表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/28

推測


「ちょっと待ってて下さい」

 ぼくは一度自分の部屋に戻り、現場写真と筆記用具を抱えて戻ってきた。

 その辺にあるチラシの裏を使い、説明していく。

「まず最初に、ぼくと阿傘さんが遭遇した所から。ぼくは、二夕見さんから預かった鍵で602号室に入った。その時、さほど注意してなかったんですが、元々この部屋についてた鍵は前夜に二夕見さんが銃で破壊してるんですよね。つまりぼくは、応急処置としてつけられた鍵の方を外した。だから中はほとんど密室だったわけなんです。……阿傘さんが窓を壊しているので、厳密な密室ではありませんが」

 新しい鍵が付けられたのは、ぼくが帰った後の深夜か来る前の朝。代用の鍵を手に入れるのは第三者には難しいだろう。

「ということは、彼女がぼくよりも先に部屋に入っていた以上、窓から侵入したと考えるのが妥当です。例えば、体がゴムのように伸びるならば、屋上に上れば問題なく進入できるし、二夕見さんと同じようなタイプならば、人間とほとんど変わらない体格で、六階までジャンプできるくらいの脚力を持っている、とかが考えられます」

 液状タイプならば他の隙間も考えられるが、ドアは密封式で、朝刊を入れるような明け口も無い。屋上のタンクから蛇口に侵入して来たという事も考えられなく無いけれど、それは蛇口の構造上不可能だろう。それに、窓から侵入した方が遥かに手間がかからない。

「……だからまだ、どちらなのか迷っている、と?」

「そうですね。そして次。彼女はここから車で飛ばしても一時間ちょっとかかるような距離を、能力を使って車よりも短い時間でやって来たと言った。これはつまり、彼女は自分の能力で起こした事に対して、単純に自慢したかったのだと思います。だから、彼女は恐らく、嘘はついていない。一応、銀行に電話して確認もしましたが、それらしい人が来たのを、職員の方が覚えていました」

「なるほど。つまり、肉体系って事か。そうなると、走力なんかが強化されてるタイプが濃厚になってくるな」

「……でも、精神感応でも、筋が通らないわけじゃないわ。彼女は、すでに近くに居たっていう可能性も消えてない」

「二夕見さん。もしもそうだったら、この仕事は楽に済むんですよ」

「……ああ、そうだったわね」

 精神感応ならば、二夕見さんの力で先手必勝。それか、狙撃手を待機させれば済む。

 それに、ぼくの実感として阿傘さんのようなタイプの人間から、そんなまどろっこしい能力が生まれるとは思わない。あの人は、どちらかと言えば頭脳があってパワーの足りない人で、異能力が発露するならばそっち方面であると思う。あくまで、推測だが。

「正直、しっくりくるのはやっぱり走力系だな。聞いただけではあるが、私が推測する阿傘って奴はこういうのが好きそうだぜ?」

「好き嫌いで能力が選べるかどうかわからないでしょう」

「好きじゃなけりゃ、その能力使って義賊の真似事なんてしねーだろ」

「そう、ですかね……? うーん」

 それこそ思い込みのような……。

「……物理無効も残してる理由は?」

「それはもちろん、目下最も厄介なタイプだからっていうのが前提としてあります。こればっかりは最後まで警戒しておかないと、対策無しに勝てる相手ではありませんから」

 まさか砂になって風に乗ってきたってことは無いと思うけど。

「それだけ?」

「もちろん違います」そうだ、気になっていて、そして腑に落ちない点があるのだ。「ぼくらが最初に踏み込んだ夜、男性はまだ殺されていないにもかかわらず、首から罪状の札がかかっていたのを、覚えていますか?」

「……ええ、もちろん」

 文面を思い出したのか、二夕見さんの表情が少し曇る。ほんとに()ってしまいたかったんだな……。

「最初は、パフォーマンス好きで義賊願望のある阿傘さんの小道具としか思っていなかったんですけどね。なんていうか、妙なんですよ」

「そうか? 私は想像つくぜ。大喜びで罪状を読み上げて、首から吊るす場面さ」

「そうなんです。ぼくも全く同じシーンを想像していました。だから妙なんですよ。だって彼女、これからそいつを殺すんですよ? 大抵の殺し方だったら口から血を吐いたりするじゃないですか。なら、首から掛けていたら、流血でせっかくの大義名分が汚れて読めなくなるんですよ」

 あれくらいの少ない文量なら、壁にでも書けるのだ。

「目的が標的を殺す事で、それ以外はどうでも良かったとか?」

「そうかもしれません。でも、あの人ならきっと、そんな風にはならないと思うんです。彼女は、世直しが目的なんです。それなのに、ただの殺人事件で終わるような可能性を許すと思いますか? 仮にぼくが彼女の立場だったら、そんなの許せないですよ」

「するとなにか? あいつは、血を流させずに殺す方法を考えていたって事か?」

「はい。それも浴槽とかではなくベッドの上で。人が血を流さずに死に、そして尚且つ先に挙げた二つの能力である可能性ならば、恐らく殺害方法は窒息。体の内部からの破壊というのも考えましたが、そうすれば人間は嫌でも血を吐きますからね。罪状を晒す目的なら、より手軽な窒息を選ぶはずです」

 ここまで、物証はほとんどない。でも、考えられうる可能性を少しづつ手繰り寄せて出した結論だ。これにすがるしかない。

「……だから、この二つの能力のどちらも採用することができない、と?」

「そうです。何だったら、人間のまま殺すつもりで、能力は脱出の為だけに使うつもりだったかもしれないんです」

「でも、その辺は無視してもいいだろ」

 確かにそうだ。人間のままで殺したとすれば、精神感応が濃厚になると考えられなくも無いけれど、それは情報に価値が無くなるだけの話。

「とにかく、二つの能力(強化と打撃無効)。この線で行ってもいいと思うぜ。十分に考えられる素材は揃ってるんだ。思いもよらない能力なら、それこそパワーだけはある二夕見の方が有利かもしれんしな」

 小細工を(ろう)するような能力なら粉砕できる、か。確かにそうかもしれない。

「……物理無効なら、どんな能力が考えられるかしら?」

「軟化、粒子化、液化 そのあたりでしょうか」

「仮に、さっき出てきたゴム人間なんてのだったら本当にマズイかもな。二夕見はパワーはあるが、構造は人間に近いんだ。サブミッションなんかやられたら、一発で決着がつく場合も考えられるぞ」

「それを言うなら液化や粒子化も脅威ですよ。体内に入られたら対処できません」

「……そうね」

 結局、まとまらない。全てを予想して対策を立てるという手もあるけど、今のところ出てきた全ての候補を補う策なんて出てこない。

「だから、ぼくがこれからの方針としたいのは、このあたりを厳密に絞る為の調査を行う、という事です。悠長に見えるかもしれませんが、無鉄砲に当たっても勝率は三割もいかないでしょう」

 ちなみに、今言った数字は出鱈目。正確な数字など知らないが、こう言った方が説得力も植えつけやすい。ただ、これは小技も小技。道端の小石のような程度のものだ。人が転ぶのを期待はしていない。と、学んだ。

「直接会いに行けば簡単なんですが――――ぼくはもう、指一本もくれてやるわけにはいかないんでね。そもそも、目が曇っていたんです。最初から対等ではないのだから、そこから友人関係で膨らまそうなんて、調子に乗りすぎていました。だから、ぼくはできる限り阿傘さんとの接触は避けることにします」

「それがいい」

 そうだ。本気で関係を作ろうと思うならば、友人程度で済ましては中途半端になる。全身全霊を以ってあたるくらいでないと。

ぼくの全身は一つしかない。この一つを向かわせる先は、すでに埋まっている。

「二夕見さん。この後、一緒にもう一度現場を見てください。そして、万が一敵と遭遇した時は、助けて欲しい」

 彼女をまっすぐ見据えて言う。ぼくの誠実さの向かう先へ、目を向ける。

「わかったわ。必ず守る」

 これからは、一人でいい格好しない。まずは、非力な人間であることを認めて行動を立てよう。なぜなら、ぼくには頼りになる人が居るのだから。

「さあ、お皿を片付けたら行きましょうか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ