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リベンジ

 ぼくはもぞもぞと動きながら、ポケットから携帯電話を取り出し、先生にかけた。

『はい!』

 ほとんどコールを待つ事なく、先生は出てくれた。

「先生! 今から用意して欲しいものがあります!」

 すごい速さで移動しているせいか、ごうごうと雑音が入るが、死ぬ気で声を張り上げて用件を伝える。

 ぼくの部屋に置いておいた策。フユミさんとアガサさんが緊急の戦闘になった場合に備えて、思いつく限りの攻略法を考えておいたのである。

 まさか、本当に使う日が来るとは思わなかった。

 というのも、ちょっとした戯れのつもりで、SFストーリーの真似事を書いてみただけなのだ。だから、非現実的な案が多々ある。しかし、その中でも、使えそうなものを先生に用意してもらった。まあ、期待してるのは先生の後ろにある権力だけど。

「しばらく適当に逃げ回ってください」

『追いつかれるかもしれない』

「なんとか、用意が整うまで粘ってください。それから、最終的な目的地は、裏山タワーです」

『わかった。やってみる』

 そして改めてアガサさんを確認しようと振り向くと、そこに彼女の姿が無かった。よく見ると、少し前に通った場所が坂の上下で二手に分かれており、フユミさんは下りを選択していた。恐らく、長く走る為のルートを最優先に考えたのだろう。

 それがリスクになるという事は承知の上で。しかし、それならばおかしい。最高の地形なのだから、水になって滑ってきているはずなのに。

 嫌な予感がすると同時に、ぼくは叫んでいた。

「上だッ!」

 何故そう思ったのか。多分、理由は無い。こういう場合の相場は決まっているとでも考えたのかもしれない。

 結果的にこれは的中する。アガサさんは先ほどの分かれ道で上に行く事を選択していたのだ。そして、走り幅跳びのようにガードレールを踏み切ると、空中めがけて思いっきり跳躍した。

 瞬間、凄まじい横Gに頭を揺らされる。どうやら、フユミさんが反応して、のしかかられる前にブレーキをかけながら進路を九十度変えたらしい。

 彼女が判断力のある人で助かった。もしも何もしなかったなら、組み付かれた後、ぼくかフユミさんのどちらか――もしくは両方がやられていたかもしれない。しかし、おかげで滞空時間分の猶予は貰えた。

「フユミさん、一度どこかに隠れましょう」

『この体で隠れられる場所なんて、そうそう見つからないわ』

「はは……。最初にぼくが今のフユミさんを見た場所を覚えていますか?」

『! 港の倉庫街ね』

「そうです。その為に、まずは追っ手を一度撒かないと」

『それは問題無いわ』

「え?」

 フユミさんはぼくをそこいらの車のボンネットの上に無造作に置いた。軽く背中を打ち、一瞬だけ呼吸が止まる。そして盛大に咳き込む。

「ゲホッ! ゲホッ! うー……」

せめて、やる前に言っておいて欲しかった。

 彼女は近くにある別の自動車に寄りかかって携帯を弄っていた青年をつまんでその辺に放ると、すぐに人間の姿に戻る。そして、乗り込んでエンジンをかけるや、バックしてこちらに戻ってくる。ぼくはボンネットから滑り落ちてから、その助手席に乗りこむ。

 ぼくがシートベルトを着けようとモタモタしている間に、彼女はギアをドライブに入れて急発進。後頭部をしたたか打ち付けて、また頭がクラクラする。

「こんなんばっかだな……」

 バックミラーにアガサさんの姿は無い。彼女が天井に張り付いてでも無い限りは、恐らく撒いただろう。これでトランクにでも入ってたら悪夢だな、なんて考えていたら――

後ろから『ゴンッ!』と何かがぶつかる音がした。

「うわああああああ!!」

 心臓が飛び出しそうになるのをこらえて、振り向くが何も無かった。

「……落ち着いて。サッカーボールが当たっただけよ」

「そ、そうでしたか。ハァ~、もうホント勘弁して……。鳥肌立ちすぎて、戻らなくなっちゃいましたよ」

「……いつ本物が来るかわからないわ。一応、警戒しておいたほうがいいわね」

「そうですね……」

 やれやれ、まるでホラー映画だ。

 ぼくらはそれから倉庫街に入る前に車を捨て、使われてなさそうな倉庫を選び、その辺に落ちていたバールのような物で順番に鍵を破壊して回った。些細ではあるが、時間が稼げることを祈って。

 そして、その中の一つに身を隠す。ちなみに、選ぶ基準は武器になりそうな物があるかと、隠れる場所があるか、だと二夕見さんは言っていた。とある倉庫で設置される前の道路標識を見つけ、フユミさんはここにしようと決めた。彼女が通行止めの標識を見る目は何だかとっても危ない。

「フユミさん、相手には物理攻撃は効かないですよ?」

「まずはやってみてからよ。もしかしたら、破裂してブッ飛んでくれるかも」

「想像したくないです……」

物騒な話だ。しかし、それで方がつけば楽だとは思う。だが、こういう不真面目な妄想をすると――――

「おっはよう!」

 アガサさんがやってくる。どうやって登ったのか、二階の割れていた窓から颯爽と飛び出してきた。しかし、なんでまたこんなに元気なの。

『……それじゃあ、行ってくるから』

 そして、いつもの如くマイペースなフユミさん。そして、本当に一切の躊躇いなく飛び出し、標識を斧のように振り回しながら、アガサさんの首を飛ばそうと殺到した。予想通り液状化して回避され、すぐさま追撃するも、弾き飛ばすのが精一杯でダメージはまるでない。

『……ダメね』

「残念ながら、物理攻撃は完全に効かないの。だから、いくらやっても無駄よ?」

『……そうかしら。再生に制限があるのかもしれないわよ』

「それは大変」

 状況が変化する。フユミさんは倉庫の真ん中あたりで反撃の構え。アガサさんはどこかで息を潜めて姿が見えない。てっきり押せ押せで来るかと思っていたので意外な展開になったものだ。

 ぼくも状況が気になって、物陰から様子を窺う。すると、まったく同じタイミングで丁度反対側にあるブルーシートの影からひょっこりと黄色っぽい何かが現れた。それを見た時、「そうか、工場内の物を武器にするのは、相手も同じだった」と気づく。

 エアーネイラーというものがある。木材なんかに釘を打ち付ける道具なのだが、それはあくまで木に向けた時の話。人間に向ければ凶器になる。銃弾の代わりに釘が飛んでくるわけだ。

 フユミさんはターゲットが現れる度に叩くのを繰り返し、その隙間を縫ってアガサさんが影からわき腹辺りを狙って撃つ。それを繰り返しながら障害物をどかしていくフユミさんだったが、相手が怖がらないので逆襲を考えて強気にはいけないようだった。

 アガサさんは、釘をあらかた打ち尽くすと今度はそこら辺に落ちていたものを無差別に投げ始めた。工具から石灰の詰まった袋まで。

「石灰?」

 石灰のような細かい粉を屋内で空気中に大量に撒くと、粒同士が擦れて発火、そして引火、爆発する。粉塵爆発というやつが起こるわけだ。見てみると、丁度五袋目が標識に裁断されている所だった。マズイ、いくら倉庫内が広いといってもこれ以上は危ない。

「フユミさん! これ以上石灰を撒いたらマズイです!」

『……分かってる』

 これは余計なお世話だったか。しかし、それじゃあどうして止めないんだろうか。これじゃあ本当に爆発してしまうんじゃないか?

「他人の心配してる余裕あるの?」

「あ」

 すぐ側にアガサさんが居た。しかも、撃ちつくしたはずのエアーネイラーを構えて。思わず口を挟んでしまった。もしかして、これを狙ってたりしたのか? 違うな。ぼくが勝手に墓穴を掘っただけだ。ああ、これは死んだ。間違いなく顔に叩き込まれる。

 不謹慎な妄想をすると、寿命が縮むような事が起こる。じゃあ、そうじゃなければどうなるのか。普通はどうにもならない。しかし、今回は状況が特殊だ。稀に奇跡的な事が起こる場合もある。

 スローモーションで見えていた視界が、一気にグレーに染まった。壁をぶち抜いて大型トラックが後ろから突っ込んできて、アガサさんを弾き飛ばしたのだ。

「な、なん……」

『味方よ。さ、早く乗るわよ』

 フユミさんはぼくを掴んで乗り込んだ。そして運転席の壁をドンドンと二回叩くと、トラックは急発進。しかし、瓦礫の中からアガサさんが飛び出し、乗り込んできた。

「残念。これで逆に袋の鼠ね」

『残念。鼠じゃあないの』

「鬼ごっこ続けても無駄。何度引き離しても、すぐに追いつくのよ? いい加減諦めて欲しいもんだわ」

『お断りよ』

フユミさんはもはや片手斧になった標識を、まるでテニスのラケットのようにしてアガサさんを弾き飛ばす。アガサさんを再び倉庫内に叩き込むと、脇に置いてあった明らかに人間では扱えないサイズのマシンガンを構え、倉庫に向かって撃った。一発一発が爆発のような音を立てながら、弾が殺到していく。

 どんなに威力の高い銃でも彼女は倒せないだろうに、と思いながら耳をふさいでいた。

 待てよ、あの倉庫の中って確か石灰が……。

 轟音と共に、建物の屋根が吹き飛んで火柱が飛び出した。ハリウッドでもそうそう拝む事ができないような大爆発を間近に見た感想は、「よくわからない」だった。何せ、ショッキングすぎて意識が飛んでしまったからだ。

 次に目を覚ますと、そこには人間バージョンのフユミさんとトラックの中だった。

「……おはよう。さっき、先生から連絡があって、用意はあらかた整ったって」

「そうですか。でも、あの爆発じゃあ流石に生きてないかもしれないですよ」

「……そう思う?」

「え、だって」

「どうも、彼女無事だったみたいよ」

「…………」

 何で。そして、どうやって。

「……多分、下水に逃げこんだんだと思うわ。どうやってかはわからないけど」

「それって確認したわけじゃないんじゃ」

「……そうだけど、それ以外に考えられないもの。現に今まさに追跡されてるんだし」

「へ?」

「……バイクで後ろから追いかけてきてるのよ」

 そんなバカな……。

「……とにかく、今は迎撃せずにあなたの策を遂行する事にしたの。トラックは今目的地に向かってるわ」

「でも、それじゃあ信号で止まった時に襲ってくるんじゃ」

「…………。まあ、何とかなるでしょう」

「何とかって……」

 そんなアバウトな……。でも、そう思うしかないか。襲われたら追い返すだけの話なのか。何も変わらない。向こうもそれを承知で乗り込んでは来ないだろう。トラックのタイヤを破裂させるような能力は無さそうだし、ある意味こう着状態を期待してもいいのかもしれない。

「そうなると、ぼくの仕掛けだけが頼りなわけですか……」

「……そうなるわね」

 参ったな。責任重大じゃないか。まあ、それでもやるけどね。

高い授業料に見合った成果くらいは、出してみせなくちゃ。


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