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彼女が出会った裸の少年

 血涙を流しながら裸で叫び狂う子供、赤髪の冒険者アンナは腰に下げてある剣を抜き放ち、警戒心を最大にして訪ねた。


「・・・・・・おい、一体お前は何なんだ?」


 ただの狂った子供なら可哀そうだがそのまま放置すればいい。だが先ほどこの子供は規模は小さいながらも確かに魔術を使っていた。もちろん、魔術を使える狂人も少数ながら確かにいる。しかしこんな子供が、恐らく十に満たないであろう少年が使えるほど魔術というものは簡単ではない。この子供はもっと得体の知れない別の何かなのでは? そんな疑問をアンナは感じていた。


 血の涙を流し、怨嗟の声で女神と叫ぶ。まさか魔族?神代に存在したといわれる女神に仇なす伝説上の存在。もし、この子供が魔族だったとしたならば、とても自分には対処しきれない。仮に魔族では無かったにしても尋常の相手ではないことは確かだ。そう考えていると先ほどまで狂態を演じていた少年がいつの間にか静かになっていた。


「・・・・・・まあ、考えようによってはモザイクも有りか。なんか余計にいけないものを視てる感があってむしろ良いかもしれない」


 おもむろにそう呟き、こちらに顔を向ける。なにか見透かされるような、どこか薄気味悪さを感じる目でこちらを見ている。アンナは心を奮い立たせもう一度問うた。


「・・・・・・もう一度聞く、お前は、一体なんだ?」


「何か、と聞かれるとなんと答えたものか・・・・・・。そうだ!そう、僕は森の精! 美しい自然を守る愛くるしい森の精さ!」


「森の精!? お前は精霊だというのか!?」


 精霊、この世の理を司る超常の存在。あらゆる面で通常の生物とは一線を画す神に連なる者。アンナはその身を強張らせた。自分には理解できない言動、使えるはずのない魔術、森に裸、なのにかすり傷ひとつない体、それらが全ての要素が少年を超俗的な存在に思わせ、通常であれば戯言と切り捨てられるような事も一蹴することができず、ある種の混乱状態に陥っていた。


 そしてこの冒険者アンナが今まさにこの場に訪れようとしている危機に気付けなかったのは、彼女の冒険者としての能力に問題があったからではないだろう。ここファルーガの森は新米冒険者が訓練も兼ねた簡単な依頼のために訪れるギルドによって管理された森であり、定期的に魔物の間引きもされ危険は少ないと認識されている。


 この時までは。


「グギャァアアアゥオォオオ!!!!!」


 突如、轟音とともに上空から地面に突っ込み現れたのは巨大なトカゲ。否、通常のトカゲではない。体調は十メートルに迫り、鋭い爪牙、毒を持つといわれる長い尾、見るものに威圧感を与える翼。


 飛竜(ワイバーン)


 太陽を遮っていた枝葉を折りながら獰猛な眼を血走らせ、その爪で獲物を仕留めんと襲い掛かってきた。


「ッ!?」


「・・・・・・」


 身を翻し、転がり込むことでなんとか凌いだアンナ、なぜこんなところに飛竜が!?奴らは国境近くの山岳地帯にしか生息しないはず!それがなぜ!?いや、考えるのは後だ。そのような些事は生き残ってから考えろ! と彼我の絶望的な戦力差に内心舌打ちをしながら態勢を整えた。


 本来、飛竜とは腕利きの冒険者がパーティーを組み、入念な準備と覚悟を持ってして挑む、そういう存在だ。間違っても、やっと中堅に手が伸びる程度でしかないアンナに何とかできる相手ではない。逃げるという行為にさえ決死の覚悟が必要なのだ。もし逃げ切れたとしたらそれは奇跡に等しい。


 しかし、一方で視界の端にとらえた彼はどうしたろうか。飛竜の初撃に死んでしまったのだろうか?


 否。


 少年は生きていた。運よく吹き飛ばされたのだろうか、先ほどまでとはずれた位置で倒れながらも、猛然とした勢いで地面に突っ込んだ為か多少動きが鈍った飛竜をぼうっと見つめていた。あの全てを見透かすような薄気味悪い目で。


「・・・・・・デカいトカゲだなぁ。なんか翼あるし」


 そう気の抜けた声で呟くと少年はおもむろに立ち上がった。それはこの死地ではひどく場違いな、まるで焦った様子のない日常のように。


「バカッ!早く逃げろッ!」


 もはやアンナの頭の中には少年が魔族や精霊かもしれないといった思考は存在しなかった。動きが鈍っているとはいえ相手は飛竜、すぐにでも回復して次の瞬間には爪か牙か、それとも尻尾のいずれかが襲ってくるだろう。迫りくる脅威の前では自分と同じ、餌になるしかない憐れな存在でしかなかった。


 そしてそれは飛竜にとっても。


 飛竜がその双眸を少年に向けた。奴はまず、あの小さき肉を仕留める気なのだろう。しかし、またしても、やはり場違いとしか思えない声で少年が呟いた。


「うわー、身体のわりに脳みそ小さいな。ま、いいか。そーれ焼けちゃえっ」


「何を訳に分からないことを!! 今はそれどころ・・・・・・じゃ・・・・・・」


ない。そう言おうとしたがアンナの口はポカンと開いたまま二の句を継げなかった。少年が何やら呟いたと思ったら何故か飛竜の眼がグルんと白眼を剥き、ぐらりとその巨体を地に横たわらせたのだ。


「うん、教本には目視できる場所なら魔術は発動できるって書いてあったけどその通りだったな」


アンナは混乱の極致にいた。意味不明な少年に出くわしたと思ったら居るはずのない飛竜に襲われるという意味不明な状況になり、意味不明なままその飛竜が仰向けに倒れている。


恐らくだがあの少年がやったのだろう。少年は興味深そうに倒れた飛竜を観察している。


「お、こいつ雄か。つーか二本あるのか。そういや蛇とかトカゲって二本あるって聞くもんな」


何を持ってして雌雄を判別したかはわからないが、彼にはきっと常人にはわからない何かが視えているのだろう。


「お、お前は一体・・・・・・なんなんだ・・・・・・」


再三口にした言葉。辛うじて出せたのはそれだけだった。







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