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「任務完了です。先生」

「ご苦労様」

「先生、彼女は……どうなるんですかね?」

「まあ、まずは精神科で診断。その後、施設に収容だろうな」

 あの様子では、回復に時間がかかるかもしれない。

 マンホールから、今度は二夕見さんが出てきた。しっかり人間の状態だ。

「……全部済んだのね」

「はい」

「……彼女、これから辛いでしょうね」

「そう、ですね……」

 こういう研究を喜んでやるような奴らがマトモな神経を持ってるはずがない。パソコンと数式の中に神様が居るような連中に体を弄くりまわされるのだろう。研究に情はいらないのだ。そして、研究対象は区別されない。

「でも…………いや」

 ぼくは今、バカな事を考えている。二夕見さんの顔を見たせいで、なんだか胸の奥の方がズキズキ痛むのだ。そのせいか、うつむいてしまう。しかも多分、赤面してる。

 その様子を見て、二夕見さんはふっと笑って言った。

「……お願い。行ってあげて」

 決められた感じだった。

「先生。最後に少し、阿傘さんと話をさせてもらえませんか?」

「危険じゃないか?」

「大丈夫です。きっとそんな気力はもうありませんよ」

「あー……、ちょっとだけだぞ?」

「ありがとうございます」

 歩み寄り、先生がカプセルの外側にあるキーボードで無秩序ないくつかの数字とアルファベットを打ち込むと、自動で扉部分が開いた。

 そこには、どこを見ているのかわからないような目をした、阿傘さんが膝を抱えて座っていた。

「阿傘さん、あなたはこれから関係施設へ送られるでしょう。でも、あなたは有能で、このままただ廃人にするには惜しい。だから――戻ってきてください」

 彼女の体が、かすかに震える。

「同類の捕獲任務に条件付きで志願するんです。配属をここにしてもらい、ぼくと二夕見さんを監督者とさせるんです。今回の顛末を聞けば、お偉いさんも納得してくれるでしょう。まあ、あくまで予想ですが」

 彼女の目に、若干の光が戻る。そして、ぼくを見る。

「君がここに戻ってきて、ぼくの片腕となったなら……」

 ぼくは、卑怯者だ。

「――――――今度はあなたを、救うと誓おう」

 待ってます。と言って、もう一度閉めてもらう。扉が閉まりきるまで、ぼくは阿傘さんを見ていた。最後に彼女は、どこか、人間らしい顔をしていたように思う。

 ああ、本当に最低だ。救うだって? 自分でやったくせに……。挙句の果てが、かわいそうだから救おうだなんて。ぼくは一体何様のつもりだ。

「……後輩ができるかもしれないわね」

「その時はちゃんと指導してあげてくださいよ?」

「……私じゃなくて、あなたよ」

 そういう扱いになるのかなぁ? うわあ、ぼくも指折られた恐怖があるんだけどな。

「愛臣。お前が勝手にやったんだ。最後までちゃんと責任持てよ」

「わかりましたよ……」

「ま、とにかくお疲れだ。お前ら二人はもう帰っても良さそうだし、行こうぜ。送ってやるよ」

「あ、はい」

「……お願いします」

 今日突然始まった追いかけっこが、ようやく終わった。

 車が走り出し、夜景とも言えない民家の点々とした明かりがいくつも過ぎていく。

 車の中でぼくが考えていたのは、とにかくお腹が減ったという事。もう、ペコペコで胃が痛いくらいだった。

「味噌汁が飲みたいな……」

 ぽつりと零す。

「……わかった」

 その独り言に、二夕見さんが反応した。

 驚いてそちらを見ると、二夕見さんは窓の外を見ている。てっきりそこから話が膨らむかと思っていたぼくは、少し残念に思いながらその横顔を眺めた。

 突然、右手が何か柔らかいものに触れる。

 二夕見さんが、ぼくの手を握っていたのだった。

 もう一度彼女をよく見てみると、なんだか心なし顔が赤いような気がした。

 どうやら、またぼくは我知らず彼女の好感度を上げていたらしい。

 できれば今後の参考の為に詳しく聞きたかったが、なんだか恥ずかしかったので、口にはできなかった。

 ぼく、女の人と手を繋ぐの初めてだったんだ。


 帰ってから、二人で晩御飯を食べた。あの時の味は生涯忘れないだろう。あまりにも美味しくて、うれし泣きしながらごはんをかきこんだのを覚えている。

今度は桜さんや先生も一緒に、みんなで食べよう。そんな話をした。


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