ラッキーアイテム
ずっと閉じ込められていた。素材は鋼鉄と石。堅牢で、いやらしい作りの檻。
逃がさない為だけに特化された、私の為の檻。
部屋の隅で虎視眈々と待つ。扉が開いたら迷わず飛びかかれるように。
どうして私がこんな場所に居なければならない。
私が何をしたというのか。
答えを聞かせてもらう。そして、話をしよう。
お互いに得をする話をしよう。
さあ、扉を開けろ。
私はお前らの役に立つぞ。
*
少しだけ時間は遡る――――。
出発の日の朝、ぼくはこんな番組を見ていた。
『おはようございマぁス! 経済の安定と結婚を願うアナウンサー、いっちーこと無花果広子でっす! ちなみに、苗字がグラマラスなのに名前が普通な理由は、両親曰く「苗字は呼びにくいから名前は呼びやすいのにしておこう」って事らしいデス! ところでグラ・マラ・スって区切ると何だか気持ち良さそうな響きよね! ああ、無駄な事言ってたら高見沢プロデューサーに怒られちゃう! カンペに「巻け」って書いてある! いやん、早くしないと! で、何言うんだっけか。ああ、大丈夫。大丈夫だから。貸した金額とフッた男の名前と、あと台本は絶対に忘れないから。……占いコーナー‼ デスね。はいはい巻きで、巻きですねー。それじゃあ、今日も無駄なトークの間に二位以下は画面に出ましたから、一位だけ発表しますよー。今朝の一位はカニ座の貴方! 新たな恋がブレーンバスターみたいにガッツリ来るはず! ラッキーアイテムはブラジャー‼と、乳首にキャラモノの絆創膏だヨ! それじゃあ、みんなお仕事がんば……キャー!高見沢さん何するんですか! 貴方の同居中の両親と一匹の犬が、先月購入したマイホームで団欒中に見ているのに私を襲うなんてー!! あれーっ!!(ガッ) 痛っ! ちょ、おま……(ブツン)』
それを見て、「ああ、ぼくカニ座だ。そうか一位なのか。今日は出発の日だし、何か良い事があるのかな。じゃあ、ちょっと乳首に絆創膏でも貼るか」なんて思ってたわけで。
しかし、それを本当に使う事になるとは、この時は思いもしなかった。
回想終わり。
例のホテルについた後、ぼくは先生に導かれて、近くにある一軒家を訪れていた。そこは、ぼくがこちらに居るあいだ住む部屋を貸してくれるお宅なのだそうだ。
先生曰く、大家の人は気安くて頼りがいのある人だけれど、だからこそくれぐれも無礼の無いようにと言い含められてから、インターホンを押した。
すると、少し時間を置いてから、扉の向こうで床を踏む音と共に、人が近寄ってくる気配を感じた。インターホンを押したはずだが、どうやらここの家主は直接応対するタイプの人であるらしい。やはり、田舎は治安がいいからだろうか。
と、ぼくがそんな事を考えていると、扉の向こうからパジャマのボタンがバッチリ開いた、素晴らし……だらしない格好の女性が眠そうに出てきたわけで。ぼくの中のボルテージは一気に振り切れ、治安の事など瞬時にブッ飛んでしまった! 今、目前に広がる光景は、これまで生きてきた数十年の中で最高にラッキーでハァァァッツフォォォ!!なわけで。とくに、鎖骨下あたりの少し平らな辺りがスベスベしてそうで、しかも放送コードギリギリな露出具合がその何ともかんともいいとも。
興奮しすぎて鼻息荒いぼくとは打って変わって、女である先生はあくまで冷静に、
「公然猥褻罪だな。それにしても随分発育がいい……ゴクリ」
ああ、そうでもなかった! ほんと、この人の頭は学生と一緒だ!
大いに反応するぼくら二人を前に、パジャマの女性がどんな悲鳴をあげるのかとワクワクしていたが、その期待はすぐに裏切られた。そう、彼女が返したのはただ一言。
「いらっしゃい……」だけだった。
「「おお……!!」」
なんと、この状況でノーリアクションである! それはなんて……素晴らしい。好きだぜ、そういうの。というか間違いない。今日の星占いが言ってたのはこの事か!! 確かに、この出会いはブレーンバスター級。間違いない、ぼくの恋はここにあったのだ! イエス、流石だぜ、星占い! なら話は早い。もちろん貼ってあるぜ。間違いないぜ!
「先生! ここはぼくに任せて下さいッ!!」
ぼくは躊躇う事なくTシャツを脱ぎ捨てた。乳首にはもちろん『ネオポップマインド』と書かれたキャラ絆創膏を装備済み。
「わあっ! なんで脱ぐんだ!? っていうか、その絆創膏……おおう」
「お姉さん、ぼくの名前は愛臣増加。気軽にマスカットちゃんと呼んでください。それで、モノは相談なのですが、僕と結婚を前提にお付き合いを前提にお友達から始めてはくれませんか」
「まわりくどっ! 普通に付き合ってくださいって言えよ!」
「先生。ぼくらは初対面ですよ」
「え、何その良識。いらない。というか、脱衣は冷静な上での行動だったんだな、このド変態」
「先生。ちょっと静かに。今からが最高にいい所なんですから……ハァハァ」
勢いに任せて下も脱ごうとしたぼくを、先生はズボンを無理やり引き上げて制止。
「あかんあかんあかん! それはあかーん!!」
「くそっ! 止めるな! ぼくは、ぼくは……!!」
「あか――――――ん!!」
「ああ、先生! ちょっと強い! ああ……。 ああッ!!」
なんか、ああ!
ハアアァァッツフオオォォォォ!! ……ほんの一瞬だけど、この微妙な快感で、ちょっとだけ先生を好きになりかけてしまった。ズボンを引き上げるという行為とは、なんて危険な香りを醸すのだろうか。芳しや。あな芳しや……。こういうのも悪くない、かもね。
そんなぼくを見る、目前の女性は、
「……中にどうぞ」
無反応、最高ォォォ!! YEAH! やっぱりお姉さんだ! 一瞬でも迷ったぼくは愚か者だ。やはりこの人に一筋でいるように心がけよう。法律が一夫一妻制だからじゃない、ぼくの心を彼女に独占されたいからだ!! ヒャアッ!
正直、自分の脳内で繰り広げられるこれらの声を実際に聞かれないで本当に良かったと思う。と、ぼくの冷静な部分は苦虫を噛み潰したような顔で思っていた。
パジャマのおねいさんが室内へノコノコ歩いていく後姿を見ながら、少しずつ冷静になってきて、ぼく(のすでにオーバーヒートした部分)は思う。嗚呼、恋って凄い……と。
「先生。ぼく、恋が素敵な事だって、理解しました。ぼくに足りなかった青春は、まさしく恋だったんですね。コレが欲しかったんですよ! 先生も分かっているならこんなに回りくどい事しなくっても良かったのにドゥフフ、フフフ、フフフフフフ!!」
「こいつまだ頭に血が上ってやがる。落ち着け、冷静になれ」
「(スルー)先生。それにしても彼女、ぼくがここまで体張ったのに無反応でしたね。なんだか少し残念な気がしてきました。本当はそうでもないですけど」
「変態死ねよ。警察呼ぶぞコノヤロー」
「先生、男子学生は大体みんな、一生に一度は乳首に絆創膏張って登校するんですよ?」
「嘘!?」
「本当です」
「本当なのかよ!!」
先生って意外と騙しがいあるな。混乱すると素直になるのか。それはとても男性視点から見て美点だと思いますよ。これぞギャップ萌え!
「……二人とも早く入って頂戴」
玄関でモタモタしていたので、大家さんに怒られてしまった。
「あ、はい。すいません」
「なあ、おい! 本当なのか!? それなら、一日くらいクラスの全員が貼ってる日とかもあるのか!?」
「先生……。思いのほか食いつきますね。でも、ぼくも全員の乳首をいちいち観察してるわけじゃないので、何とも言えませんね」
「私は今日からお前らを見る目が変わりそうだよ。それにしても、若さってのは本当に後先考えないものだよな……」
まったくです。
「ホラ、もう中に入りますよ」
ぼくは、少しトリップしている先生を引っ張って戸をくぐった。
中からは、他人の家独特の生活臭のようなものがする。それにしても、若い女性の家って、どうしてやけに甘ったるいような匂いがするんだろう。やっぱり芳香剤や香水なんかの匂いなんだろうか。いや、それともフェロモンかな? ぐへへ。
「おい、マスカット。なんかイヤラシイ事考えてるだろ」
「な! なな、何を根拠に、そんな……」
今、心臓が止まりそうなほどびっくりしたわ。なんでわかるんだ。
「いや、こういうシチュエーションで言ってみたかっただけなんだが、図星だとはな」
「…………」
ああ、そうさ。考えていたさ。しかし、それは言わなきゃ伝わらない。と、いう事でこの話題はスルーしようか。