待ちぼうけソルト
「よおソルト、飛竜持ってきたぞー」
「あ、ケンさん、昨日は取り乱したまま何もできずすいませんでした」
「気にすんなよ、ソルト本分は解体だろ?仕事持ってきたからそっちで頑張ってくれよ」
「はい、仕事ってことは飛竜ですね?大きさもさることながら数が数ですものね。うーん、それじゃあそこの空いてる場所に出してもらえますか?」
「はいよー」
どこからともなく次々に飛び出す飛竜の死体。実際はアイテムポーチから出ているのだがそんな事は露とも知らない二人の男は只々驚愕していた。知ったところで反応は変わらないのだが。
「ほら、お前ら、えーと、そういや名前聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「は、はい、自分はハーチスといいます」
「お、俺はドラクマだ、です」
普通体型の男がハーチス、大男がドラクマ、いつの間にかケンに対して口調が改まっている二人。ドラクマに関してはやはり使い慣れていないのだろう敬語くずれだが、初対面の時とは比ぶべくもない。
「よし、じゃあハチとクマ、お前ら欲しい素材の部位をソルトに伝えとけよ。悪いけどソルト、今度こいつらが来た時にそれを受け取れるようにしといて欲しんだけど」
「わかりました、ではカトレアさんに僕の方から言っておきますね」
「助かるよ」
「あ、あのハチとクマってもしかして俺らのことですかい?」
おずおずとクマが尋ねた。
「そうだけど気に食わなかったか?」
「い、いや、そんなことありません!でも本当に飛竜の素材を頂いていいんですか?」
ハチが申し訳なさそうに聞いてきた。
「何度も言わせるなよ。今度俺が困ってたら助けてくれよ。それでチャラな」
飛竜の素材、それは冒険者なら喉から手が出るほどの逸品だ。それをポンと見ず知らずの自分たちに、クマに至っては絡んできた相手だというのに渡してしまうこの少年。ふたりは飛竜をたやすく倒すその武力やどこからともなく飛竜の死体を取り出す不思議な力、そして懐の大きさに畏怖と畏敬の念を抱きはじめていた。すると自然と彼らの口からでた言葉は。
「「はい!ありがとうございます親分!!」」
「・・・・・・親分?」
唐突に親分と呼ばれ、訝しむケン、ギルドマスターは笑いを堪えきれない様子でケンに言った。
「く、くっく、そいつらは兄貴に惚れたんでしょうな。兄貴は器のデカいお人だ、それがそいつらにもわかったんでしょう」
「でも、なんで親分なんだ?他になんかなかったのか?」
「それはギルドマスターが親分の事を兄貴って読んでいるからですよ。俺らまで兄貴と呼んでしまったら俺らとギルドマスターが同列だと勘違いされそうでしたので」
ケンの疑問にハチがすかさず答えクマが補足する。
「そうですぜ、知っての通り元々ギルドマスターは凄腕の冒険者だった男、そんな男が兄貴と呼ぶんなら俺達は親分って呼ぶしかないですぜ」
「え?なに、おっさんそんなに凄かったの?」
「そりゃぁ凄かったですぜ!叔父貴はキマイラを単独で倒した男ですぜ!」
「うんうん」
クマはギルドマスターのファンだったのだろうか、随分と熱の入った説明だ。ハチも頷いている。この二人はギルドマスターの昔を知っていたからこそ、執務室であんなにも委縮していたのだろう。そしてかつて凄かったといわれる男は苦み走った顔で質問した。
「おい、叔父貴ってまさかとは思うが、もしや儂のことか?」
「そりゃ親分の弟分っていったらやっぱり叔父貴って言うしかないじゃないですか」
「そりゃそうだ。おっさんも随分と慕われてるじゃないか」
「勘弁してくださいよぉ兄貴ぃ・・・・・・」
ケタケタと笑いながらケンが聞く。
「そういやおっさんの名前って知らなかったな」
「そういえばそうですね、儂の名はレイヴンといいます」
「おっさんの癖にかっこいい名前だな。じゃあこれからはヴンさんって呼ぶわ」
などとふざけていると、解体室にアインスがやってきた。
「よおアインス、聞いてくれよ。このおっさんこんな顔してレイヴンって言うんだってよ!」
「ケン殿も来てたのか。ケン殿は知らないようだが重双剣のレイヴンはこの街どころかこの国では大体の者がその名を知っているぞ」
「ヴンさんすげーじゃん」
「今は引退した只の求道者ですよ」
ふたりは視線を合わせるとニヤリと笑い声をそろえて高らかと言い放つ。
「「おっぱい道は修羅の道!戦いに血塗られた道の先におっぱいは微笑む!」」
「おお!古強者、重双剣のレイヴンと新進気鋭の飛竜落としが! 英雄色を好むと言うが正にこれは強者の符丁!いずれは自分もその域へ・・・・・・!」
盛り上がる馬鹿二人にそれを称賛する馬鹿一人。ソルトは只々苦笑い、ハチとクマはこの人たちについていくと決めた自身をを早くも疑い始めていた。
「そうだ、アインスも飛竜の素材で欲しい部位をソルトに言っとけよ、後で受け取れるようにしてくれるってさ」
「飛竜の素材?一体なぜ?」
ケンは先ほどヴんさんに説明したことをアインスにも話した。しかしアインスは中々首を縦に降らない。あくまでも倒したのはケンであり自分は発見者に過ぎないと。
「だから、それは今度俺が困った時に助けてくれれば良いっていてるじゃないか」
「いや、ケン殿は命の恩人、何がなくとも俺はケン殿の助けとなろう」
お互いに譲らぬふたり、そろそろめんどくさくなってきたケンが折れようとした時、アインスが思わぬことを口にした。
「ならばケン殿、この遠見の魔道具を貰ってくれ」
「ん?それって貴重なものなんだろ?いらねーよ」
飛竜の素材は確かに貴重だが、その存在を狩れる者———非常に少ないが———がいればいつでも素材は手に入る。莫大な費用が必要だが金でなんとかなる物である。一方、魔道具はダンジョンでしか手に入らない貴重品で同じ種類のものはほぼ無いとされている。遠見の魔道具はアインスが駆け出しのころに所属していたパーティが誤って罠に嵌まり、ダンジョンの下層へと落ちたときに偶然見つけたものだ。パーティーは壊滅、唯一人運よく転移の罠に嵌まり、命からがらに脱出できたという苦い思い出の品なのだ。
それを今、アインスはケンに譲ると言ったのだ。ケンはそれにまつわる話を知りはしなかったが、恐らく思い入れのあるものだろうとは思っていた。
「ケン殿、この魔道具はケン殿が持ってこそ活かされる。俺ではただ遠くの魔物を発見しやすくなる程度でしかない。それに、その魔道具には苦い思い出があってな。いい機会だ、過去を清算するチャンスを俺にくれないだろうか?」
「・・・・・・もう返せっていっても返さないからな」
「言わんさ。その代わりにとびきりの飛竜の素材を貰っていくがな」
「持ってけ持ってけ。俺は返せっていうかもしれんが」
「ふふ、では万が一返せといわれた時のために俺も強くならなくてはな。飛竜を倒せるくらいには」
熱く手を交わすふたり、ヴんさんやハチとクマはその光景を温かい目で見ていた。
ソルトは早く部位を指定してほしかった。
アインスもおふざけ要員にしようと思ったのに・・・・・・解せぬ。なんかもうアインスが主人公でもいい気がしてきた




