神山に来ました。①
農園から直接神山へと飛ぶ。ゴドーと赤ちゃんのために、転移を最小限にしたかったのだ。
夜空の雲の中。そう言いたくなる場所に俺達は出た。
ゴドーはすぐさま膝を折り、俺は、目を点にしているヒノワ様を見つけて、会釈する。
「え? エド? ゴドーも……ああ、転移先から直接こっちに……、待って、ゴドー、アナタ……」
「……申し訳ありません、ヒノワ様」
呆然とするヒノワ様に謝罪するゴドー。
俺はよく分からず、とりあえず、同じようにした方がいいのかなと、膝を折ろうとした。 それをゴドーとヒノワ様の二人に止められる。
「ツキヨ! 今すぐ来て!!」
ヒノワ様がどこかに向かって声を張り上げる。
その声に呼応するかのように夜空の様な部屋に月が現れて、それはツキヨちゃんとなった。
「なぁに、姉様?」
「ご、ゴドーが帰ってきたんだけど!」
「あら、ゴドー、無事願いを成就出来たようねって……、エドちゃん、手を出すなとは言わないけど、子供は次の依り代が出来るまで待って欲しかったわ……。っていうか、どうやったのよ?」
「あー、すみません。我慢出来なくて」
「ツキヨ! そっちじゃない! そっちも問題はあるけど、今はそっちじゃない!!」
慌てたようにヒノワ様は首を横に振り、ツキヨちゃんは首を傾げてもう一度ゴドーを見た。そして、口をあんぐりと開けた。
「……思いきった事をしたわね」
「申し訳ありません。ですが、私がエドと共に歩むにはこの方法しかないと思いました。どんなお叱りでもお受けします」
「ゴドーは自分が妊娠できるって知らなかったんだ。だからゴドーを叱らないでください。叱るなら俺を叱ってください」
「……そっちじゃないのよ、エドちゃん」
「子供に関しては、今はそこまで問題じゃないの」
「じゃあ?」
「私とツキヨ以外の神の力を宿しているという事が問題なのよ」
「……へ?」
「この神の力は、エドちゃんの物で良いのかしら?」
「えーっとたぶん」
「訳が分からないわ。まだ神の器になっていないのに、神の力があるなんて……」
頭が痛いと言った様子のヒノワ様に俺は苦笑する。
「ゴドー、アナタがした事は禁忌だという事は分かっていて?」
「もちろんです」
ツキヨちゃんの言葉に目を剥いた俺だったが、即座にゴドーは同意した。
禁忌という言葉に俺はゴドーを守るように体を添え、神経を尖らせる。
「待って、エドちゃん。アタクシ達は別にゴドーに危害を加えようとか思ってないから」
「そうね。ゴドーの願いはそもそも、エドと一緒に居られること、だったのでしょう? その範疇と言えば範疇だしね」
ヒノワ様もそう言って、ゴドーを許してくれるらしい。
ゴドーは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……」
ゴドーの声はちょっと震えていた。もしかしたら許してくれた事が嬉しかったのかもしれない。が、一言先に相談くらいしてくれてもいいのに、と俺はちょっぴし不満である。
「さ、座って。いつまでもそんな体勢じゃいけないわ」
どこからともなくテーブルとイスが現れて、ヒノワ様はそれを勧める。
「もう一つ。ヒノワ様、ツキヨ様。エドと結婚をする事を誓いたいのですが」
「アタクシ達二人に誓うのは止めなさい。姉様に誓うと良いわ」
「あら、私に誓うと、エジュラ族のように誓った相手以外とは出来なくなるわよ?」
「出来なくなる?」
「発情しなくなるのよ」
「はい! 喜んで誓います!!」
俺が宣言すると、ヒノワ様は笑う。
「エドは神官じゃないでしょ? 駄目よ。私達神に誓って結婚するのは神官のみ」
えー! 差別はんたーい。
「ちなみにアタクシに誓った場合、『配偶者相手には夜のテクニックが格段に上手くなる』よ」
「ぶれないっすね」
「それはね」
俺の言葉にツキヨちゃんは笑う。
「ヒノワ様、エドはそれを望んでいます。なら私はそれを喜んで誓いたいと思います」
「ふふ、ゴドーはいつもエド、エド、ばかり。少し妬けちゃうし、羨ましいわ」
複雑そうな顔をし、それからヒノワ様は頷いた。
「良いでしょう。誓いのキスを持って二人の結婚を認めます」
「誓いのキス?」
「ええ、神の前でキスをする事で、それを誓いとするの」
へぇ。なんか教会ウェディングみたいだな。
……もしかして、ミカが言ってたファーストキスの大元ってその系?
ゴドーは立ち上がり、俺の頬に手を添える。
俺は目を閉じて待つ。どうせならゴドーからして貰いたいし~。
そっと唇が触れてくる。それだけのすぐに離れた、優しいキス。
目を開けると、ゴドーと目があって、互いに頬が緩み、俺はそのままぎゅーと抱きしめる。
「あらあら」
「あらまぁ、羨ましいわぁ~」
二柱の声を聞きながら俺はまだまだぎゅーっと抱きしめるが、流石にこれ以上は、とゴドーが離れたそうにしてるので、俺は力を緩めてやる。
「あの、ヒノワ様、ツキヨ様、私はエドが神になるまでは、お二方の依り代で居たいと思います」
「駄目よゴドー。そんな事したら子供に影響が出るわ」
「そうよぉ。太陽と月の力を得ちゃうわ。エドちゃんがどんな力を持っているかにもよるけど、あまり良くないと思うわぁ」
「そうね。ゴドーが安定してる所を見ると、悪い影響はとくに無いみたいだけど。幼い子供がそれを持つとなると、どうかしら、って思う部分もあるし」
「……ですが、私は……そのために生まれ落ちた存在でもあります……」
「……こういう所は私の方じゃなくてツキヨの方に影響を受ければいいのに」
「あら、姉様、それは失礼よ。アタクシだって姉様に対しては誠心誠意、真心を持って尽くしてるつもりよ」
「はいはい。それに関しては疑ってないわ。ところでエドは何の神の力を得たの?」
「さぁ? 創世神の条件は全て満たしたって言われたけど、結局なんの力かは知らないです」
「「…………」」
二柱は俺を見て、それからゴドーを見た。
「「知ってたの?」」
「……エドが生命の樹木を育てている事は知ってました。ただ本人は神になるつもりもなく、それがどういう事か知らなかったようなので、口にはしませんでした」
「なるほど……通りで、願いの中に、エドちゃんが神になってもっていう文言が入っていたはずだわ」
ツキヨちゃんは額を押さえてちょっと考えているようだった。
「ああもう、二人には色々話して貰いますからね!」
ヒノワ様はそう言って、今度はお茶とお茶請けまで出して俺達に座るよう指示し、俺達は大人しく従って座り、話せる内容を順に話していく。
「なるほど……」
ヒノワ様は息を吐いて、それからしばし考えているようだった。
「姉様。まずはゴドーに許可を出してあげないと」
「あ、そうね。ごめんなさい、ゴドー。エドが神になったら、貴方も一緒に行くと良いわ。私はそれを許可します」
「アタクシも許可するわ。そもそもアタクシ自身がご褒美に何が良いって聞いたのに、今更駄目なんて言わないわ」
「ありがとうございます」
ゴドーは深々と頭を下げた。
「やっぱ、なんか色々、決まり事みたいなのって有るんですか? わざわざ俺に全て告白させてまで許可を取ってこいって言うくらいなんだし」
「エドちゃんが、人間だった場合、そんな事しなくてもいいんだけどね。ゴドーの願いは初めからエドちゃんが『神になっても』っていうのが付いていたから。神は神にそれなりに気を遣うのよ。人間同士だってそうでしょ? だから、ゴドーの気持ちを秘密にしておくわけにはいかなかったのよ。全てを話させて、その上でエドちゃんから許可を取る。それが最低限であり、絶対の条件だったのよ。神になってもって言うのが無かったら別に構わなかったのだけどね。エドちゃんからすれば頭にくるかも知れないけど、神と人間って、人と家畜くらいに違うのよ」
「事実、そう思う神も居るわ」
「……まぁ、言いたい事は分かりますよ。正直次元が違うからそんな事言われてもあまり怒る気にもならないし」
「次元が違う……か。でも、こうやって見るとエドは本当に……、片足突っ込んでる感じね」
「そうね、姉様。私もそう思うわ」
俺を見て二柱はしみじみと言った。
俺は何がだろうと思いつつ首を傾げる。
「ツキヨとこの距離で話してて、何も影響が出ないって事はよっぽどよ」
「姉様が傍に居ると言っても、ねぇ。普通なら、何かしら影響出るのだけど」
言いつつツキヨちゃんは俺の頭を撫で、頬を撫でる。
「影響?」
首を傾げた。
「そうよ。エドちゃんから見て、アタクシと前に会った時と今、何が違う?」
「前? ……香水かな? あの時はすっごく良い匂いしてて、それが凄く気になってたけど、今日はあんまり気にならない」
あれ? もしかして、あの匂い、魅惑の芳香と同じモノだった?
「そう。アタクシは夜伽の神。快楽の神よ。こうやって話しているだけでも、魅了され、蕩けちゃうのよ。それこそ、『抱いて』って言いたくなるくらいには。こんな風に触れられて、影響が全然ないってありえないの。人間であれば」
「…………俺、もう人間じゃ無いって事ですか?」
「そこが難しいのよ……。貴男は人間だわ。それは間違いないの。でも、魂は違うのだと思うわ。人という殻を破ろうとしているとでもいうか……。ゴドーがよく使ってたひな鳥が別の意味で今後使われそうね……」
「でも……創世神……かぁ……。へこむわぁ……」
ツキヨちゃんががっくりと頭を落とす。
「そうね。いくらスキルと相性がいいとはいえ、いくらなんでもって思うわよね」
「ホントよぉ」
「どういう意味ですか?」
「この世界に『創世神』っていう存在が居ないのは何故だと思う?」
質問したのに、質問が返されちゃったよ……。
何故と言われても……。
「ふふ。ちょっと意地悪だったかしら?」
「アタクシ達は、一柱では世界を創れなかったのよ。四柱の力を合わせて、ようやくなの。アタクシ達は神としてはまだ新米なの」
「神にも学校みたいなものがあって、そこで貰った教材で私達は世界を創り人を創っているという風に思って貰ってもいいわ」
「アタクシ達が創ってるスキルもそう。型枠に力を込めて『スキル』という神の恩恵を形にし、人に授ける練習をしているのよ。それに慣れてきたら新しいスキルを作る。それがエドちゃんがよく言っている神官スキルよ。そしてその新しいスキルのデータを得るために、神官達に授けられるわ。神官は神に選ばれて神官になるけど、それは無作為なの。抽選で選んでるのとほぼ変わらないの。だって、アタクシ達は色んなタイプの人間に使って貰って、色んなデータが欲しいのだから。神に選ばれた、なんてみんなは言うけど、あの子達が思っている理由で選ばれたわけじゃないのよ」
わぉ。
「そうやって、色々試行錯誤してると思ってくれて良いわ」
ヒノワ様が苦笑を一つした。俺も困ったように笑う。
「それなのに、あっさりエドちゃんが創世神の条件を満たしたっていうんだもの。神になったらアタクシ達よりも格上よ?」
「え!?」
「そうよ。だからもうツキヨの力も全然効かなくなってるんだと思うわ」
「そうね。同等の神ならともかく格上の神には効かないわねぇ。はぁ……。こんな事なら、前の時にお持ち帰りすれば良かったわ……」
「恐ろしいことを言わんでください」
まったく。とちょっと呆れて、ふと気づく。さっきから三人で話してるだけでゴドーは全然会話に入って来てない。
そう思ってゴドーを見ると、気のせいでも無く、……落ち込んでる?
「ゴドー、何か落ち込んでる?」
「…………後悔はしてないけど……、でも、神には迷惑をかけたな、と思って……」
「迷惑?」
「私が使えないとなると、ツキヨ様はもろに影響を受けますよね?」
ゴドーはツキヨちゃんを見て、少し泣きそうともすまなさそうとも言える顔をした。
「……そうね。アナタ以外となると、アタクシは誰かの目を使うわけにはいかないわね。下手に使っちゃうと狂っちゃうもの」
「そんなに強力なんですか?」
「ええ、残念ながらね。アタクシの場合はそれを抑えるような事もしてないしね」
「え? なんで?」
「それがアタクシという神だからよ。アタクシは狂わせる神なのよ。闇も、快楽も、死も、人を狂わせるの。月の神が全てそうだとは言わないわ。でもね、アタクシはあえて、そういうのを集めて神になったのよ」
「……私とツキヨは互いに対局のモノばかりを集めて神になったの。そうする事で逆に安定しようとしたのよ。対になる物同士で輪を作るとでもいうのかしらね……」
「……実際の所、ゴドーの目を使うとなったら、影響ってどれぐらい出るんです?」
「そうねぇ……」
と、呟いたっきり、黙ってしまった。
神山②は日付変わった時間帯に予約投稿しますですー。