゜Д゜;≡;゜д゜)でもよし! 


『マスター 落ち着いてください』

 はい。すみません。

『……』

 …………。

『……』

 ………………………シムさん。マジなのでしょうか?

『このような嘘は申しません』

 ですよね。



 まじかー!!!



 あーあ……。あーあ……。アー……どうしよっかなぁ。

結婚は人生の墓場とは言わないけど。でも、全てのお付き合いが結婚前提って重いよ。重すぎるよ。若い頃のお付き合いって言うのはもっとこう、ウフフキャッキャとした……。


『そういう行為に至らなければいいと思いますが?』

 ………………。


 さて、同郷人のために頑張りますかぁ。


至極まともな意見に俺は即座に話を逸らした。

 彼女相手に、賢者で居続けろなんて無理だっての!


 



 ニアの母親。ネーアさんはとても美しい人だった。そして娘よりも若い。十六くらいだろうか。

 母子を見比べると、なんだかホント、ニアがどれだけ早く成長してたか実感するな。

 ネーアさんの表情はまるで人形の様だった。笑いもせず陰りもせずただ視線を少し下げ、テーブルを見つめている。

 自分を身請けしに来た人間に興味はないようだ。

 しっかし。身請け金高いねぇ。いや、人一人の値段って考えたら安いんだけどね?

 金額を聞いて少し驚いた俺を見て、ネーアさんの雇い主というか、持ち主というか、そんな男は嗤っていた。


「君に、払えるかい?」


 言外に無理だろって言ってたが、その余裕面を崩したくて俺は懐から小さな袋を取り出した。

 眉を寄せた男の前で俺はその小袋の紐を緩めつつテーブルに置く。

 中身を吐き出させるように口を広げてテーブルに押しつけると、袋とは不釣り合いな硬貨の山が出来る。自作の硬貨専用魔法袋である。

 

「な!?」


 驚く男に俺は余裕返しで告げる。


「釣りは要りませんよ。なんでしたらこの袋ごと差し上げましょう」


 男に意趣返しのつもりでやったのに、何故か、ネーアさんの表情が一瞬こわばった。


「いいだろう!」」


 疑問に思う間もなく男が笑いそう告げてきた。どうやら交渉成立らしい。

 この瞬間、俺は人一人を買ったのだ。

 ……なんかこういうのクるなぁ……。


 ため息をつきそうになるのをぐっと堪え、主の変更手続きを始める。

 彼女の首輪にある模様に元の主の血を付け、次に新しい主である俺の血を付ける。


「契約は新しい主に引き継がれる」


 男の言葉に首輪と机に置いてあった身請け金と小袋が光り、そして首輪に変化が現れる。

 模様の傍にあった数字が変化したのだ。


 俺が支払った金額に。


 契約奴隷は、契約内容を履行しないと解放されない。彼女の場合はそれは借金か……。弁済するまで解放されないというのなら、新しい主になる度にその金額が更新されるいうのなら、命すら奪う事が出来るという強制奴隷となんら変わらないではないか。

 残りの人生とその支払い能力によって契約の強弱が変わるのだから。時間が経てば経つほど命を賭けなくてはいけなくなる。

『衣食住を与えられている場合の賃金の最低価格はかなり低いです。百年という寿命から考えると、彼女は売られた時点から命をかけなくてはいけなかったのかもしれません』

 ……そう、か。そうだろうな。だから、彼女はこんな仕事をしているのだ。


「良かったではないか。お前の価値がまた一つ上がったぞ。クックックック!」

「はい……」


 男は笑い、ネーアさんの肩を叩き、彼女の静かな声は感情を押し殺していた。

 膝の上で重ねられた手は、強く握っているのだろう。指先が白くなっていた。


『個体名:ネーアがマスターの所有物となりました。そのため---』

 シム止めろ。人を物扱いするな。

 喩え事実がどうであれ、心の中までそう思いたくはない。

『申し訳ありません。個体名:ネーアがマスターの保護下に入りました。そのため彼女の所有する物は法律上は全てマスターの物となりますが、別フォルダーを作成し、管理いたします』

 うん。そうしてくれ。


「……荷物はあるか?」

「いえ、ありません。ご主人様」

「じゃあ、出るぞ」

「はい、ご主人様」


 淡々としたやりとりだけが行われ、俺はネーアさんを連れて店の外に出る。

 もしかしたら最後かもしれないのに、彼女は誰とも別れの挨拶をしなかった。

 店の人たちも誰も声をかけなかった。かけられなかったようだ。

 挨拶くらい別に構わないと思うけど、それすらも許されない環境にあるんだなって思い知った。

 

 同じ人間なのにな。


 そう口にしかけて俺は唇を噛みしめた。

 買った俺が言うべきじゃ無いと思ったからだ。


「なんで、奴隷になったんだ?」


 街の外へと向かいながら俺は尋ねる。


「……水のためです。私が住んでいた村では水はとても貴重でした」

「……そっか」


 夏の国は砂漠の国。水は確かに貴重だろう。住人達もMPは少ないし、住人が全員水魔法()を持ってたとしても、最初の頃はレベルも低いし、自分の飲む分ですらいっぱいいっぱいか。

『……マスター。あの国では、初級でも水は太陽クラスです』


 言いづらそうなシムの言葉に俺は絶句した。

 そこまで格差は広がってるのか、と。

 それでは確かにどうしようもないのかもしれない。



「帰りたいって思うか?」

「いいえ」


 それは意外な事に即答だった。


「何故? 家族に会いたくないのか?」

「会いたいと言えばもちろん会いたいです。しかし村に私の居場所はありません」

「……」


 振り返って、ネーアさんの顔を確認する。

 彼女の顔には感情なんてどこにもないように見える。どんな気持ちでこんな事を言っているのだろうと見つめていると彼女は続ける。


「……生娘で無い私はもはや昔ほどの価値はありません。村に帰ればそれだけ余分な食い扶持が増える。それであれば、このままご主人様の元にいさせてください」


 衝撃が襲ってくるようだった。

 戻っても彼女は、売られる覚悟があるとでもいうのか。

 そうでもしないと、生きていけないのか。

 たかが水だ。地球とは違う。本当に、本来なら簡単に手に入るはずの水なんだ。

 

「……ご主人様?」

 

 俺の顔を見上げて、彼女ははっとした。途端に謝ろうと頭を下げようとする彼女の手をとり、歩き出す。


「ペースを上げる」


 そう不機嫌に告げて歩くペースを速めた。


 ふつふつと浮かぶ感情。

 ああ。これは怒りだ。

 己の欲望のために劣悪な環境をわざと作っている者達に対する怒りだ。



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