道中
数日空けてしまい申し訳ありませんでした。短めですがお読み頂ければ幸いです。
「領主・・・・・・ね」
ケンは訪ねてきた男、マルコと共に馬車に揺られていた。
「左様でございます。是非とも飛竜を打倒した英雄に会いたいと」
この世界で貴族に会いたいと言われるということはそれは殆ど強制的なものである。それがあまり評判のよろしくないこの街の領主だとしても。
「ま、行くのはいいけどさ。でもなんで俺だけなんだ?話を聞きたいんならアンナとかが居ても良かったじゃないか」
「申し訳ありませんが今回は我が主の個人的な願いですので。他の飛竜討伐に貢献された方々は後日改めてケン様と御一緒に報奨の場を設けさせていただきます」
「じゃあ、今回は飛竜討伐って事よりもそれをやった俺への個人的な興味ってところか」
カトレアから近いうちに領主の方から接触があると言われていたが、それは領主個人でなはなく領主の陣営、この街の運営に直接携わっている者達という意味合いであった。一年前に前領主が病死し年若く領主となった一人娘のマリー。この街に来て数日、ケンはそれとなく噂で聞いていた感じと違うなと思っていた。
曰く、現領主は傲慢怠惰で臆病な人嫌い。なんでも政務を部下に任せ日々我儘三昧、他人に会うことを極端に嫌い、共にこの街を運営するギルドマスターですらまともに会話にならないらしい。そしてその原因が人並みならぬ臆病さから来ているのだと。
「人嫌いと聞いていたが、所詮は噂か」
「いえ、恐らくケン様が耳にした噂は概ね事実だろうと思われます。事実、王都にある学院卒業後、このメルカに戻ってきた際にはその性格を一変させていまして。さらに我が主は前領主夫妻、両親が亡くなられた頃よりそのお心を壊されたようで城館に居る者意外とは殆ど会っておられません」
「しかし何故か俺には会って話を聞きたいと」
「はい、ですのでこの度は私共も驚きましたが、それ以上に嬉しくもありました。飛竜という絶望を軽々と討ち払ってしまう英雄に会いたいとおっしゃったのです。これがきっかけで少しでも主の心が救われればと、そう思い何としてでもケン様にはお越しいただきたかったのです」
「なるほどね。だからこうやって色々と教えてくれるわけね」
「あなたは主にとっても私にとっても希望となり得るやも知れぬお方なのです」
通常であれば主を貶める噂の真偽などおいそれと第三者には伝えないだろう。どのような心境の変化か主自ら会いたいと言った小さな英雄。彼なら主に何か新しい風を吹き込んでくれるかもしれぬと、そんな期待からマルコはケンには主の事を知っていてほしかった。
「おれはそんな大した存在じゃないけどね」
「ご謙遜を。飛竜をたやすく葬るなどそうそうおりませんよ。・・・・・・主はまるで何かに怯えるように、そして自分自身を守るかのように苛烈に振舞います。自身への悪意、害意といったものにとても敏感に反応されます。今回の飛竜襲来、主はひどく取り乱した様子でした。しかし、あなたによって倒されたと、また街から上がる歓声を聞き、何か思うところがお有りになったようです」
それからしばらく話しているとゆっくりと馬車が停まった。領主館と呼ばれるこの街では一等立派な城館の前にケンは降り立った。
「ほー、こりゃすごい」
関心の声を上げるケン。
「こちらの城館は前領主ラハード様が就任なされた際に建てられたものでございまして、その建設には街の方々にも色々と協力をして頂いたものです」
「随分と慕われていたんだな、そのラハードって人は」
「それはそれは、立派なお方でした・・・・・・」
どこか嬉しそうにされど悲しみも含んだ複雑な表情でマルコは呟いた。
マルコに連れられ城館の中に入るとある一室に通された。そこは品のいい調度品で誂えられた来客用の部屋であった。
「それでは申し訳ありませんが暫しこちらの方でお待ちください。この度は主の私事ですので執務室等ではなくこのような場所になりますがご容赦ください」
マルコはそう丁寧にお辞儀をし、領主を呼びに向かった。