遅れるとこんなこともある
「やっぱ賑わってんねえ。時間がたったとはいえやっぱ初日だしな」
ログイン直後に初期位置である街の広場で思わずつぶやく。
β版経験者であろう人からパーティー募集の声が飛び交い、それに合ったスキルを取ったであろうプレイヤーが話しかけて行く。
他にも職人系のスキルを取ったであろうプレイヤーが露店を開いて客の呼び込みを行っている。そこは喧騒に溢れ、下手をすれば現実より活気に満ちていた。
「まあ関係ないですけど」
それを横目に見ながらあらかじめ教えてもらってある名前にウィスパーを飛ばした。
『おいっす、今大丈夫か?』
『いくら知り合いだからって名前を言わないでそれはないと思うよ』
『お前にいきなりウィスパー飛ばす失礼な知り合いなんて俺くらいだろ?』
『…確かにその通りだね。納得したよ』
暇だからかすぐに返してきた俺の相方、ハイルに見えはしないだろうが笑みを浮かべた。
自分で言ったけど後でシメよう。そう考えてさらにウィスパーを続ける
『それは置いとくとして今どこにいるんだよ。どうせ鍛冶スキル取ってるだろうから俺の剣を新しくしてくれよ』
「そう言うと思って作っておいたよ」
「ん、そりゃありがたいね」
ウィスパーの返事は背後から肉声で来たので振り返って相手の顔を直接見る。
俺の背後には金髪に海のような綺麗な眼と、白い鎧を着込みさわやかな笑顔を浮かべた青年が立っていた。
…毎回思うにこのアバターと名前、気に入ってんのかね。
こいつとやってきたVRゲームはそれほど多くないが、アバターはこれに準拠したものが多く、名前に至ってはこれ以外見たためしがない。
「それじゃ武器くれ武器。お前の作品だから期待してるぜ」
「まったく、レイスはいつも通りだね。ほらこれがそうだよ」
まあそれは個人の自由だと思い直し、両手を差し出して笑顔でクレクレアピールをする。
若干呆れたような表情でハイルが自分のインベントリを少しいじった後、俺の手に簡素な剣と手のひら大ほどの刃を持つナイフが二振り置かれた。
銅の剣
見習い鍛冶師が鍛えた剣。少し力不足だが最初の剣よりマシ
Atk+6
銅のナイフ×2
見習い鍛冶師が鍛えたナイフ。威力は心許ないが取り回しが良い
Atk+3
と、貰った武器の性能はこんな感じ。ちなみに初期の剣はAtk+3なので単純に二倍ほどか。
最初の武器としてはまずまずの性能に頷いてさっそく装備を変更する。
しかしリアルのバイトのせいでゲームを起動できずスキル上げは出遅れたけど、先にやってる人がいるとこんな風にアイテム貰えるからいいもんだ。
「いやー助かる助かる」
「別にいいよ。いつものことだし、他の人の意見も聞きたいし」
装備した武器をもう一度手に取り眺めながら適当に礼をする。
この時点で普通の人なら愛想を尽かすのだが、俺の適当な態度に慣れているハイルは苦笑いをして首を振った。本当にありがたいことである。
武器の新調が終わったところでフレンド登録してから一旦ハイルと別れてひとり訓練場に向かう。
ここにはいくつもの的が置いてあり、そこかしこで初期装備のプレイヤーがスキルLvを上げるため思い思いの行動をしている。
スキルLv上昇の上限はありはするが、ここである程度まで上げておけば訳も分からずに敵になぶり殺されることはなくなるのでVR初心者から経験者まで幅広く使用されることだろう。
NPCから説明を受け、魔法のスキル上げのための的に向かい足を軽く踏み鳴らして魔法を発動させる。
〈影針〉
自分の足元の影の一部が変形し、針のように鋭くなって前にある的に突き刺さり貫通する。
魔法が当たったことにより的がたてた音で隣の的相手にスキル上げをしていた魔法使いが驚いたようにこちらを見た。
――やっぱ影魔法は使い勝手がいいな。
魔法は通常は詠唱があり、初期の魔法でも数秒かかる。更に杖や魔導書などの魔法の補助道具無しだと威力などが落ちてしまう。
しかし影魔法はデメリットと引き換えに補助道具無しでも威力の低下が無く、魔法名と単純な動作だけで発動できるという使い勝手の良さがある。
「だけどデメリットは大きいよなぁー…」
あれから10分やってようやくスキルLvが1上がった。隣で魔法を撃っていた人はもう十分Lvが上がったのか他の場所に行ってしまっている。
wikiでも散々言われていた成長の遅さがここで出てしまったようだ。
だがせめて訓練所の上限までレベルを上げておきたいので地団駄のように何度も何度も床を踏んで魔法を撃つ作業を続けているうちに1時間ほどでようやく5Lvまで上がった。
若干疲れたが次は剣スキルを鍛えるために的に向かって剣を無心に振り続ける。こちらは流石初期スキルというべきか、20分もしないうちに上限まで上がったので訓練は切り上げて持ち物確認の後にフィールドに出ることにした。
ヒーリングポーション
基本回復アイテム。HPを小回復する。
パン
空腹を解消するアイテム。空腹度を小回復する。
水
喉の渇きを癒すアイテム。渇水度を小回復する。
初心者の剣
初心者が持つ剣。早期に買い替えることをオススメする。壊れることはない。
Atk+3
これがインベントリ内のもので、装備はさっきの武器に
初心者の服
布でできた初心者が着る防具。早期に買い替えることをオススメする。壊れることはない。
Def+5
まあこんなものだ。ぶっちゃけ武器以外は最初から持っているものなので性能は低めのものが多い。
ちなみに説明すると装備品には耐久力があり、使い続けたり死んだときに耐久力が減って0になればあえなく壊れてロストしてしまう。
更にこのゲームには空腹度と渇水度も存在する。空腹度が減ればHPが、渇水度が減ればMPの回復度が落ちていく。そして0になれば行動が阻害されてしまうので食材はかなり重要なアイテムだ。
どちらも安いものだし今は遠くまで行くことなんてないから餓死なんて披露したら笑いもので済まされないほどの失態というものだ。
アイテム確認が終わったところでフィールドエリアにたどりついたが流石の初日クオリティ、最初のマップはプレイヤーが多すぎて飽和状態だ。
「どけやコラァ!!」
「そこ敵が湧いたぞ! 早く斬ってタゲ取れ!」
「そいつは俺の得物だ!」
「どいてください! そいつは僕が目をつけてたんです!」
『…おーい、何やってんだよアホ』
いつかのゲームの取り合いを彷彿させるホップした敵の取り合いに一時間ほど前に別れた奴が参加しているのを見て思わずウィスパーを飛ばす。
初撃を入れたハイルが二回、三回と斬撃を喰らわせる。それだけで額に角のついたウサギのようなモンスターは光の粒子をまき散らして消えていった。
ついていないのに血を払うように剣を振り、ウィスパーに気付いたのかきょろきょろと周りを見回して俺と目が合うといつものように笑顔で近づいてきた。
「ずいぶんと遅かったね。結構待ったんだけど何をしてたんだい?」
「ほう、俺の問いに答えずに質問で返すか。国語のテストじゃ点貰えねえぞ」
「大丈夫。ここはテストとは恐らく正反対のゲームの中だから」
「まあ確かにそうだけどよ。遅れたのはスキル上げのせいだ、流石に影魔法は成長度が違うね」
「…よくもまあ取ろうと思ったね。使い勝手はいいけど」
また呆れたように言われるが胸を張ってそれにこたえる
「俺の性格は知ってるだろ。強ければ使うし…」
「使うし?」
「何より影の魔法とかロマンが詰まってるじゃないか!!」
「………やっぱり君は馬鹿なんだね」
盛大にため息をつかれたが気にしない。俺は俺の道を突き進んで行くだけだ
一部はあるゲームを模倣しています。