03
時は太刀……。この表現は前にも使ったか。いや使っていなかったか。さてどうだっただろう。
まあそれはいいとして、現在は下校時間だ。
学校生活の話などそう面白いものでもないため、今回は割愛させてもらうこととしよう。
否、割愛などという言葉は相応しくないか。
今回は、必要もないし、ぶっちゃけあんまり浮かばなかった学校生活についてなど面白いはずもないため、ここは伝家の宝刀、以下省略を使わせてもらうこととしよう。
……こんなところか。
一つ言うとすれば、万葉と話し込みすぎて登校時刻が大幅に遅れたことを夜絵華にいろいろ
言われたくらいだろう。……というか、学年が違うはずなのに、何故分かったのかが不思議でならない。誰かが情報を流しているに違いないな。……今度そいつを閉めておこう。
閑話休題、現在は下校時間。学業という苦行を乗り越えた生徒たちが野へと放たれる時間だ。
それは自分も同じことであり、今生徒玄関で靴を履き、野へと放たれようと足に力を入れた
瞬間のことだ。
不意にこちらをうかがう視線を感じ、そちらを振り仰ぐ。
と、そこには同じ学校の制服を着たちみっこい女子がこちらをぼおっと見ていた。
悪意は感じない。だが好意もまた感じることはなかった。
何なのだろうか。
たとえ人ならざる者たちと普段から生活しているために大したことでは不気味さを感じない自分ではあったが、これははっきり言って不気味だ。
不気味すぎてそれ以外の言葉が浮かんでこないほどの不気味さだった。
無感情にこちらをじっと見てくる同じ学校の女子生徒。
こちらが気づいても悪びれた表情もせず、そもそも表情が変わっていないが、そんな状態で今もなおこっちを眺め続けている。
……こわっ。
こういうのとは、あまりお近づきにならないほうがいい。
これまでの経験でそれを嫌というほど学んできたためだろうか。何事もなかったかのように靴を整え外へ出ようと足を踏み出した。
なんと便利な事か。
あの地獄のような経験も後々このようなことで役に立つのか。
そう想いながら生徒玄関の引き戸を開き、マッハで閉め鍵をかけた。
今。自分は見てはいけないものを見てしまった。
少女。または幼女。あるいは童女。古くは童女。
まあいわゆるロリっこというやつだ。
ただ一つおかしいことがある。それはその少幼童女が。ロリっこが、
人ではないということだ。
しかもそいつは今朝暴走を解いてやったあの面倒な、面倒という言葉の下に生まれてきたのではないかというほど面倒で、それでいてうざい。あのがきんちょだった。
「……はぁ……」
人知れず溜息が零れ落ちる。
すると、どこからともなく手のひらサイズの羽の付いた子供みたいな外見の何かしら。
いわゆる妖精と呼ばれる者だが。そいつらが集まってきて肩に泊まったり、近くを飛び回ったり、頭を撫でてくれたりと彼らの持ちうるすべての方法で自分を慰めようとしてくれる。
……なんて。なんて良いやつらなんだ。
家の居候どもにも見習わせたいくらいだ。
とことこはまあいい。あいつは一番気が利くし、それにかわいい。
他のかわいげのないバカどもと比べることもおこがましいほどだ。
そうやって小さな幸せに浸っていると、今もなおこちらをうかがっていた女子が近づいてきて、より一層がんみしてきた。
……なんなんだ。本当なんなんだよ。
扉の外には九十九神もどき。
扉の内側には、よく分からないがん見少女。
……なんだかどっと疲れてきた。
「……おい。なにさっきから俺を見てる」
どう考えても向こうからは何のアクションも取ってこなさそうだったため、仕方なく。
マジで究極に妥協して同級生らしき女子に声をかけた。
「……気のせい。……もしかしてナルシスト?」
「違う。お前、見た目に反して失礼な奴だな」
「見ず知らずの異性に対してお前呼ばわりなのも十分失礼。よって、あなたのほうが失礼なナルシスト。略してナルシツレイスト……」
「いや……。それ逆に長くなってないか? 意味もわけ分からんし。そもそも略してないだろ? 後、絶対言いにくい。かむかもしれないぜ」
「……!! 迂闊だった」
「……ようやく気付いたのか」
「……ナル失礼ストのほうが読者には分かりやすかった。それと私はかまない」
「少しでもお前のことを分かってやろうとした気が失せるほどの独創的でワンダフルなお言葉だな」
「ありがとう。褒めてもメタ発言くらいしか出ない」
「褒めてないからな。それとメタ発言とかいうなし。お前って中2病ってやつなのかよ」
「違う。私は高校2年生。いうなれば高2病。人を見かけだけで判断するとは、やはりあなたはナルシチュ……」
「かんだな。だから言ったのに。しかも中2病の意味分かってないし」
「……かんでない。これは新しい略称。ナルシュ……」
「……もういい。勝手にしてろ」
なんだかこの一連の会話でどっと疲れが増した気がする。……うん? これってさっきも言わなかったか?
……。俺ももう齢なのだろうか。
いや、心は老けていたとしても体はまだまだ元気だ。
何背俺は普段から自宅という名の戦場で日々を生延びているのだから。
一歩家に入れば体中にまとわりついてくる妖精や下級の精霊たち。
それを見て不機嫌になる中級以上の精霊たちや各種九十九神の皆さん。
そこから始まる妖怪大戦争もびっくりなくらいの家族(?)喧嘩……。
もはやこの映像だけで食べていけるんじゃないかと思えるほどの迫力が満点すぎて、普通のビデオカメラに映らないあいつらがたまに憎たらしくなってしまう。
まったく、いつもいつも俺に面倒をかけるんだから少しは役に立ってくれてもいいんじゃないかと常々考えては気にしないことにしている。
もし一言でも俺の役に立てとか、俺のために何かしろとか言ったとしたら。
十中八九他人様に迷惑をかけてでも他のやつより良い結果を出そうとするはずだ。
それはつまり。
俺が現在の暮らしを続けていれば、何かしらの不幸に会う人を減らすことができるということである。
ああ、なんと俺の人生の詰まらんことか。
何かが不自由なわけではないものの、縛られた生活というのはなかなかどうして精神にこたえる。
いや待て。
用は考え様かもしれない。
縛られていると言えばネガティブだが、名も知らない誰かのために縛られてやっていると言えばどうだ?
……やばい。何課余計にイラッと来た。
俺は思った以上に性格がひねくれているらしい。
「おい。そこの略したがり。お前、帰らなくていいのか? もしくはやることとか。ねえのか?」
一瞬だけ、少女の肩がはねたような気がした。
帰る……という言葉のあたりだろうか。
なるほど。こいつはあまり家を快く思えていないということなのだろう。
だから俺みたいないろいろと目立っているやつを観察しに来たのか。暇つぶしに。
ふむ……。
帰るか。冷たいようだが、家のことにまで口出しするのは常識的に見てありえないし、そこまでする義理もない。……普段から刀を携帯している俺が常識とか少しおかしな気もするがな。
「じゃあ、俺は帰るからな」
「そう。さよなら、ナルシアス」
「誰だそれは……」
「あなたのことよ、ナルシチューテ」
「……あばよ」
最後の最後まで疲れるというか、掴みどころのない変なやつだった。
扉に向かい、鍵を開ける。
そして。
「いくぞ……」
足に力を入れ、扉を開け放つと同時に走り出す。
「ああ!!」
本日2度目の九十九神もどきの叫びはまたも後方から響いてきた。
……ざまあみやがれってんだ。
そのままスピードを落とすことなく、俺は家へとたどり着いた。
「ただいま……。おい、てめえら、離れやがれ……。はぁ」
自宅のドアを開き、さっと後ろを振り返り誰もいないことを確認して家へ入り、ドアを閉め、ついでに鍵も閉めた。
ようやくゆっくりできると思いきや、体中にまとわりつくなんかいろいろ。
もうごちゃごちゃしすぎて俺にもよく分からん。
「……お帰り……。今日はちょっと疲れてる?」
「まあな。何課いろんなやつに今日はあったんだ……」
「そう……。今日はゆっくり寝ないと……ね?」
「そうだな」
「……」
「……」
「ゆっくり……寝ないと……ね?」
「じゃあ、今日は一緒に寝てくれるのか?」
「……う」
体中にいろいろと纏わりつかせながら玄関に立ち尽くしていると、奥の方からとことこが歩いてきて出迎えてくれた。
こいつも九十九神だ。
長年丁寧に使い続けられた布団が元らしい。
姿は体に掛布団を巻き付けた小さな女の子だ。
また小さな女の子かよと思ったやつも多いかもだが、こいつらは九十九神でも下級に属する者なわけで、姿も幼い。中級、上級、それ以上となればダイナマイトバディーなお姉さんから、老婆の姿と多種多様な見かけの者が存在している。
もちろん女だけじゃなく男の姿を取るやつだっているぞ。内にもいる……。たぶん。
だが、下級とはいえ九十九神だ。損所そこらのやつなんて相手にならないくらいの力をこいつらは持ってる。
ただそれが戦闘向きであるかは元となる物品によって変わるらしい。
とことこは当然戦闘向きの力ではない。
その纏っている布団で快眠へといざなってくれる。
しかも疲労回復の効果もあるという。そんな力だ。
だから俺はさっき一緒に寝てくれるように頼んだ。
決してそういう趣味嗜好の持ち主ではない。
「……ふう」
そうこうしている間に気が済んだのか、体中に纏わりついていた御一行様方が満足げな顔を浮かべながら去っていった。
さてと。
俺も部屋に行くとするかな。
「とことこ、お前も来るか?」
「……う。行く」
後ろからついてくるとことこを確認して、俺は部屋へと歩き出した。