乳に泣き乳に笑う
次の日、ケン、アンナ、ミューラの三人はギルドに向かっていた。ケンの透視能力や時空属性の事を説明するのにミューラが居たほうがいいだろうということで一緒に来てもらったのだ。
昨日通った目抜き通りをさらに街の中心部に向かって歩く。二十分ほどするとひと際大きい建物が見えてくる。
「ここがメルカの冒険者ギルドだ」
「おおーでっけー」
辺境の街メルカは常に魔物の脅威に晒されるので数多くの冒険者の存在が欠かせない。そのために国は冒険者ギルドに領主とともに街の運営を行うように要請した。そのような経緯から有事の際は冒険者の集会所および住民の避難場所とするため建物は大きく、またアクセスのしやすさのため街の中心部に建設された。ちなみに領主館は北側の貴族地区に存在する。
「ちょっとした校舎くらいの大きさはあるかなー」
「こうしゃ?」
「そうだなー、前世での学び舎ってところかな」
「ほらほらぁ、早く入りましょうよぉ」
ミューラにせかされ建物の中心からやや左に位置する扉をくぐる三人。その中、一階部分は広いホールのようになっていて正面にいくつかの受付等のカウンター、左部は依頼や各種連絡事項を貼る掲示板等、右部は酒場のような形式。多くのテーブルと椅子が設置してあり、ギルドに登録している冒険者なら割安で軽食や飲酒ができるようだ。
アンナはカウンターへ向かい緊急案件ゆえにギルドマスターへの面会を要請した。しかしどうやら受付嬢は難しい顔をして困っている様子だ。
「あの、本日はギルドマスターへの面会ということですがアポイントメントはお取りでしょうか?」
「いや、アポはない、が先ほども言った通り緊急案件なんだ。速やかにギルドマスターへの報告を要する」
「しかしギルドマスターも多忙故、事前の連絡なしではお取次ぎできません」
「事が飛竜に関することでもか?」
「はい、申し訳ありませんがそのような規則ですので」
ケンの事もあったためまずはミューラのもとへ向かったがやはり飛竜の件だけでも昨日のうちに来るべきだったか、アンナは苦虫を噛み潰したような顔で思った。
「ちょっといいかしらぁ?」
ミューラが受付嬢の耳元に何やら呟いた。
「か、かしこまりました!少々お待ちください!」
すると受付嬢は顔を青く染め、目を見張る勢いで奥に走っていった。
「・・・・・・何をした?」
じろりとアンナが睨みつけると、ミューラはここだけの話よ、と告げひそひそと先程の出来事を語ってくれた。
「あの娘ね、以前うちの宿屋に変装したギルドマスターと泊まりに来たことがあるのよぉ」
「・・・・・・なるほど、いや、なにも言うまい・・・・・・」
ギルド職員のモラルに疑問を抱いたが、そのおかげで取り次いでくれるのでなんとも複雑な心境のアンナであった。
「お待たせ致しました、ギルドマスターがお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
数分経ち戻った受付嬢はそう告げ三人を案内してくれるようだ。
「おい!ケン!行くぞ!いつまでも女の尻ばかり眺めてるんじゃない!」
ふたりが受付嬢とやり取りしてる間、ケンは酒場スペースの方できわどい恰好をした女性冒険者の臀部に釘付けだった。まるで踊り子のような煽情的で最低限隠せるだけの面積しかない格好。リビドーに従順なこの男が夢中になるのも当然であった。
「あらあら、ケンちゃんったらしょうがないわねぇ。お尻なら私とアンナちゃんがいくらでも見せてあげるのにねぇ」
「誰が見せるか!」
受付嬢は苦笑いを浮かべながら三人を伴い二階にある執務室へ向かった。
「失礼します」
「うむ、入れ」
コンコンと短いノックの後に聞こえたのは野太い声。入室の許可を得て入った執務室は質素だがどこか品の良さが伺える機能性を重視した部屋だった。そしてデスクに座っている初老程の、しかし力強さを感じさせる筋肉質の男がギルドマスターその人である。
「お前はもう下がっていいぞ。で、だ。本来なら飛び込みの面会など受けないのだが今回は緊急の案件とのことで面会を許可した。手短に話せ」
受付嬢を下がらせた後、一瞬ギラリとミューラに鋭い目を向け、そう促す。アンナも内心やはり緊急とはいえ失策だったかとミューラを見たが、当の本人はまったく気にした様子もなくニコニコと微笑んでいる。しかし、とにかく今は飛竜の件を報告しなければと、意を決して昨日の出来事をことの重大さを表すように身振り手振りに報告していく。
この時、ケンはジッとギルドマスターを見つめ、何やら思案してるようだった。時折アンナに視線を向けていたが、ケンは黙って両者を見るだけだった。話がケンの魔術属性や透視能力に及んでもそれは変わらなかった。アンナは流石のケンもギルドマスターを前にして緊張しているのかと思ったが、この男に関してそのようなことは一切なかった。この男が考えているのはもっとどうでもいいことなのである。
「ふむ、話はわかったがにわかには信じられんな。ケン、と言ったな、もし本当に飛竜の死体がそのアイテムポーチとやらに入っているのなら見せてみろ」
「・・・・・・おっさん、あんた巨乳好きか。しかも巨乳以外は認めないという巨乳原理主義者・・・・・・違うかい?」
「な、何を言っておる!!」
「そ、そうだぞケン!すいませんギルドマスター!こいつちょっと、いや大分頭がおかしいんです!」
「あらぁ、ケンちゃんそれ本当なのぉ?」
「ああ、まず間違いないとおもう。俺が最初に気付いたのはこの部屋に入ってきたとき。あの時、このおっさんは一瞬ミューラを睨んだ。しかし俺はその時おっさんがしっかりとミューラのおっぱいに視線を向けたのを見逃さなかった。」
「確かに睨んだついでにって感じの視線はあったわねぇ」
「ちなみに受付嬢もかなりの巨乳だったが、そっちはガッツリ見てたな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ギルドマスターは無言でケンを睨みつけ、アンナは呆然とケンとギルドマスターを交互に見ることしかできない。
「まあ、そこまでは良い。大きいおっぱいに目を奪われるというのは当然のことだ。ましてはミューラ程の巨乳、いや、もはや爆乳はむしろ見ないほうが失礼であろう。しかし俺が違和感を感じたのはアンナが説明を始めたときだ」
「違和感?なにかおかしいところでもあったかしらぁ?」
「ミューラほどの人間が気づかないとはな。あの時アンナは身振り手振りに説明をしていたな?それはもう、ダイナミックに体全体を使って」
「そ、それは、ほら、事の重大さを伝えようと思ってだな・・・・・・」
気恥ずかしそうにアンナが言うがそんな事はケンにとってどうでもいいことなのだ。
「違うよ・・・・・・違うんだよ。重要なのはそこじゃない・・・・・・何よりも大切なのはアンナのおっぱいが揺れていたことなんだよ!!」
「な、なんだって・・・・・・?」
「・・・・・・チッ!」
ギルドマスターが顔を歪め舌打ちをした。
「アンナのおっぱいは決して大きいわけではない。そう、普通だ。しかし形の良さ、ハリ、バランスと、そのどれもが一級品の素晴らしいおっぱいだ!だのに、そのおっぱいが激しく揺れているというのに!このオッサンは目もくれず!時折ばれないようにミューラのおっぱいを見るという始末。俺は確信した。このおっさんは巨乳原理主義者だと。大きさでおっぱいの優劣を決める、身勝手なレッテルを貼る糞野郎だってな!!」
「・・・・・・それの、何が悪い?」
地の底から漏れ出たような、聞くものに恐怖を感じさせるような、そんな低い声がした。
「大きいことこそが全て!!形!ハリ!バランス!そんなものはほどほどで良い!巨乳にあらずんば人に非ず! 並みの乳など無きに等しいわ!!」
「お、落ち着いてください!!ギルドマスター!あんた自分が何言ってるかわかってんですか!?」
椅子から立ち上がり、噛みつくような勢いでギルドマスターが叫ぶ。それは己の存在?を賭した咆哮であった。
アンナはもうどうしていいかわからなかったが、それでもなんとか落ち着かせなくてはと思いギルドマスターを羽交い絞めにする。
子供と吼えるおっさん、それを止める女、そしてニコニコと微笑むもうひとりの女。
執務室は混沌の様相を呈していた。
「こ・・・・・・の・・・・・・馬鹿野郎がぁあ!!!」
しかし、場はケンの一言で静まり返る。
その場にいた者達の視線がケンに集まる。
「なんで・・・・・・そんな事言うんだよ・・・・・・そんな悲しい事、言わないでくれよ・・・・・・」
ケンは泣いていた。
「おっぱいは、ただおっぱいであれば、それだけでいいんだ・・・・・・。大きさや形は個性にしか過ぎないんだ・・・・・・。それに、俺が何よりも悲しいのは、おっさん、あんたのプライドの無さだ」
「わ、儂にプライドが無いだと!?馬鹿なことを言うな!儂の巨乳に対するプライドは・・・・・・」
「笑止!!あんたさっき言ってたな。形、ハリ、バランス等ほどほどで良いって。」
「そ、それがどうしたぁあ!!」
「大きさこそ全てと言っておきながら中途半端にそれらを求め、さらには自分の好みではないおっぱいを貶すあんたのその歪で自分勝手な姿勢に、プライドが無いと言っているんだ!」
「~ッ!? ・・・・・・そ、そんな・・・・・・いや、儂は・・・・・・」
「おっぱいに貴賎なし!貴様は恥を知れ!」
「わ、儂は、うぅううぅぅ、う、う、儂の今までの、うぅ・・・・・・」
項垂れ涙するギルドマスター、己の全てを否定され反論さえできない。心の拠り所をなくしたギルドマスターは羽交い絞めにされていたアンナに支えられる形で力なく泣いていた。それはただの自責の涙か、それとも贖罪の涙なのか。それは彼にしかわからない。
ただ、二人の男が泣いていた。
なぜかミューラもうっすらと目に涙を浮かべ、二人を温かい目で見ていた。アンナは訳が分からなかった。
やがてケンが静かに口を開いた。
「なあ、おっさん・・・・・・顔を上げてくれよ」
ギルドマスターは俯いたままむせび泣いている。
「・・・・・・確かに俺はあんたは思想が違った。でもよおっさん、気づかないかい?俺とあんたには同じものが根底にあるんだぜ」
「・・・・・・同じ、もの?」
「そうさ、俺もあんたもただ、おっぱいを愛してるってことさ。それがあれば、あんたはまたやり直せる」
「おっぱいへの、愛・・・・・・」
ギルドマスターはまるでおびえた子供のような顔でケンを見た。
「そうだ、おっぱいへの愛を感じるんだ。ゆっくりと背中に集中してみな」
「・・・・・・・・・・・・こ、これは・・・・・・」
「そうだ、その背中に当たるアンナのおっぱい。大きさなんて関係ない、巨乳も貧乳も普乳も、おっぱいはいつだって俺たちを見守っている」
「・・・・・・温かい・・・・・・こんなにも温かいなんて・・・・・・ありがとう・・・・・・ありがとう、おっぱい・・・・・・」
アンナの顔から表情がスッと抜け落ち、ギルドマスターから離れるがそれをすかさず支えるケン。
「それがわかれば、俺とあんたはすでに友」
「儂が、間違っていました・・・・・・貴方に出会えてなかったら儂は・・・・・・。本当にありがとうございます。どうか、これからは兄貴と呼ばせてください!」
「よせよ、おっぱいの前に人は皆平等、これからはどっちが上とか下とか、くだらねぇよ」
「あ、兄貴ぃ・・・・・・」
男が男に惚れた瞬間であった。
「ふふ、男っていつまでたっても男の子ねぇ・・・・・・」
ミューラはその光景を美しいと思い笑った。自分がこの瞬間に立ち会えたことに感謝すらした。気がつくと先ほどまで泣いていたケンとギルドマスターも笑っていた。皆が笑っていた。
ひとりを除いて。
「お前ら全員死ね」
ちょっとおっぱいおっぱい言い過ぎた。そんな僕はお尻派です。




