帰り道
彼女と二人、夕焼けで赤くなった道を歩く。その間、ぼくはこれからするであろう仕事について、過去やってきた事を参考にしながら教えられた。
曰く、仕事の基本は彼女のご同類を捕まえる事であるらしい。ぼくは先ほど見た鬼のような姿を思い出し、それがたくさん居るのを想像して眩暈を起こしそうになった。倉庫内での彼女の話しぶりから、てっきり人間を相手にした仕事だと思っていたのだ。まさか、フユミさんみたいなのがガツガツぶつかり合う場で何かをさせられるとは思いもしなかった。
実のところ、さっきみたいにショッキングな場面が頻繁に出てくるとなると、心が耐えられるかわからない。そもそも、少し時間が経った今でさえ、頭の隅では夢だったのではないか、と疑っているくらいなのだ。
いまいち説明し辛い感覚だが、それは随分昔に見た、大金を拾う夢に似ているように思う。要するに、あり得ないシチュエーションなのに、それを疑う事ができない。しかも、嬉しさか恐怖かわからない感情で頭がボンヤリするせいで、前後不覚になるのだ。
ちなみにその夢でぼくが取った行動は、道徳的な対応を心がけ、一度は触れずに離れる事ができたが、結局魔力に負けて金を取りに戻ってしまった。すると、お金は散乱し、数が随分と減っていた。そして夢独特の短絡的な結論がパッと出てくる。
「そうか! きっと一番最初にネコババした人は、不特定多数の人間がお金を取ったと見せればどれだけ盗ったかわからない、という案を使ったんだ」と、いう具合に。
大金を拾うなんていう事が現実に起こるかはわからないが、もしもという時は一応参考にしようと考えたものだ。
ぼくが上の空でも、彼女は淡々と語る。
化け物の捕獲任務以外にも、要人警護、人命救助、犯罪の未然防止など、色々したらしい。しかし、要所要所が端折られていたので、うまく要領を得ず、結果や成果も伏せられていたことから、なんだか大変な事をしていたんだなぁ、という感想くらいしか抱けなかった。
正直に言えば、そんな微妙な話をされるよりも、むしろこちらから知りたい事を端的に質問したい。例えば、フユミさんが一体いつからこの副業をしているのか、とかね。いや、待て。それを聞くと、自然とフユミさんって今いくつなんだろうという疑問に行き着くわけで。確か、女性に年齢を聞くのは失礼らしいから、直接は聞けない。
流石に先生を名指しで呼んでいないのだから、ぼくとそれほど離れてはいないだろうと推測はできるが、それでもやはり確実な情報が欲しいと思ってしまう。あ、そうだ。先生に聞いてみようか。年齢も、本人のを聞くのでなければ大丈夫だろう。
「ねえ、愛臣くん。今の話聞いてた?」
「あ。……いえ、聞いてませんでした」
「…………。無理も無いか、あんなの見た後だし。しかも、変に興奮してたしね」
半分当たっているような、いないような。
「それにしても、フユミさんはどうしてそんな仕事をしているんですか?」
「給料と待遇がいいからよ」
なんだか妙に俗っぽい……。特殊能力を手に入れたらどうする? なんて質問をされて、金儲けを考えない人間ってあんまり居ないけど、実際に行動に移す人って、絶対に悪役だよなぁ。小説とか漫画くらいしか参考が無いからかもしれないけど。
でも、ある意味一番現実的なのかもしれない。確かに、フユミさんの変身後が街中をうろうろしていたら大騒ぎになる。しかも、それが複数いると分かれば、規制する必要を誰かが提言するのは当然だろうし、鼻つまみ者同士をぶつけるっていうのも、ありがちな考えだと思える。
「……というより、それ以外に活かしようも無いでしょう?」
まあ、それもそうか。
この調子で質問するのに徹するか。これからの為に、情報は必要だものな。
…………さっきまで聞き流していた奴の言う台詞じゃないけど。
「気になったんですけど、そういう風に仕事を回してくる大元は一体、どこの誰なんですか?」
「さあ? 調べてみた事もあるけれど、核心に行き着く前に先生に止められたわ。だから、私も知らない。けれど、納得できなかった私に先生はこう言ったの『お前を雇っているのは、国規模の何かだ。それで納得してくれ』と。まあ、本当に国が動いてるわけは無いから、漠然としたものを指したかったんでしょうね。実際、給金は見合ってないし、フォローもザル。いいところ、企業一つ分くらいにしか思えないわね」
「はあ……」
国とはまた、先生も大きく出たもんだなぁ。すでにそんなに大事になっていれば、何かしら噂みたいなのが転がってないのはおかしい。少なくとも、ぼくの周りではそんな話はまだ無いわけだし、やっぱり企業レベルだろうか。それでも相当だけど。
―――――いや、そうでない場合もあるか。逆に、そんな大事を完全に隠蔽できる規模の集団なのだと考えてみれば、国が係わっているというのも信用できる。
個人的にこの謎は興味をそそられるが、先生が止めるのなら今のぼくが知りうる手段は無いな。まあ、仕事をこなして信用されるのを待っていれば、情報は自然に集まるだろう。
「じゃあ、その先生の立場って、ここでは一体どういうものなんですかね?」
「……私はマネージャーみたいなものだと思ってるわ。そうね、会社で言えば中間管理職って所じゃないかしら。末端の管理みたいなのが仕事だと思うけど。まあ、先生に関しては、私が言うまでも無く本人から説明があると思うから、詳しい事はその時に聞いて」
「わかりました」
マネージャー、ねぇ……。先生はぼくの学校で教師をしている間も、そちらの仕事をこなしていたんだろうか。いや、そんな仕事があるなら、なんで教師なんてやってたんだ? よくわからない事ばかりだな。仕方無い、言われた通り本人に聞くとしよう。
「今まで、変身後の姿をぼく以外の一般人に見られたりしなかったんですか?」
「あるわ。でも、不思議とほとんどの人が何も覚えて無かったの。ほんとうにごく少数の何人かは大騒ぎしたけれど、そんな少しくらいの人がオカルトじみた事を言い出しても、誰も相手にしないわよね」
「なるほど。じゃあ、どうしてぼくはしっかりと見えたんですか?」
「集中と誘導によって、意図的に見える人にする事ができるのよ。少し待って貰っていた間に、倉庫内のスピーカーから、人間には聞こえない特殊な音を流して、下準備をする。そして、今から変身しますよーっていう誘導。この方法でしっかりと認識すれば、次からは何もしなくても、ちゃんと見る事ができる。まあ、私も今日始めて使ったから、持続時間に関しては保障できないけど」
そうか、そんな物があるのか。それじゃあ、件の『企業』はかなりフユミさんのご同類を研究しているんだな。
「だったらもし、ぼくが怖がって逃げ出してたら、一生幻覚に悩まされてたって事ですか?」
「それは無いわ。多分、一週間以内に捕獲されてどこかの施設に送られる。帰ってきた時には立派な新興宗教信者か、壁とお喋りするのが趣味の人になってるだけ」
「…………」
「冗談よ」
一瞬、本当に背筋が寒くなった。でも、なんか本当にありそうで怖い。
「……あれは超音波? なのかしらね。ただ、機材を渡されただけだから、詳しくは知らないけれど。説明されたのは、よく響く場所で使うと効果が出やすいとか、人によっては感情が高ぶったりする、くらいだわ」
え、もしかしてぼくがさっきまでやけにハイだったのってコレのせいじゃ……。まあ、それが結果的にいい方に働いたから、いいけど。
「それじゃあ、ほとんどの人に見えないんだったら、触るのはどうなんです? まさか、それすら気づかないっていう事は無いでしょう?」
「……不可視に関して私を含めた周囲の考えでは『全員見えているけれど、認識しようとしない人が多い』っていうのが有力なの。その証拠になるかわからないけど、あの姿が見えなかった人が大きい鬼の話を聞くと、普通よりも極端に嫌悪感を表すなんて話もある。で、接触に関してなんだけど、もちろん触られている感覚はあるそうよ。ただ、見えない物に触れられても、原因を見つける事は不可能よね。だから、露骨な場合は勝手に原因を予想する。すでに、そういう存在が居る事を知っている人は、違うけど」
それってつまり、透明人間みたいなものって事だろうか。ふうん、なるほど。暗殺向きなわけだ。それならいくらでも重宝されるだろうな。
「じゃあ、街中を全力疾走しても大丈夫ですね」
「そういう時は先に上の判断で、ある程度の人払いはしてくれるわ。あと、ビデオカメラなんかには普通の人間として写るから、監視カメラは気にしなくていいわよ」
「へえ……」
そうこうしている内に河辺家に帰りついた。