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冥脱30年(西暦3012)、8月21日。地球は、ほぼ壊滅状態にあった。都市は壊滅し、かつての活気はない。どこを見渡しても人はいない。いない。いない。いない。
塵芥が風に吹かれて舞い上がる。人骨の粉末が飛ぶ。
日本。神奈川。川崎。中原区。
太陽が異常なほど輝き、13時の気温は摂氏39℃。喉の潤いを吹き飛ばす。
車一台が通れるくらいの道を一匹の鼠が猛ダッシュで横切っている。
雲一つない心が晴れ晴れするような美しい空を貪欲な心をもつどす黒いハシブトガラスが嬉しそうな声を上げながら両翼を優雅に羽ばたかせ電柱から電柱へと移動する。
地表には猫の死体がゴミ捨て場であるかのようにごろごろと転がり、脳髄に蛆が湧いている。異常な光景だ。いや、特殊な嗜好を持つ者にとっては最高の芸術なのかもしれないが、多くの者にとっては不快の極みである。
――芋虫がぴいと鳴く。
土煙が風によって舞い上がり、視界が塞がれがちな…、遊具が一つ残らず捻りつぶされた御津公園において、最後に生き残ったであろう5人の人類は皆、肩を落としながら、うなだれながら、ほとんど絶望しながら会話を交わす。
「どう逃げる?」
「もう終わり。逃避行はもうやめよ。」
五布萌は死を選んだようだ。ポニーテールをぶんぶんと、さもわざとらしく左右に振りながら、右足で骨が折れてしまうのではないかと疑うくらい思い切り、悲しみながら、怒りながら、思考が止まったように地団駄を踏む。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!
「――痛い!」
「当たり前でしょ…」
「なんでこんなことになるのよ!私何にも悪いことなんかしてない。誰にも迷惑かけてないし誰も悲しませてない。NGOのボランティアにも参加したし、駅で困ってるおばあちゃんも助けた。就活も真面目にやってる。大学の勉強もちゃんとしてる。何で何で何で何で何で!」
五布萌は錯乱状態であった。いつもの彼女とは思えないほどの狂乱だった。誰にも笑顔を見せ、多くの友人たちから慕われ、多くの男たちから告白され、誰もが見とれてしまうような、目鼻がくっきりとして顔立ちの整った、一言でいえば美人のいつもの五布萌とはまるで言えない、唾を吐き散らかし、目が踊り、身体中がさっきからあちこちに動いている重度の精神病患者のような有様だった。
「五月蠅い…」
先ほどから五布の話し相手となっている長身痩躯な女、峰鍔超は静かに応えた。先ほどからぎゃあぎゃあと騒ぐ五布に対して異様に鋭い眼光を光らせながら…。
五布萌は一瞬黙りこくった。峰鍔のこのまま騒げば首を絞めるぞと言わんばかりのまるで殺人犯のような眼光に恐怖を覚えたようだ。彼女の気管の副交感神経が収縮し、息が詰まる。
「まあまあ、落ち着きましょう。」
大夷綱玲が場の空気を和めるために声をゆったりと出す。彼女の心も尋常ではないことは明らかだったが…。
嗚呼、いつからこうなってしまったのだろうか。いつもの優しい日常はどこへいったのか。嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚⋯。
「いい加減にしなさいよ。喚いたところでどうなるっていうの。」
峰鍔の沈着冷静な一声が清く木霊した。